はいから珈琲寒天【神&竜】

文字数 3,428文字

 とある喫茶店。今はお昼時ともあってか、店内は非常に混雑していた。しかしながら、給仕をする女性や料理の腕を振るう料理人の顔は皆楽しそうに笑っていた。次々と運ばれていく料理からは美味しそうな湯気が漂い、その湯気は香りとなり店内にふわりと舞った。給仕をしている女性が通路を通る度、自分が頼んだ料理を黙々と食べている人もその香りに興味をそそられその方へと首をやる。そして、香りを楽しんだ客のうち何人かは「次はあれを注文してみよう」と、次ここへ訪れる理由を作っているとかいないとか。
 そんなお昼時を終え、ひと段落した中にからんからんと店内に新しいお客が来たことを知らせるチャイムが鳴り響いた。
「いらっしゃいませ~。お好きな席へどうぞ~」
 入ってきたのは眠そうな瞳にやや着崩した和服が印象的な少年と、元気で溢れている小さな少女だった。店内に入るや少女は「おお」と声をあげながら少年の名を大きな声で呼んだ。
「おいハルアキ。早く早く!」
「アヤメ……そんなに急かさないでくれよ。それに、本来の目的を忘れてないだろうな」
「もちろんじゃ。ハルアキのくせに今日はうるさいの」
「はぁ……」
 ハルアキと呼ばれた少年は大きなため息を吐きながらゆっくりとした歩調で店内に入り、アヤメと呼んだ少女の後を追った。とてとてと歩く少女が座ったのは大きめのボックス席だった。二人しかいないのに四人掛けの席に座るなんてと少年をよそに、少女を品書きに手を伸ばしていた。
「ふんふんふーん♪」
「はぁ……こんな予定はなかったのに。アヤメ、食べ終わったらすぐに行くからね」
「わかっておる。さぁて、何にしようかの」
 鼻歌交じりに何にしようかと悩んでいる少女の背後では、また次の波がやってきていた。昼ほどではないが、少しばたばたとせざるを得ない状況になり、席はあっという間に埋まってしまっていた。とそこへ、新しい客が入ってきたことを知らせるチャイムが鳴り、給仕は少し困った顔をしながら今の状況を説明した。すると、その客は「構わぬ」と言い、店内を軽く見まわした。そして、一つ気になる箇所を見つけた新しい客は少年と少女の席へと向かっていた。
「もし。ここ、邪魔をしてもよいかの?」
「ん? 誰じゃ?」
「まぁ、かいつまんで話すとの……」
 透き通るような白い髪にくりりとした瞳、そして頭から生えた角、白と赤を基調とした巫女服、腰から伸びる髪色と同じ白い尾。竜族だというのは見てわかった。しかし、その話し方が少し独特ともあってか少年と少女は少し戸惑いながらも二人は頷き、相席を許可した。
「すまぬの。ふと立ち寄ってみたのはよいのじゃが、まさか混雑しておるとは思わなんだ」
「まぁ、仕方ないですね」
「でもよいではないか。これも何かの縁だと思えば」
 そういい、少女は品書きを相席に同席した女性に手渡した。受け取った女性はふむふむと頷きながら「決めたぞ」と言い、品書きを閉じて給仕を呼んだ。
「もしそこの。品が決まった。注文をいいかの」
「はい、ただいま!」
 しばらくして給仕が注文をとりに来ると、女性は品書きを指さして「これを頼む」と言った。続いて小柄な女性はぱらぱらと品書きをめくり「わしはこれを!」。少年は「珈琲寒天を」と言い、締めた。
「はぁい! かしこまりましたぁ♪」
 給仕は嬉しそうに声を弾ませ、厨房へと戻っていった。頼んだものが来るまでの間、相席に入った女性は簡単に自己紹介を始めた。名はコノエと名乗り、なんでも「すいーつ」というものに目がないらしい。というのも、自分が暮らしている環境の中にはすいーつ、または甘味というのはないらしく、こうして時々味わっているのだという。
「ほう。甘味がない世界とな。それはさぞ苦しかろう」
 とアヤメ。コノエは「そうなのじゃ。一度味わってしまうとその美味しさからは逃れられぬ」
「わかる! お主とは話があいそうじゃ」
「そうじゃの。そうじゃ、お主が知ってる甘味の話をもっとしてくれぬか」
「わしでよければ話そう」
