可愛いものだらけのメレンゲクッキー【魔】

文字数 1,942文字

 目を覚ますと、そこは見ただけで甘ったるいと分かるような部屋だった。動物を模したケーキやクッキー、マカロン、キャンディなどが山積みにされていて甘いものが苦手な俺にとっては一刻も早くこんな部屋から出たい衝動に駆られた。ゆっくりと体を起こして扉に手をかけても扉はびくともせず、がたがたと動くだけだった。俺は何度も力を込めて扉を開けようとも、結局は開かず。どうなってるんだと俺が首を傾げていると、背後から子供のような声が聞こえた。
「あ、お兄さん。目、覚めた?」
 ピンク色の髪から生えた小さな角、背中からはまるで悪魔のような羽……にしては少し頼りない蝙蝠のような羽が生えていた。そして口元からは小さな犬歯を見せながら笑っている男の子が立っていた。その男の子は笑いながら俺に近付き「あ、ぼくはドルツァって言うんだ。よろしくね」と名乗った。別に俺はそんなことはどうでもいい。いいからここから出してくれと声を荒げると、ドルツァと名乗った男の子は一瞬顔を引きつらせたが、すぐに笑顔になって俺に歩み寄った。
「まぁまぁ。そんなに慌てて外に出なくてもいいじゃない。ね、ぼくとちょっとお話して欲しいな」
 甘えたような声でお願いをするドルツァ。この状況じゃあドルツァのいうことを聞くことしかできないとわかると、俺は渋々頷くとドルツァは両手を挙げて喜んだ。
「やったー!!」
 とりあえず適当に話をあわせておけばいいだろうと考えた俺は、ドルツァに今いる部屋とはまた別の部屋へと案内された。そこもさっきの部屋と大して変わりのない、甘ったるいもので溢れていた。俺は一瞬、目を背けるとドルツァは俺の顔を心配そうな顔で覗き込んだ。
「お兄さん大丈夫? どこか具合が悪いの?」
 危うく本当のことを言いそうになるのをぐっと堪え、俺は大丈夫だと伝えるとドルツァはにこっと笑い「よかった」といい、椅子を持ってきた。特に何の変哲もない普通の椅子に腰を下ろすと、ドルツァは手を何度か叩いた。
「ねぇねぇ。お兄さんはどんなものが好き? 可愛いもの?」
 ドルツァが出したものはクマやウサギなどがデフォルメされたものばかりだった。それも大量。俺はとりあえず「ああ」とだけ答えると、ドルツァは目を輝かせながら「だよね♪ 可愛いものって正義だよね」と声を弾ませながら答えた。クマをデフォルメ化させたものをクッションのようにぎゅっと抱きしめ喜ぶドルツァ。ほんの少しだけど、俺もそのデフォルメされたものが気になり、触れようと手を伸ばすとドルツァは「あ」と言い、俺の手を引っ込めさせた。
「これ、お兄さんにとってはみぃんな毒だからね。触らない方がいいよ♪」
 な……。あと少し前に手を出していたら毒に侵されていたかもしれないという恐怖に、俺は顔を引きつらせた。ったく、一体どうなってんだここは。もういいだろ。なんか変な視線みたいなものも感じるし、とにかく気味が悪い。俺をもとの場所に返してくれ。俺がそういうと、ドルツァはさっきまで抱きしめていたものをぼとりと落とし、まるでこの世の終わりかのような顔をして俺を見ていた。
「ねぇ……ぼくのこと、嫌になっちゃった?」
 そうじゃない。だけど、もういい加減返してくれ。もう十分話しただろ。俺はドルツァに背を向けてさっきの扉から戻ろうとドアノブに手をかけた。すると、その近くにあったウサギの形をしたケーキがどろりと溶けていた。さっきまでは溶けていなかったのになんだろうと思った俺はふと視線を向けた。そこには白骨化した人骨が顔を覗かせていた。
「お兄さん。可愛いもの探し……しよ♪」
 ドルツァは舌をぺろりと出しながら俺に一歩、また一歩近付いてきた。その目は歓喜の目ではなく邪悪に染まったそれだった。もしかして……ここにあるものって……まさか……!
「お兄さんも、可愛く可愛くしてあげるからね♡ そーれ、可愛くなぁれ♡」
 
         やめろ……やめろ……やめてくれぇええ!!!!

 俺は必死に懇願するも、ドルツァは俺の声が聞こえていないかのように何かをぶつぶつ呟くと、俺の足元に向けて指をさした。しばらくすると俺は急にバランスを崩し、その場にすとんと落ちたような感覚になった。疲れが溜まっていたのかと思い、視線を落とすとそこには俺の足は跡形もなくなり代わりにどろどろに溶けた下半身があった。それが自分のだと気付いたのはさっきまで履いていた靴がそこに転がっていたからだった。
「お兄さんはねぇ、クリームたっぷりのカップケーキにしてあげる♪ もちろん、クマさんや星のクッキーも添えて可愛くしてあげるからね♡」
 痛みなく溶けていく自分の体を見ながら、俺は次第に意識を失い最後に見たのは心の底から嬉しそうに笑っているドルツァの顔だった。
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