立体けろけろビスケット サツマイモソース添え【魔】

文字数 4,357文字

「あーはい。休憩入りまーす。……くそっ。なんでオレがこんなことせにゃならんのだ!」
 大きなカエルの被り物を取りながら控室に入る暗黒騎士─シェイド。本来はそしてなにより、シェイドの周りには不気味に声を震わせている怨霊の数々がついており、近付こうものならその怨霊の声により発狂してしまう可能性がある。
 だが、今はハロウィン。そんな怨霊も周りからしたらオプションだろうと勘違いする人が多いため、シェイドは怨霊たちに「いつもより音量低めで」と注文をし、賑わう町へと入っていった。

 半人半魔であるシェイドはいつも可愛がってくれた母に危害を加えた父を探し、旅をしていた。正確には父が執拗にシェイドを忌み嫌い、手を出していたのを母が庇っていた。それがエスカレートし母はこの世から旅だってしまい、それと同時に父は行方をくらませていた。当時のシェイドは悲しみに暮れ、朝から晩まで泣き続けていた。声が枯れようが涙が枯れようが構わない。延々と泣き続け、ふと泣き止んで気が付いた。
「母を殺した父を探してやる」
 当時、傭兵稼業をしていたシェイドはその思いを胸の内に秘めながら依頼をこなしていった。そんなある日、刃を交えないといけない依頼が舞い込んだ。仕方なくその依頼を受け、ごつごつとした骨を模した兜を被り、鎧は黒という言葉では言い表せない程に深い黒に塗りつぶされ、自慢の大剣を手入れし戦地に赴いた。数は多くないが、自分一人だけとなるといささか心配ではあったが、こういうときもあると割り切り自分に気合を入れた。何度目か大剣を振り下ろしていると、ふとあの思いが蘇り、シェイドの脳内を染めた。その思いは徐々に強くなり、次第に鎧から陽炎のように揺らめく禍々しい気を纏っていた。一つ大剣を振るえば悲しみの魂が、また一つ振るえば恨みの魂がシェイドにぴったりと張り付き離れなかった。そうしていく内にシェイドの中にある思いも膨れ上がり、その思いを怨霊が感化され大きくなりを繰り返しいつしか怨霊と共に過ごす日を送っていた。
 そんなある日、シェイドは旅の途中で通りかかった町でハロウィンの催しをしていた。日も暮れ始めていたため、これ以上先に進むのは危険と判断し一晩この町で過ごすことにした。見た目はおどろおどろしいいかつい騎士なのだが、この日ばかりは特別怪しまれずに宿屋に入ることができた。宿屋のおかみも特に不思議がる様子もなく部屋へと案内してれたことに面倒くさい説明をしなくて済んだと思い、おかみの後をついて歩いた。通された部屋はシンプルな内装に最低限の家具があるだけだった。体が少しでも休まればなんでもいいと内心思いながら、シェイドはおかみに小さく礼を言い、ベッドに腰を下ろした。
「ふぅ」
 ほんの僅かな平穏。小さく息を吐き、体の力を抜く。視線を窓の外に向けると色々な恰好に扮した町の人たちが楽しそうに笑っていた。
「オレもあんな風に笑えるのか……いや、この旅を終わらせないと」
 小さく頭を振り、少し甘い思いをどこかに吹き飛ばすと部屋の扉からこつこつという音が聞こえた。誰かと思い扉を開けると、中からおかみが現れた。
「あの、うちの町長がぜひにと」
「……?」
 おかみが持ってきたのは大きな帽子のようなものだった。警備の依頼かと思いそれを受け取ると、カラフルな衣装もセットで渡された。にこやかに笑うおかみからそれらを受け取ると、おかみは何も言わず去っていった。静かになった部屋にシェイドが一人、固まっていた。
「あれ、オレまだ何も言ってんだけど……それにこれはなんだ? 被りもの……??」
 広げてみるとそれは大きなカエルの被りものだった。被ると丁度自分の頭の上にカエルが乗っかっているように見えるキュートなものだった。それに衣装は首元には波打ったものがついており、まるで道化師のようなものだった。
「え……これ、オレに着ろって言ってるのか?」
 今まで鎧オンリーだったシェイドにとって、道化師のような衣装を着たことは一度もない。しかも、

だ。なぜオレがこんなことしなければならないんだと疑問を投げかけるも誰も答えてはくれず、シェイドは

着替えることに。
「……仕方ない。この宿に世話になるんだ。この……このくらいは……くぅ」
 いくらお世話になるからといって、こんな恥ずかしい衣装を着て町に出るだなんて誰が想像できただろうか。そして、こんな姿を母が見たらなんというだろうか……。

「た……楽しいハロウィンだよ~」
 引き受けたからには全力でやってやると意気込んだものの、どうしていいかわからずまずは発声から入ってみた。いつもの低い声ではなくシェイドが出来る範囲での高い声で子供たちにアピールを始めたのだが、その異様な姿を見た町の大人たちはその場で凍り付き、子供たちはもれなく全員泣き出すという事態に突入した。
「こ、怖くないよ~。ほぉら、笑ってぇ~」
 必死に声帯を締め付けながら高い声を出し、怖くないアピールをしようと子供に近付こうものならさらに火が付いたように泣き出し会場が混沌と化した。戦場での混沌には慣れているのだが、こうした非戦闘での混沌にはどうすることもできないでいると我に返った町の人から腕をぐいと引かれた。
「うちの子、泣かせたわね」
「あ……えっと……その」
「今日のイベント、楽しみにしていたのに……あんたのせいでめちゃくちゃよ。どうしてくれんのよ!」
「えええ……」
 なんと泣いている子供の保護者からお叱りを受ける事態へと発展してしまった。それも一人だけでなく、泣いている子供の保護者(ほぼ)全員からだ。これにはさすがにシェイドも困ってしまい、悩んでいた。ぱっと思いつく良い提案はあるのだが、それにはシェイドのあるものを犠牲にしなくてはならないものだった。今まで犠牲にしたことがないということもあり、終わったあと自分はどうなっているかなんて想像もできない。だが、今の状況を打破するにはこれを犠牲にするしかなかった。