 こうしていつしかアヤメとコノエは甘味話に花が咲き、盛り上がっていた。一方ハルアキは蚊帳の外という状態で、静かに窓の外を眺めていた。店の外を行きかう人はどこか慌ただしそうに動いているのが映り、さっきアヤメに放った一言はまるでこの様子を言語化したものなのではないかと考えてしまった。たまには……こうして時間を過ごすのも悪くはないのかなと思っていると、給仕の明るい声にハルアキの意識は戻された。
「大変お待たせしましたぁ。『くりーむそーだー』のお客様ぁ」
「お、わしじゃ!」
「続いて、『ぱんけぇき』のお客様ぁ」
「うむ。わらわじゃの」
「最後に『珈琲寒天』のお客様ぁ」
「はい」
 注文した品が揃い、給仕が満面の笑みで「ごゆっくりどうぞ~」といいその場から去った。最初に動いたのはコノエだった。コノエは添えられた黄金色の液体をぱんけぇきの上にかけると、とろりとした液体はこんがりと焼かれたぱんけぇきの上を滑った。時間が経つにつれ、ぱんけぇきにじゅわりと染み込んでいく黄金色の液体にコノエはなんともいえない幸福を感じていた。
「わしはあいすは最後に食べる派じゃ」
 アヤメは硝子の器の中で浮かぶ白い塊を大事そうに見つめながら、まずは小さな泡がたくさんついた緑色の液体を口に運んだ。口の中で爽やかに弾ける小さな泡は、気持ちまでうきうきさせてくれる不思議な魅力に詰まったものだった。心地の良い刺激はアヤメの顔を一瞬で幸せ色に染め上げた。
「ところで……その真っ黒い寒天はなんじゃ?」
「わらわも気になっておったのじゃ」
 ハルアキが注文したのは珈琲寒天というものだった。小さな皿に入った黒くて四角い物体に、小さなカップに入った白い液体が添えられていただけだった。
「ああ。これは……」
「「隙ありっ!!」」
 説明をしようとしたハルアキを横切り、アヤメとコノエはハルアキが頼んだ黒い寒天に手を伸ばしそのまま口へと運ぶと目を見開いて驚いた。
「な……なんじゃ! すっごく……苦い」
「げほっ! げほっ! 全然甘くないではないか」
「……二人とも、説明を聞く前に手を出すからだよ」
 ハルアキはやれやれと言わんばかりに肩をすくめると、添えられた白い液体を寒天の上にかけていった。そしてよく混ぜてから口に運ぶと「うん。美味しいよ」と言った。さっきまで苦かったものがそうすぐに美味しくなるものかと疑心暗鬼になっている二人は、再度ハルアキが頼んだ黒い寒天に手を出し、口に運んだ。
「おおおお……さっきと違って甘くて……美味しいの」
「う……美味い。ハルアキのくせにこんなはいからなものを知ってるとは……」
「ぼくだって色々調べてるんだから」
 なんかしっくりこないとばかりに首を振るアヤメに構わず、ハルアキはのんびりと珈琲寒天を楽しんだ。コノエも黄金色の液体がしっかりと染みたぱんけぇきを堪能し、いつしか三人の注文した品はきれいになくなっていた。
「ふむう……やはりなくなってしまうのは少し寂しいの」
「まったくじゃ。でも、始まりがあれば……ということかの」
「ご馳走様。じゃあ、お会計してくるから」
 そういい、ハルアキは席を立ち先に会計を済ませに出た。その間、アヤメは何かを思いついたのかコノエにごにょごにょと何かを耳打ちしていると、コノエはアヤメと一緒にうんうんと頷いていた。ハルアキが戻ってくる頃を見計らい、アヤメはハルアキに切り出した。
「ハルアキ! もう一軒行くぞ!」
「え? この後、お師匠様のところでアヤメの点検なのに……」
「そんなものはあとじゃ。ほれほれ、ハルアキ。行くぞ」
「はぁ……お師匠様待っているんだけどなぁ」
「それはお主で何とかしてくれ。コノエ、行くぞ」
「うむ。次はどんな甘味があるか楽しみじゃの」
「……もう。仕方ないなぁ」
 やれやれ……と言いたいところだけど、あそこまでアヤメが嬉しそうにしているのを見ていると、なんだか無下にできないという思いが勝り、ハルアキは店内にある電話からお師匠様に連絡をした。怒られるかもしれないと思っていたのだが、受話器の向こうからは「楽しんでからでいい。気をつけてな」と穏やかな声で言われた。その声に抱えていた不安感が拭われたのか、ハルアキは元気よく二人を追いかけた。ここでコノエに会えたのは何かの縁なのかもしれない。その縁を今は大事にしていきたいと思うと、次の喫茶店へ行くのがとても楽しみで仕方がなかった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み