レッドアイチェリーのカップケーキ【魔】

文字数 2,594文字

 むかしむかし。その町には「願いを叶える木」がありました。その木は太くしっかりと大地に根を張り、まるで町を包み込むかのような巨大な枝はいつしか町を守る第二の屋根になっていました。願いが叶うという話は専らは噂ですが、町に住んでいる何人かの人はその木に願いを込めると本当に叶ったと声を大にしていたそうです。人々の願いは木に届けられ、そのエネルギーで幹を太くし根を更にしっかりとしたものへとなるエネルギーへと変えられ更に町を覆う屋根へと変わるのです。そして、町の人が願ったエネルギーが実を結ぶとき、更に町は発展していくという伝承までありました。
 そんな巨木の加護がある町に異変が起きました。それはごく自然に違和感なくやってきました。ふらりとやってきた冒険者が突然、町の入り口で倒れてしまったのです。それを見かけた町の人はすぐさま駆け寄り、容態を確認しました。彼は息も絶え絶えで水を飲むのも苦しそうな程に衰弱していました。でも、何もしないわけにはいかないと思い、手当に当たった町の人はすぐに水と救急カバンを持ってくるよう依頼をしました。集まっていた人の内、何人かはそれに応じ駆け足で向かっていくのを見て一安心。彼が息苦しくないような体制にし、自ら日陰になり彼に直射日光が入らないように防いでいると、水と救急カバンを持った町の人がやってきました。すぐに手当を施そうと彼に声をかけたのですが、彼からの応答はありませんでした。必死に水を飲ませようとしても、あっという間に口の中は水で満たされついには溢れてしまいました。それを見た町の人は思わず声を出してしまいます。


                「この人殺し」
            「お前が無理やり水を飲ませたからだ」

 あまりの声の大きさに何事かと思って出てきた人々は、声のする方へと向かうと声を荒げた二人が次々に黒い言葉を投げつけていました。その黒い言葉は徐々に町全体を蝕んでいきました。
黒い言葉を受けた人物は必死に自分ではないと否定をしても、その声は誰の耳にも届きませんでした。何度も何度も自分は無実だと訴えても、それを聞き入れてくれる人は誰一人としておらず、その人は絶望からかすとんとその場に座り込み、泣き出してしまいました。
 そしてその人から黒い何かが表れると、ふわふと宙を漂いながら町のシンボルである巨木の方へと吸い込まれていきました。吸い込まれては黒い何かが生まれを繰り返していくと、町の屋根となっていた枝や葉は段々と枯れていき、次第に異臭を放つようになりました。その異臭に気分を悪くした人も体から黒い何かが表れると巨木に吸い込まれていき、巨木が段々とどす黒く変化していきました。

 一時間もしない間に町を守っていた巨木は、見るも無残な姿へと変わっていました。葉は枯れ落ち枝からは不気味な木の実が顔を覗かせ、巨木本体からは鼻をつまんでも防ぎきれない強烈な腐臭を放っていました。そしてその腐臭は町を覆いつくすと同時に地面をぐらぐらと揺らしました。ぐらぐらと揺れた巨木からはまるで悪霊が呼び寄せられているかのように、不気味な音を立てながら禍々しい空気を放っていました。低く唸る声に応じるかのように巨木は意思を持ち始め、腐った根をぶちぶちと引き抜き自由になったわが身を見て空気を震わせて喜んでいました。
「この恨み……この怨嗟、広めなくては」
 赤くぎらつくその光はまるで獣のように鋭く、また闇のように深く周囲を見回すと倒れている一人の人間にすいと近寄りました。まだ息があるのかと巨木は言うと、自身に埋まっている赤黒い果実のようなものを人間に埋め込もうとしました。
「これを埋め込まれたら自分の意志で動くことができなくなる。さぁ、我の動く屍となるがいい」
 巨木が人間に果実を近づけると、人間は悶え苦しみ始めました。果実は人間の頭付近に寄生すると、めきめきと音を立てながら根を張り皮膚を貫き脳へと到達。その悲鳴を養分にしているかのような成長ぶりに巨木はうんうんと満足そうに頷いていると、その人間は苦痛に耐え自分の足で立っていました。
「ほう……ただの人間ではないようだ。面白い」
 巨木は予想外な出来事に驚きながらも、興味深そうに唸っていました。やがて赤黒い果実はその人間自身にも実ると、その人間の目は黒から果実と同じ色に怪しく光りました。
「あなた……は?」
 いきなり目の前に不気味な巨木があるのにも関わらず、人間は非常に落ち着いた声で問うていました。問われた巨木はうんと唸ってから「我が名はヴォルート」と答えました。
「ヴォルー……ト? あぁ、なんて甘美な響きでしょう」
 巨木の名前を聞いた人間だったものは、うっとりとした表情を浮かべていました。まるで恋人かのように頬を紅潮させ、自分の体をきゅっと抱きしめながら身悶えをしていました。
「貴様の名は何と申す」
 ヴォルートからの問われると、人間だったものは嬉しそうに口を開いた。
「わたくしは、ルービスと申します」
「ルービスか。貴様は中々に素質がある。どれ、我と共に怨嗟を増やしていかないか」
「あぁ……なんという素敵な申し出。ありがとうございます。ぜひ、ご一緒させてくださいませ」
 ルービスと名乗った人間だったものは、あちこちに転がっている人間に赤黒い果実を植え付けると、しばらくした後ルービスのいうことを聞くようになりました。ヴォルートは自身の頭付近にある枝を折り、指で弾くとそれは意思を持った人形へと変化しました。その人形の至る所にはあの赤黒い果実がいくつもついており、見ようによってはたくさんの目がついているようにも見える不気味な容姿をしていました。
「冥く燃える炎が見えるか……蝕み、我らの一部となれ」
 ヴォルートは赤黒い果実がついた杖を振りかざすと、辺り一帯を同色で染め始めました。それはヴォルートによる支配開始の合図のようにも見えました。


 少し離れた場所にて。教団員である人物が赤黒い果実に寄生されました。その人物もルービスと同じような現象が起こりました。赤黒い果実を受け付けられても自我を保っていることができているのです。そして赤黒い果実から流れ込む強大な魔力を手に入れた人物は別のルートで進行をしていました。新たな宿主を探して……。
「ひっひっひ。さぁ、じっとしておれ。お主ならいい宿主になりそうだて」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み