「ほぉら! みんな、わらってぇ! ケロケロと一緒にあっそびーまっしょ」
 シェイドが犠牲にしたもの、それは羞恥心。恥を捨てて今はこの場を盛り上げればなんとか切り抜けられるだろうと自分と相談した上、導いた答えだった。だが、本当はそんなことはしたくなかった。捨てなくても状況は打破できるものだろうと思っていたのだが、事が思いのほか重くなってしまったためそうせざるを得なかった。
 羞恥心を投げ捨て、声をいつも以上に高くしながら子供たちに呼びかけると少しずつ子供たちは泣き止み、シェイドについて歩くようになった。
(はぁ……オレは一体なにをしているんだ)
「さぁさ、楽しいハロウィンがはっじまっるよー」
「け……ケロォ! 行くケロよぉー!」
(こうなったらヤケだ。見てろよ。オレの本気、見せてやろうじゃねぇか!)
 生まれてこの方、ここまで足を高く上げたり手拍子をしたり踊ったりしたことがあっただろうか。いや、ない。シェイドがどんどん羞恥心を捨てていくのに比例し、子供たちはだんだん心を開いていきシェイドと遊ぶようになった。それを見て安心した大人たちも「悪い人じゃないかも」と思い始める。こうしてシェイドは体を休める為に入った町でハロウィンイベントが終わるまで歌って踊って過ごした。

「はぁ……終わった……。やっと終わった……長かった」
 結局、日付が変わるまで歌って踊っていたシェイドは、宿屋に着いた時には既にへろへろだった。本来はもう少し早めに終わる予定だったのだが、シェイドの踊りに興味を持った大人たちが急遽一緒になって踊り始めたのだ。止めるに止められない状況になってしまい、そのまま踊り続けることしかできなかった。肩で息をしながら自分の部屋と入ると、デスクの上に封筒らしきものが置いてあるのに気が付いた。それを震える腕で広げると、町長からお礼の言葉が綴られていた。それと、みんなを楽しませてくれたお礼として報酬金も包まれていた。
「あ……ああ……ああ……ああ」
 もう言葉にするのも疲れてしまったシェイドは、着ぐるみを被ったまま伏してしまった。

 シェイドが次に目が覚めたのは、太陽が頂点に達する少し前だった。それほどまでにぐっすりと眠っていたのかと思いながら体をゆっくり起こし伸びをした。まだ少し昨日の疲れは残っているものの、特に問題のない程度だった。手早く宿を出る準備を済ませ、退出の手続きを済ませ外に出ると、昨日一緒に遊んだ子供たちと大人たちが待っていた。
「あ、昨日のお兄ちゃんだ!」
「やっと起きたんだ」
「……お寝坊さん」
「おはようございます、シェイドさん。昨日は大きな声を出してしまって申し訳ございませんでした」
 シェイドの元に駆け寄りわいわいと話し始める町の人に、シェイドが狼狽えていると子供の一人が、シェイドに何かを手渡した。
「これ、ぼくたちからのおれいです」
「あ、ああ。ありがとう」
 シェイドは低く屈んで子供たちからのお礼を受け取ると、冷たい籠手を装着した手で子供たちの頭を優しく撫でた。嬉しそうに跳ねて喜ぶ子供たちと入れ替わるように大人たちがシェイドにお礼を言い、最後に杖をついた男性がシェイドに歩み寄った。
(この人が……町長か)
「シェイドさん。昨日は無理なお願いを言って申し訳なかった」
「あ、いえ」
「すっかり子供たちはシェイドさんに懐いてしまってなぁ。どうだね、ここで一緒に暮らすというのは」
 まさかの提案に驚くシェイド。子供たちは「一緒に住もうよ」と口々に言っているが、シェイドにはやらなくてはいけないことがあると低いながらも優しい声で子供たちに言い聞かせると、子供たちは「終わったら絶対戻ってきてね」と涙を流しながら訴えていた。その涙を見たシェイドの胸に小さな痛みが走った。
「そうか。無理を言ってすまんかったね。でも、ここはいつでもシェイドさんを歓迎するから、困ったらいつでも立ち寄りなさい」
「あ、ありがとうございます」
 失礼しますと言い、シェイドは町を出ると子供たちと大人たちの送迎の言葉のシャワーが降り注いだ。
「シェイドさーん! またいつでもいらしてくださいねー!」
「おにーちゃーん! また一緒に遊ぼうよーー! 待ってるからーー」
「ぜったい、ぜったいにもどってきてねーーーー」
 シェイドは振り返ることなく、代わりに右手を挙げて応えると今度は拍手に代わりシェイドを送り出した。送り出されたシェイドは、戦いに明け暮れる日々を振り返り今までこんなに感謝などされたことなかったと小さく呟いた。
「……まぁ、たまにはこんなことがあってもいいか」
 ふっと笑い旅を再開したシェイドの心は、今までに感じたことのない充実感で満たされていた。
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