ラム酒香る♪オトナのドライフルーツのパウンドケーキ

文字数 1,774文字

 私がこの隊に入って初めて顔を見たのが、鬼教官として有名なティルートだった。愛用の片手剣を構えている姿は男性でも女性でも惚れ惚れしてしまう程、勇ましかったのを覚えている。訓練であっても一切の手を抜かず、厳しい言葉を投げつけビシバシとしごくその姿を目にしたときは、「あぁ、本当に鬼教官っていう言葉が相応しい」と思った。私もそれに何度も付き合わされ……おかげで戦場では恥のない程度に槍を振るうことができている。言葉はまるで男言葉だし、ガサツだし時々女性であることを忘れているかのような言動もしばしば……恐れ多いと知りつつも、女性であることをお忘れないようにと何度も進言するも豪快な笑い声でどこかへ飛ばされてしまった。
 そんなある日のこと。私とティルート教官が(たまたま)戦果をあげたことを祝したいという部下がいた。……確かに、今回はさすがの私も冷や冷やした場面が何度もあったからそれくらいは……という気持ちだった。ティルート教官は私の返事を聞くより先に大きく頷き早急にとりかかってくれと言い出した。……私の意見は聞いていただけないんですねと思ったけど、結果は同じだからあまり口にしないでおこう。
 会場に案内された私たちは入るや否や、部下の大きな声での祝い言葉から始まり、私たちの言葉もそこそこに冷えたエールを持たせ、すぐに乾杯。……私はあまり酒が得意ではないのだが……致し方なくエールに口を付ける。麦独特の苦みがどうも苦手でほんの僅かな量が口に入っただけなのだが、私は顔をしかめてジョッキをテーブルに置いてしまった。お店の人に水をお願いするとティルート教官はなんだなんだと言いながら、既に自分のジョッキを空にし私の飲みかけのエールに手を出していた。良ければどうぞと言うと、ティルート教官は嬉しそうに流し込み始めた。お店の人から水を受け取り、口に含むと何とも言えない爽快感さえ感じられた。水のグラスを置いてティルート教官を見ると、既に私が飲んでいたジョッキにはエールは残っておらず、代わりに新しいエールが注がれていた。そしてを一気に飲み干す姿を見た私は気分が優れなくなり、出された料理を適当に摘まんで自分の部屋へと帰ることにした。明日も訓練があることも考えるとあまりのんびりできないのも事実だったため、私は部下に断り一足先に帰った。

 翌日。たった一口からここまでひどい頭痛に悩まされるなんてと思いながら身支度をし、訓練場へと向かうとそこにいるはずの人物がいなかった。……そう。ティルート教官だった。周りがざわつき始め、どうしようかと悩んでいても仕方ないと思いすぐにティルート教官の部屋へと向かった。昨日、あんなに飲んでいたからもしかして……と思い、ティルート教官の部屋の扉をノックした。しかし、何度ノックをしても中から何も返ってこないことに違和感を覚えた私はドアノブに手をかけて軽く捻ってみた。鍵は開いている……なんとも不用心なと思いながらゆっくりと中へ入ったとき、私は自分の目を疑った。

 山積みにされた訓練報告書、訓練メニュー合同会議報告書、予算提案書、武具修理依頼書などの未処理の書類の中で大きないびきをかいているのは……ティルート教官だった。肩を揺らそうと近付くと口からアルコール臭が漂い、私は思わず鼻を摘まむ。それだけならまだしも、部屋の中には干しっぱなしの洗濯物や片付け終えていない食器などが乱雑に置かれていて、とても教官という立場にある人物の部屋ではないと即座に悟った。私は部屋の中を何も見ていないと何度も唱えながらティルート教官を揺さぶり起こす。ようやく目を覚ましたティルート教官は寝ぼけ眼で私を見てもうーんと唸りもぞもぞと体を動かすだけだった。訓練の時間だと耳元で言うとやっと体を起こし準備を始めた。その様子はまるで夜更かしをした子供のようだった。普段は鬼の形相でしごいている教官もアルコールの力でここまで変わってしまうのかと思うと、これは他の訓練生には見せられないと思い私はそれからというもの、何かアルコールの提供があるとわかった翌日はいつもより早めに起きて、ティルート教官を起こし身辺を整えることが日課になっていた。
 そして、身支度を終えたティルート教官は何事もなかったかのように、今日も訓練生に厳しい言葉を投げつけしごくのであった。
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