ブルーハワイとサンオレンジのシェイブアイス【魔】

文字数 2,787文字

 日が暮れ始めたビーチの傍らで大きなグラスを傾けている女性がいた。その女性の頭には鋭い刃のような角、その角と同じように鋭い爪は見た目の細さとは裏腹に丈夫さを兼ね備えており、彼女が本気を出して引っ掻こうものなら厚い鉄板もたやすく真っ二つにしてしまうほど。
 女性の名前はベルゼブブ。七罪の暴食を司る悪魔であり、七罪のトップであるルシファーの右腕として動いている。実は今もルシファーの策によって動いている最中であり、ベルゼブブはあまり浮いた存在にならないよう細心の注意を払っていた。
「……くそっ。中々上手くいかないものだな」
 大きなグラスを傾けながら、ベルゼブブは呟いた。エキゾチックな水着を身に着け、腰にはパレオを巻き足首にはアンクレットを巻き付け(ベルゼブブなりに)おしゃれを楽しんでいた。カウンターでグラスを傾けながら辺りをちらちら、また傾けてはちらちらと様子を伺っている。今、ベルゼブブはルシファーからの要望で新たな戦力に相応しい人材を探している最中なのだ。ルシファー曰く、今の季節は色々な生き物が賑やかな場所に集まってくるという。ベルゼブブはルシファーの期待に応えようと自分を鼓舞し、ここに赴いた。
 しかし、結果は惨敗。声をかけようと近寄るも誰も彼もがその雰囲気に圧され、逃げて行ってしまう。運よく声をかけるところまで行ったとしても話が通じなかったり、涙目になったりで結局誰一人として戦力として確保できていない。時間は有限だというのに、こうも成果があげられない自分に腹を立てながら辺りを見回していると、ふと嫌な気配がベルゼブブの背後に表れた。
「なぁ姉ちゃん。おれたちと遊ばない?」
「……悪いな。遊んでいる暇はないんだ」
 だらしなく水着を着た男性の集団に声をかけられたベルゼブブは、鬱陶しそうにその男性を睨んだ。それでも男性たちは怯むことなく、むしろ喜びながらベルゼブブを囲み始めた。
「そんなつれないこと言うなよ。なぁ、おれたちと向こうで飲まないか?」
「いいねー。おれたちが奢るぜ」
(ルシファー様。確かにルシファー様の仰る通り、

います)
 はぁと溜息を吐き、ベルゼブブはさっきよりも強く男性たちを睨むと鋭い爪を突き付けた。
「気安くわたしに声をかけるな。これ以上関わったら……わかるな?」
 そういうと、ベルゼブブは背後から小さな虫たちを呼び寄せた。その一匹自体は小さいが、その小さな物体が数多く密集したらどうなるか……想像するに容易いだろう。けたたましい羽音は男性たちだけでなく、お店で食事を楽しんでいた他のお客にまで届き退店する人が続出した。
「わ、わかったよ。悪かったよ」
「……ふん」
 髪をかきあげ着席しようとしたとき、騒動を聞きつけた店員によりベルゼブブは退店を言い渡されてしまい、やりすぎてしまったと反省しつつ店を後にした。
「それにしても……はぁ」
 オレンジ色が海に沈みそうな景色を見ながら、ベルゼブブは深い溜息を吐いた。わたしにはできないのではないのかと考えていると、余計に気分が落ちてしまいついには膝を抱えて座り込んでしまった。
「ルシファー様。申し訳ございません」
 自分の不甲斐なさについ弱音が零れてしまったベルゼブブ。このままではルシファーに報告などできるはずがない。きっと難色を示すだろうと負の連鎖に陥っていると、頭に衝撃が走った。
「いった……なんだ。これは……ビーチボール?」
 頭にぶつかった物を確認すると、シンプルな色合いのビーチボールだった。一体どこからだろうと辺りを見回していると、どこからか聞き覚えのある声が聞こえた。
「あぁ! あんなところまで飛んでったの? おーい、ベルゼぇ! ボール取ってー」
 煉獄の悪魔─アドラメレク。ベルゼブブとは良くも悪くもライバルであり友でもある。性格はベルゼブブとは反し、活発で体を動かすことが大好きなごく普通の悪魔である。そんなアドラメレク、ベルゼブブと同じように水着を纏い海辺のスポーツであるビーチバレーを興じていた。ころころと転がるボールを拾うと、アドラメレクは更に大きな声で呼びかけた。
「ベルゼぇ! 聞こえてるならさっさとボールよこしなさいよー!」
 耳障りだ……と思っていても、心の中ではどこか安心しているベルゼブブは軽い力でひょいとボールを投げた。
「そんな大声出すな。聞こえている」
「じゃあ、さっさとよこしなさいよねぇ! あ、あんたも一緒にやる?」
「わ……わたしは……」
「なんなのよ。あたしの誘いを断るつもり?」
「……はぁ」
「そんなシケた顔に思いっきりアタックしたくなってきたわ。さ、やるわよ」
「あ、おい。ちょっと」
 腕を強引に掴まれコートへ連れ込まれたベルゼブブは必死に藻掻くも、アドラメレクの力に成す術がなかった。歩きにくい砂の上で何度も転びそうになりながらも、なんとかアドラメレクが止まるまで足を動かすと、そこにはあまり見慣れない男性悪魔がいた。
「紹介するわ。さっきまでそこでサーフィンしてたっていうアエーシェマ」
「……」
 アエーシェマと呼ばれた悪魔は両腕を組みながらそっぽを向いていた。恥ずかしいのかそうではないかはわからないが、とりあえずベルゼブブもアエーシェマに軽く挨拶をした。
「さ、これで三人な訳だけど……チームはどうする?」
「お前たちでやれ。オレは少し休みたい」
「あっそう。じゃ、そういうことだから、ベルゼ。やうわよ」
 言葉と足元をウキウキさせながらアドラメレクは、ベルゼブブとは反対側に向かい、ネット越しに向き合う形になった。
「さ、さっきのあんたのシケた顔にあたしのミラクルシュート、かましてやるわ!」
「そうはさせるか」
 ようやくやる気を出したベルゼブブはパレオをアエーシェマに預け、ベルゼブブは軽く準備体操をし来るアドラメレクのボールに備えた。
「何があったか知らないけど、そんなもんは忘れるのが一番でしょ。いくわよーっ!」
 ボールを高く放り投げてからの強烈なサーブを放ったアドラメレク。それを受け止めるベルゼブブは小さくうめき声をあげるも、落とすことなく繋げた。勢いを幾分落とされたボールはアドラメレクのコートに入ると今度は挑発するかのように緩く返すと、ベルゼブブは今日あった出来事(主に不満)を右の手のひらに集中させ、ボールに思いきり叩きつけた。予期せぬ事態に対応できなかったアドラメレクのコートには、高速回転を続けているボールが突き刺さっていた。
「いっけーーー!」
「ああぁ! ちょっとベルゼ! やってくれるじゃない!」
「ふん。油断してる方が悪いだろう」
「言うじゃない。まだまだいくわよ!」
「望むところだ」
 こうしてアドラメレクとベルゼブブの壮絶なラリーが始まった。時には爆音、そしてまたある時は歓喜の声があがるコートの中で、ベルゼブブは心から笑いながら楽しんでいた。
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