小粒レーズンのホワイトチョコ【神】♉

文字数 2,651文字

「おいお前。ちょっとこっち来い」
「あ? なんでだよ」
「前々から気に入らなかったんだよ」
「なんだ喧嘩か? 喧嘩なら買うぜ」
 とある学園内の廊下にて、銀色の髪から覗く下向きの角を持つ少年が数人の素行の悪い生徒に囲まれていた。その少年─アマテルは面倒くさそうに大きく溜息を吐くと、右腕をぐるぐると回し相手をぎろりと睨みつけた。
「ふっかけてきたのはお前たちだからな。どうなっても知らねぇよ」
「上等だ!」
 素行の悪い生徒の内一人がアマテルに殴りかかろうと前で出るも、アマテルは軽く体を捻りそれを難なくかわす。かわされた方は何が何だか状況を把握するのにほんの数秒を要したが、その間にアマテルか軽く蹴とばし、次の生徒が来るのを待っていた。
「次はどいつだ」
「この野郎……っ!」
 次の生徒も前の生徒同様に殴り掛かろうと拳を握りながら向かうも、最小限の動きだけでかわした。かわされた方はすぐに向きを変えて再度殴り掛かろうとしたが、アマテルの蹴りにより阻止された。
「なんだなんだ。この程度なのか」
 すっかり気分が萎えてしまったアマテルはやれやれといったように首を横に動かし、軽く相手を挑発した。それを見た生徒は顔を真っ赤にして今度は複数人でアマテルに殴り掛かった。
「いい気になるなこの野郎!」
 三方向から殴り掛かってきた生徒を、アマテルは逃げ道をしっかりと見つけながら華麗にかわしていった。まるで木の葉が舞うような静かでだけど鮮やかにかわした。歯応えのないやりとりに嫌気がさしてきたのか、アマテルは大げさに溜息を吐きながら「やる気がねぇならここまでにしておきな」と言い、その場から去ろうとした。
「おいおい。逃げるのか。もしここで逃げたら……シェラハがどうなるかわかってるのか」
「……あ?」
 生徒の一人がアマテルの幼馴染─シェラハの名前を出すと、途端に場の空気が凍り付いた。その空気に充てられた生徒は腰を抜かして立てなくなるものや、意識を失うものまでと様々だったがシェラハの名を出した生徒だけはその空気に飲まれないよう必死に堪えていた。それほどまでにアマテルに対し敵対心を持っていると言われればそうかもしれないが、それはアマテルには禁じ手だった。
「あいつがどうしたって? あ?」
 ぎろりと相手を睨みつけるアマテル。その目はさっきまでの面倒くささを含んだものではなく、間違いなく怒気に染まっていた。アマテルはアマテルが大事だと思う人を傷つけられるのをひどく嫌う。それが幼馴染のシェラハであれば尚更。頭に血が上ったアマテルは右手をぐっと握り相手の頬を目掛けた。体重を乗せた重い拳はまっすぐに相手に突き刺さり、その後吹っ飛ばした。
「またあいつの名前を出してみろ。ただじゃおかねぇからな」
 これでも加減したんだと吐き捨てながら去ろうと背を向けたとき、かわされた生徒たちがアマテルを羽交い絞めにし、動きを封じた。
「おいお前ら。何しやがる」
「おい。しっかりと掴んでおけよ。殴られて終わるのは性に合わないだよ……なっ!!」
「ぶっ!!」
 身動きができない状態で殴られることしかできないアマテル。次第にエスカレートしていく暴力に、騒ぎを聞きつけた生徒が職員に連絡をしたのか廊下が一気に慌ただしく騒がしくなった。
「ちょっとあなたたち! 何をしているのですか!」
「やべぇ。逃げろ!」
「こら! 待ちなさい!」
 職員を見た生徒は一目散に逃げだし、廊下には傷だらけのアマテルだけが残された。がくりと膝を落とし肩で息を整えていると、アマテルの背後からどこかで聞き覚えのある声が聞こえた。
「あっ! アマテル! 何してるのよ! 傷だらけじゃない!」
「シェラハか。うるせぇな。別になにもねぇよ」
「何もないのに傷だらけなことがある? とにかく、手当するわよ!」
「……へーへー」
 幼馴染のシェラハに見つかり、アマテルを引きずるようにして保健室へと向かうとシェラハは慣れた手付きでアマテルの傷の手当を行った。
「よし。これで……あともう一つの傷を見せて」
「こんなもん、すぐに治る」
「あぁ、こら! 待ちなさい!」
 傷の手当をするき満々のシェラハを後目に、傷を負った当の本人は保健室からそそくさと出て行ってしまった。

 売られた喧嘩は買う。これをモットーにしているアマテルは、些細なことでも首を突っ込み、相手を黙らせる。その理由は「気に食わなかった」と本人はよく言うのだが、それは裏を返せば曲がったことが許せないということにもなるのだが、本人はそれを認めておらず強がっている。そのことに関して、よくシェラハに突っ込まれるのだがアマテルはあくまで「気に食わなかった」といい、済ませていた。
 そんなアマテルにはある重大な使命を持っている。それは、とある災厄が解き放たれないようにすること。その厄災はこの世界をも巻き込んでしまうほど強大なものといわれ、アマテルは十二星座のおうし座の皇子として日々を送っている。幼馴染のシェラハも同じ指名を持つ仲間として過ごしており、普段はそのことは伏せている。
「厄災……か」
 誰もいないことを確認してから、アマテルはぽつりと呟いた。本当に厄災なんてくるのかそんなことが信じられないくらいに平和な今、にわかには信じられなかった。だけど、この厄災の封印が解かれてしまうしまうかもしれないと言われている以上、起こってしまうかもしれないしもしかしたら起こらないかもしれない。起こらない方がいいに決まっているのだが、アマテルはふと思った。
「その災厄ってのの場所がわかれば、起こる前に潰してしまえばいいんじゃねぇか?」
 その考えは確かにそうかもしれない。だが、現時点ではその厄災というのがどういった形で起こるのかもわかっていない。つまり、手の出しようがないのだ。はっきりとしたことがわかっていない以上、何もすることができないということにもどかしさを感じたアマテルは自身の頭を掻きむしった。
「あー、ちくしょう」
 もし、その厄災を潰すことが可能ならアマテルは喜んで参加するだろう。理由を聞いたらきっと「気に食わないから」というかもしれない。それに立ち向かっていったとして、もし……もし万が一敗れてしまったら……シェラハはどうなる。
「……くそっ」
 自分よりも自分をよく知っている幼馴染の顔は横切ったアマテルは、頭を振りバカな考えをしたと呟きながら雑念を追い払った。今はただ、平和な学園生活を送ることだけに集中しようと決め、予鈴が鳴り終わる前に自分の教室へと向かった。
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