★ハニーワッフル バニラアイス添え【神】

文字数 3,822文字

 私立オセロニア学園。ここには白の大地の者、黒の大地の者関係なく、知識を求める者たちの学び舎。今日も熱心な教師は生徒に教鞭を振るう。そのなかでも2年生である生徒─蘭陵王は常に成績トップを誇るだけでなく、他の生徒の面倒見もいいと評判の生徒。教師の言葉は静かに耳を傾け、終業ベルが鳴ると不明点や疑問点を直接聞きに行くなど勉学にとても熱心である。授業が終わり、放課後は部活動に所属せず図書室での予習や復習をするなど知識には常に貪欲な彼である。
「さて、今日は数学の復習をしようか」
 お気に入りのデスクに腰をかけ、教科書やノート、筆記具を出す。今日の進行状況を思い出しながら一つ一つ問題を解いていく。流れを掴むと今度は明日以降の問題や新たな定義についても確認をしておく。
「ここは……この式を当てはめればできそうだ」
 例題と照らし合わせ、式を当てはめて問題を解いていき一区切りがついたところで図書委員の仕事をしているファイロから声を掛けられる。
「あの……蘭陵王先輩……今、お時間ありますか?」
 おどおどした口調で尋ねてくるファイロを柔らかな笑みで迎え、何があったかを尋ねる。すると、ファイロは一年生の教科書をめくり指さした。ここは一年生のなかでの一番の山とも呼ばれている箇所で特に理解をしていないと解くことは非常に難しい。
「まぁ、座りたまえ。ここは非常に難しいから、まずは一個ずつ理解するところから始めてみよう」
 ファイロ自身、数学には自信があったのだがこの問題にぶつかってしまい、意気消沈していたのだ。どうしていいかもわからず、いつも図書委員の仕事をしているときに見かける蘭陵王に思い切って声をかけてみたのだ。
「問題に取り掛かる前に、まずはじっくりと例題を見てみよう。この例題を見てなにか思ったことはないかい」
「えーっと……」
 ファイロはじっくりと考え、閃いたことを告げると蘭陵王はにこりと笑った。思っていたことが正解だと喜んだファイロは一つ、緊張感から解放されたように笑った。
「それに気が付けるとは大したものだ。では、次にこれを見ながら、次の文章を注意深く読んでみよう」
 ファイロはさっきの事をおさえながら文章を読み、理解を深める。なるほどこういう勉強方法があるのかと頷きながら読み終えると、今度はその下にある練習問題を解いてみようと言われた。解けるかどうか不安ではあるが、蘭陵王はファイロの肩を優しく叩き安心させる。
「大丈夫だ。理解を深めることができたら解を導くことはできる」
 思い出しながら練習問題に着手し、悩むこと数十分。問題を解き終えて蘭陵王に採点をお願いした。たった四問ではあるが、ファイロにとってはきちんと理解して解いたつもりだ。これでできていなかったら……と思うとファイロの顔はどんよりと曇りだした。
「お待たせ。採点、終わったよ。結果は……満点だ。よく頑張ったね」
 まさかと思い、蘭陵王から返されたノートを見ると、解にいたるまでの数式も全て正解していた。自分でも驚く結果に蘭陵王は大きく頷いた。
「これは君がきちんと理解してできたこと。当然の結果だ」
「ぼくが……理解できた……?」
「ああ。この問題の正解率がそう語っている。自信を持ちたまえ」
「あ……ありがとうございます」
「他の問題も一緒に解いてみるかい?」
 するとファイロは首を横に振り、今度は自分でやってみるといい深く深くお辞儀をして図書委員の仕事に戻っていった。
「なんとも微笑ましいな。少しでも彼の助けになったのなら嬉しい」
 蘭陵王は予習を切り上げ、図書室を後にした。出る間際にファイロに挨拶をしようとしたのだがいなく、代わりに本を盛大にぶちまける音と共に彼の声が聞こえた。

 翌日。授業の終わりに教師から期末試験日程の発表があった。試験はちょうど一週間後。範囲もそこまで広くないので、今まで通り復習と問題を繰り返し行えばさほど脅威ではないと蘭陵王は考えていた。発表が終わると教師はしっかり備えておくようにと言い残し、教室を後にした。
放課後になり、教室のざわめきも落ち着いた頃。蘭陵王はグラウンドで汗を流している運動部を見ていた。
(私もあのように動くことができたなら……)
 ふとそんな事を考えていた。体を動かすことは嫌いではないが、運動部のように終始走り回ったり頭を動かし続けるのは難しい。その代わりに知略を練ることならできるが……それは必要だろうか。などと自分でもおかしいなと思うことを考えながら席を立ち、また図書室でいつもの場所で復習をすれば少しは気が紛れることを信じ、移動した。

