怪しい実験? フラスコゼリー【魔】

文字数 3,386文字

「うぅむ……」
 モノクルをかけなおしながら少年はフラスコとにらめっこをしていた。歯車がついた帽子、首には目元を守るゴーグルをぶら下げ、薄い皮のマントの中にはいくつもの試験管をずらりと入れていつでもどこでも実験ができるよう、簡単な器材を忍ばせていた。
 少年─グノーは錬金術の書に書かれているレシピ通りに素材、薬剤を入れ調合をしていた。だが、何度やってもフラスコの中には結果通りのものができあがることはなかった。できるのは真っ黒な塊だけで、その結果を見ては大きく落胆するのであった。
「なぜだ……素材も採取したばかりのものだし、薬剤もきちんとレシピ通りに調合したものだ。なのに、なぜこうも失敗するのだ……」
 帽子を取り、自分の頭をわしゃわしゃと掻き乱したグノー。いつもならこんなに失敗することなんてないのにといつになく弱気な発言をしながら、すっかり冷え切った紅茶を含んだ。時間が経ちすぎて渋みが主張する紅茶に顔を歪ませながら、グノーは手元にあった錬金術の書をぱらぱらとめくった。自分だけの研究所ともあってか、グノーはあちこちに錬金術の書をばらまいていた。本来、本棚には本が敷き詰められていつはずなのだが、今ではその影はなく悲しいくらいにすかすかになっている。専ら研究をしたいからという理由で片付けはおざなりになっていて、入った当初はきちんと整っていた研究所も、今では足の踏み場を探す方が難しいくらいに埋まっていた。
「はぁ……どうしたものか」
 部屋の片付けよりも、研究がうまくいかないことに肩を落としている。このままでは来月に控えた研究発表会までに間に合わないという焦燥感に、グノーは苛立ちと不安が交じり合った息を吐いた。
「仕方ない。最初から錬金を見直してみるか」
 レシピツリーを辿り、一番最初に必要な素材を集め、錬金し、それをまた素材として錬金してと文字通り最初から錬金を始めた。作り置きだったから悪いのではないかという可能性もあると信じ、グノーは休憩もそこそこに錬金を続けた。
「よし。これで熱する時間をきっちり十五分にセットして……」
 フラスコの中に今まで錬金で作成した素材を混ぜ合わせ、加熱装置に取り付けた。タイマーを十五分で切れるようにセットし、加熱を始めた。今度こそ上手くいってくれよという願いを込め、グノーはフラスコに栓をした。レシピ通りであれば、十五分後にはフラスコの中には真っ青になった液体が出来上がっているはずだ。
「これ以上、時間を無駄にしたくないのだ。頼むぞ」
 丹精込めて作った素材に向かって話しかけ、その間入所以来やってなかった部屋の片付けでもしようとマントを適当に放り、床に散らばった錬金術の書を拾い始めた。すかすかだった本棚はやがて本来の姿を取り戻し、きれいに整い始めた。足の踏み場もなかった床も段々と片付いていきようやく床の色を伺うことができるようになった。ひたすらに書物を片付けあっという間にきれいになった自分の研究所を見たグノーは、研究では得られない満足感を感じていた。
「こんなところだろう。さて、そろそろフラスコの様子を見にいくか」
 あと数分でタイマーが切れるというタイミングだったらしく、なんとなく気分の良いグノーは鼻歌交じりに様子を見に行った。ぽこぽこと音を立てて沸騰しているフラスコの中は淡い青色をしていて、これはもう成功ではないかと確信していた。そのとき、フラスコが乾いた音をたてて破裂した。
「なっ……なんだと!」
 破裂したフラスコからは、淡い青色から禍々しい紫色に変色した液体がどろりと零れた。やがて作業台の上に零れた液体はしゅうしゅうと悪臭を発しながら小さくなり消えた。書物に書いていない結果に驚いたグノーは、予想外の結果にただ茫然とするしかなかった。
「なぜだ……なぜ結果予測にこういったことが書いていないのだっ!」
 時間をかけて作った素材全てが台無しとなり、目の前に無残な結果だけが残された状況にグノーは怒鳴った。まるで自分の錬金術を否定されてしまったかのような衝撃を受けたグノーはその日、何日ぶりかベッドに入って休んだ。

