ちょっぴり甘めの桜餅【神】

文字数 2,972文字

「ふふふふーん」
「今日は楽しい」
「「お花見!!」」
 大きな台所で楽しそうにお弁当を作っている二人の女神。一人は豊穣の女神─ウケモチ。たっぷりとした黒髪を麻紐でまとめ、青空のような青い瞳に映るのは美味しそうに炊き上がった白米だった。そしてその隣で炊き立ての白米を見てうっとりとした目をしているのが豊食の女神─オオゲツヒメ。秋穂のような髪を紅白の紐で結わい、肩にはたすき掛けをして気合の入った装いで何かを煮炊きしている。二人はこの時期にしか楽しめない行事のため、朝早く起きてこれでもかと言わんばかりの量の料理を作っていた。たくさんの料理を食べながら桜の花を愛でる所謂お花見というものだ。
「ねぇねぇ。この味付けどうかな?」
「んー、もう少しお砂糖混ぜた方がええと思います。これくらいかな」
「……うん! いいかも! ウケモチちゃん、ありがと!」
「このくらい、お安い御用です。うちもこれができたらそっち、手伝いますさかい」
「助かる~!」
 大きな台所を挟んだ先にあるウケモチのお店の席には、きれいに洗われた花見用のお重が行儀よく並んでいて、料理が入るのを今か今かと待ちわびている。
「よーし! これで最後のおかずだよ!」
「ふう。なんとか間に合いましたね。では、盛り付けにうつりましょ」
 木製のワゴンの上に料理を置き、絶妙な箸捌きできれいに盛り付けていく。彩もきちんと考えられて盛り付けられているお重は、見ているだけでも涎がでそうなほど美味しそうに見えた。
「うんうん。やっぱり見栄えも大事だよね。それと、これも外せないわよね~」
「あ、そや。うち、すっかり忘れてたわぁ。ごめんなぁ」
「ううん。平気平気! さ、これも詰め込んじゃいましょ」
「おおきにぃ」
 花見といえば……というものを最後のお重にたくさん並べ丁寧に蓋をすると、今度は皴一つないきれいな風呂敷にそれらを並べ包んでいく。包み終わるとそれらをひょいと担ぎ、今度は両手に飲み物が入った袋を提げると、詰め忘れや忘れ物がないかもう一度確認を行い漏れがないことを二人が確認すると、目を合わせうんと頷きながら店を後にした。

 朝起きたとき、外はまだ暗かったのだが店を出るころには太陽も目を覚まし始めたかのようなきれいな夜明けを迎えた。空に点在していた雲もいつの間にかなくなっており、絶好の花見日和となった外で、ウケモチとオオゲツヒメはわくわくがとまらないのかずっと足取りが軽やかだった。
「なぁなぁ、今年の桜どうなってるやろか」
「この前見たときは七分咲きだったから……咲いてるかもしれないわね」
「ほんま? 楽しみやわぁ」
「ちょっとウケモチちゃん。そんなに急がなくても大丈夫よ」
「もううち我慢できへん。先行ってるわー」
「もう。ウケモチちゃんったら」
 花見会場まで我慢ができなくなったウケモチは、歩く速度をあげて会場へと向かった。その背後ではくすくすと笑いながら追いかけるオオゲツヒメ。だが、オオゲツヒメもウケモチと同じで早く会場に行きたくて仕方がなかった。だって、この景色は一年で一度しか味わえないのだから。