いつもの場所。期末試験の日程が発表されたのにも関わらず、図書室は相変わらずの静けさだった。静かであるのに越したことはないのだが……少し違和感を覚えながらも教科書とノートを開き復習に集中し始めた。
「……っと、ここまでか」
 集中力が途切れたところが、ちょうど試験範囲のところだったことに気付き小さく息を漏らす。軽く伸びをしてリラックスを終えると、本棚の影から何者かが蘭陵王を見つめている。
「……ファイロ君かい」
「はっ……! はいっ」
 気配に気が付いた蘭陵王が口にすると、その者は声を裏返しながらやってきた。どうやらわからないところがあるらしく、今日は化学の教科書を抱きかかえていた。
「こっちにきたまえ。今日は何について学ぼうとしているのかな」
「きょ……今日は、化学式がわからなくて……」
「そうか。なら、一緒に見ていこう」
 早々にファイロを招き、一緒に化学式について勉強をしていくうちに、最初は不安の色でいっぱいだったファイロの顔が少しずつ明るくなっているのがわかった。
(考え方がわかってきたかな)
「こう考えればよかったのですね……。同じように考えたら……こういうことですか?」
「その通りだ。同じように考えればわかりやすい」
「わぁ……こんなに勉強が楽しいなんて思ったことなかったなぁ。先輩、ありがとうございます」
「いや、これは君の努力の賜物だ。積み重ねが大事だ」
 こうして、図書室利用可能時間ぎりぎりまで化学式を勉強したファイロはとても満足そうな顔をして、帰っていった。まだ試験開始まで時間はある。またここで彼と会うことがあれば助けになりたいと、蘭陵王は思った。またあの笑顔が彼の元に訪れるなら……。

 それから毎日。蘭陵王とファイロは図書室利用可能時間ぎりぎりまで勉強をしていった。重点はファイロの苦手教科を少しでも減らすようにすることだった。毎日違った教科書を持ってきては苦手な部分を示し、そこの講習を受ける。帰る頃にはきちんと理解をして帰るという素晴らしい生徒だった。
 そして、期末試験前日。ファイロは静かにペンを置いた。
「先輩……ぼく、きちんとできているのでしょうか……」
「? どうしたんだい。突然」
「毎日、先輩からこうやって教えていただいているのですが……ちゃんとできているのか不安で。それに……」
「それに……?」
「先輩に……申し訳ない気持ちで……いっぱいなんです……すみません」
「なに。謝ることはない。私は君が素晴らしいなと思うところは、自分がわからないところをきちんと把握しているというところだ。それは中々難しいことで、自分がわからないところがわからないとどう教えたらいいものかと悩むのだが、君は違った。きちんとここがわからないと指示してくれるからこそ、私は君の力になれるんだ。いつでも頼るといい。それと、私は君に感謝をしないといけない」
「え……ぼ、ぼくにですか」
「私の講義に最後まで付き合ってくれて感謝する。明日は胸を張って頑張るといい」
「そ……そんな。ぼくだって先輩に感謝しないと……」
「ありがとう。では、試験結果が出たときにまたここで会うというのはどうだね」
「それが……感謝になるのでしょうか……」
「ああ。十分だ。それじゃあ、明日は共に頑張ろう」
「はいっ!」

 試験当日。蘭陵王は焦ることなく問題を一つずつ確実に解いていき、自己採点は満点に近いと睨んでいた。全ての教科を終え、蘭陵王は図書室には寄らずに真っすぐ帰宅した。そして、答案用紙を返され、全ての教科ほぼ満点の蘭陵王は今回も廊下に張り出された結果に頷いた。ただ、これに慢心してはいけない。これからも弛まぬ努力を積み重ねるだけだと自分を戒め、放課後。
約束の場所へと向かった。そこにはいつもの席の隣に座る銀色の髪をした少年が座っていた。どことなく寂し気に見えた蘭陵王はゆっくりと近づき肩を叩いた。
「ファイロ君……どうしたんだい」
 すると、ファイロは涙を浮かべながら蘭陵王をじっと見た。もしかしたらあまり良くなかったのでは……とそんなことがよぎったのだが、そこから満面の笑顔を浮かべて答案用紙を出した。
「先輩のおかげで……いい点が取れました。ありがとうございます」
「おお。そうだったのか……数学に化学……君が頑張った成果が出たじゃないか」
「うう……こんなにいい点数取れたのも初めてなので……嬉しかったです」
「それは君が毎日、コツコツと積み重ねてきた結果だ。自信持ちたまえ」
「はい……先輩。ありがとうございます」
 涙を拭い、にこっと笑うファイロはここ数日で見た笑顔で一番輝いていた。そんな笑顔を見た蘭陵王は試験でいい結果を残す以外にも大事なことがあるということを、ファイロから学ばせてもらった。蘭陵王はファイロに聞こえない小さな声で感謝を述べた。
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