 翌日。まだすっきりとしない頭の中、起床したグノーは洗面台で顔を洗った。いつものきりりとした目元はまだおねむなのか、鏡に映っているグノーからは「まだ寝ていたい」という言葉が聞こえてきそうだった。とんでもない方向についてしまった寝癖と格闘し、ようやく落ち着いた頃、グノーは何気なく手に取った錬金術の書から何かが落ちたことに気が付いた。
「ん? なんだこれ」
 落ちたのは封筒のようで、裏には差出人には「フルカス」と書かれていた。フルカスとは前に一緒に研究をしたことがある大先輩で、薬学の知識はもちろん生物の知識も豊富な人物だ。普段から仮面のようなものをつけていて、喋る度に声が籠ってしまい聞き取りにくいこともあるがグノーは知識豊富なフルカスを尊敬していた。そんなフルカスから届いていた封筒には「入学案内在中」と書かれていた。どこだろうと思い、グノーは封筒を開けて中を確認すると入学に必要な手続き書と案内、返信用封筒が同封されていた。そして、手続き書の下には既にフルカスのサインが入っており、あとはグノーがサインをして送り返せば入学ができるという状態だった。
「フルカス先輩……」
 久しぶりに目にした大先輩の直筆に胸を打たれたグノーは、本人サイン欄にさらさらとサインをし封筒を送付した。このときのグノーの目はすっかり覚めており、なにやら希望に満ちていた。

 後日。学園からの折り返しの手紙が届いた。内容は入学の手続きが完了したという短い文面と、学園までのアクセス方法が記載されていた。グノーは手早く支度を済ませ、その案内に書かれている通りに進んでいくと目の前に巨大な建物がそびえ立っていた。
「あれが……オセロニア学園」
 巨大な校舎、その麓に広がる同じく巨大な校庭。その巨大な校庭で遊んでいるたくさんの生徒たち。これから始まる学園生活に期待と不安を背負ったグノーは正門をくぐった。やがて下駄箱に到着したグノーは、中にいる用務員さんに事情を説明すると用務員さんは快く案内をしてくれた。
「この時期に入学なんて珍しいね」
「あ……はい。そうなんです」
「悪い意味じゃないさ。学びを得たいという生徒はいつでも歓迎だ。さ、ここがそうだよ。これから頑張ろうね」
 そういって用務員さんはにこっと笑い、帰っていった。教室の上には白いプレートで「科学実験準備室」と書かれていた。いかにもフルカス先輩がいそうな場所だと思ったグノーは一気に緊張感が増した。何度か深呼吸をし、科学実験準備室の扉をノックした。すると中からくぐもった声が聞こえた。間違いない。この声はフルカス先輩の声だ。そう確信したグノーは静かに扉を開けると、試験管の中に薬剤を注入する途中のフルカスが立っていた。
「フルカス先輩。お久しぶりです」
「おお。グノーか。久しいな」
 フルカスの顔(?)を見たグノーは一瞬で表情が明るくなり、緊張感はなくなっていた。その代わりにわくわくからくる胸の鼓動がおさえられなかった。
「これ、全部先輩の……ですか」
「ああ。必要なものは大抵揃っている。なければ申請をすればいいだけ」
「お……おお」
 入学して早々、グノーは申し訳ないと思いながらフルカスに今度行われる研究発表会についてかいつまんで説明をした。全てを話した後、フルカスは「なぁに。心配することはない」といい、腰を下ろした。
「ここでその研究発表会の研究をすればいい。校長からはわたしから話しておく」
「あ……ありがとうございます!」
「君の研究結果はいつも素晴らしいからな。楽しみにしている」
「が、頑張ります!」
 こうしてグノーはいくつか持ってきた錬金術の書を開き、早速研究を始めた。ぴかぴかな作業台に傷一つないフラスコや試験管に驚きながら研究を進めるグノーの顔は、自分の研究所にいるときよりも何倍も輝いていた。
 そうして迎えた研究発表会当日。グノーの研究資料は誰よりも素晴らしいと評価され、いちやく学園内で有名になった。今まで自分だけの世界に籠っていたグノーは、こうして発表会の人たちだけでなく、同い年の人が見てくれるというのも悪くないなと思いながら、今日も大好きなフルカスと共に研究に精を出している。
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