 会場に到着すると、すでに何人かの花見客で賑わっていた。穏やかに流れる川、緩やかな土手と大きな大きな桜の木が一本あるだけなのだが、この桜の樹齢は相当なものだと町内会のおじさんが言っていた。何年かまでは定かではないが、長年この地でたくさんの人を楽しませてきたのは間違いないと言いながら頷いていたのを思い出した。二人は目的の場所はどこかと探していると、遠くで赤い何かがこちらに向かって手を振っているのが見え、そちらに向かって歩いていくとのんびりした声で「こっちだー」と居場所を教えてくれた。赤い何かとはお花見ドラゴンだった。食べることとお花見をすることが大好きな穏やかなドラゴンで、この時期にしか会えない人物としてちょっとした有名竜でもある。
「お花見ドラゴンさん。おはようございます。場所取りありがとうございます」
「ほんまたすかります」
「いやいや。気にしなくていいよ。おいら、この季節が楽しみできてるからね。それと、二人の料理も……ね」
「えへへ。たくさん食べられると思って、たぁぁっくさん作ってきましたよ!」
「お腹がいっぱいになるまで、たぁんと食べてくださいね」
「それは楽しみだぁ。でもまだ、お預けにしておくよ。みんなと一緒に食べたいからさ」
「わかりました。たぶん、もう少ししたら来ると思いますよ」
「あいわかった。いやあ、楽しみにしすぎて中々眠れなかったよ」
「あら、そんなに楽しみにされていたのですね。では、今日はうんと楽しんでいきましょ!」
 オオゲツヒメとウケモチ、お花見ドラゴンたちが会話をしているとほどなくして遠くから続々と風呂敷を抱えた仲間たちが集まり、敷物の上には収まりきらないお弁当がずらりと並んだ。
「こんなにたくさんのお料理、ウケモチさんとオオゲツヒメさん二人で作ったのですか?」
「はい! 張り切りすぎてちょっと作りすぎてしまいましたが……」
「いつもありがとうございます。残さず食べさせていただきます!」
 特に始まりの音頭をとるわけもなく、いつの間にか始まったお花見。仲間たちはオオゲツヒメとウケモチが作ったお弁当に舌鼓を打っていた。
「このハンバーグ、おいひい」
「お! おれの好きなチキンレッグやないけ。おい、真ん中、オレにもよこせ」
「黙れや右がボケェ。自分で取れや」
「あぁ煩くてすんまへん。こいつらいつも煩いんすよ。俺から言うときますんでどうか堪忍や」
「こっちの卵焼きも……あれ、中が半熟になってるの? えぇ! どうやって巻いたの?」
「このおにぎり……お塩とごまの割合が……もう最高……はふ」
「大根と鶏肉の炊きもの……味がしみっしみで……手が止まらないよ~」
「きんぴらごぼうも漬物もどれも絶品だね。また腕をあげたかい? お二人さん?」
 二人が作ったお弁当はどれも好評で、敷物を占領していたお重はあっという間になくなり残り僅かとなった。残っているのは、食後の甘味として持ってきた串団子だった。
「おお! 食後の甘味は別腹だってね。いっただっきまーす!」
 少し大きめな串団子を頬張る一同。ふわふわもちもち、ちょっとだけ甘味を強めにした串団子はみんなの顔をふんわりもちもち幸せ色に包んだ。声にならない歓喜に包まれた一同は、ただ無言の幸福の中、もくもくと串団子を食べ終えると敷物の上にごろんと寝転がった。
「はぁ~~、幸せすぎるぅう」
「お腹も心も満タンになりました……はう」
「みなさんの笑顔を見たら、こっちもなんだか嬉しくなりますね」
 春の柔風に吹かれた桜の花びらが寝転がっているみんなの上でふわりはらりと舞い、まるで桜の舞踏会に招かれたのかと思うくらいたくさんの踊り手が空で楽しそうに踊っていた。一人で中には二人で息のあった舞はその時にしか見ることのできない貴重な瞬間で、誰もがその瞬間を見逃すまいとじっと見つめていた。
「これを幸せといわずとして何というか」
「ほんま……最高やわぁ……むにゅ」
「あははは。食べたら眠くなるのはしょうがないですよね。わたしも……ちょっとだけ……」
「おいらも……ふわぁあ……」
 桜の舞に見守られながら、一同は春の微睡に誘われた。心地よく暖かな春空の下、すやすやと寝息だけが聞こえていた。
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