瞳ぱっちり! 濃いブルーベリーのジャムクッキー【竜】

文字数 2,565文字

「いらっしゃーい! 新商品入ってるよー!」
「こっちも美味しい果物が入ってるよ! ほら、買って行ってー」
「お土産に一袋どうだい?」
 活気溢れる町中を歩く竜人の少女─シンシア。本来は武術主に足技を使って故郷で行われる大会で負け知らずだった。大会がある日が近づくと、シンシアの家の庭から大きな袋を蹴り飛ばす音が聞こえるという。脚力を鍛えておけば、移動はもちろん回避にも攻撃にも使えると知ったシンシアは、得意箇所を重点的に鍛えて大会に臨んだ。そして結果はシンシアの臨んだ結果となり、故郷ではちょっとした有名人になった。
 大会が終わり、休日を楽しんでいたシンシア。大好きなドリンクを飲みながら外を眺めていると、幼馴染のクロリスが大きなリュックを背負ってどこかへ行っていくのが見えた。クロリスはシンシアと違い、商業の才がある。そこらへんに落ちている何の変哲のない壺も、それらしい話をその場で作り購買意欲を掻き立てることができてしまう。残念ながらシンシアにはそういったことはできず、自分にない才能を発揮して楽しそうに笑っているそんなクロリスを見てはぁと溜息を吐いた。
「あいつって本当にすごいな。あんなに笑いながら話して販売しちゃうんだからなぁ」
 幼馴染とはいえ、こうも嫉妬心というものが出てしまうものなのだろうか。自分にもああいう風にできたら……。そう考えたシンシアは大好きなドリンクを飲み干し何かを思い立ったのか、自宅の中で一番大きなリュックを引っ張り出し荷物を詰め始めた。そして、何も書置きをしないままクロリスを追いかけるように故郷を去った。

 故郷を出たはいいが、肝心のクロリスはどこかと追いかけている内に故郷と似ていて活気溢れる町へと辿り着いたシンシア。通りの両サイドでは大きな声で客引きをしている店主や、値切り交渉をしている様子などが伺えた。シンシアはまだ何をどうすれば商業の才が身につくのかはわからないが、きっと色々とじっくりと見て判断をすればいいものだと思っていた。気になる店を見つけては商品を見比べてみたり、重さの違いを感じてみたりなどできる限りしてみたがさっぱりだった。
「うーん。難しいなぁ」
 色々な店を巡っていて疲弊を感じたシンシアは、ジューススタンドでジュースを購入し手で顔を仰ぎながらジュースを飲んだ。今日はいつも以上にお日柄がよく、何かに夢中になっていると頭がくらくらしそうな日差しだった。冷たいジュースに一息ついたシンシアは自分に気合を入れなおし、まだ見ていない店を巡ろうと足を動かした。
 あちこち店を見て回っていたシンシアが、一つの店の前でぴたりと足を止めた。そこにはきれいなものとはお世辞にも言えない小瓶が並んでいた。
「いらっしゃい! ゆっくりみていきな!」
(お、これはいいカモが来たなぁ)
「ありがとう! ちょっと見させてもらうね」
(お! これは中々面白そうなものだな)
 縦長や横長とサイズ感はてんでばらばらだけど、そこがなんとも魅力的に思ったシンシアはそれを両手に取り、右に左に視線を動かした。
「それは最近入ったばかりの品ですぜ。それに目をつけるとはお客さん、中々お目が高い!」
(そこらへんで拾った古そうなただの瓶なんだけどな)
「へぇ! そうなんだ!」
(おお! あたしの目は正しかったのか!!)
 こうして店主とシンシアのやりとりが始まり、シンシアはしばし店主と会話をしていきながら何が良さそうな品なのかのヒントを掴んでいった。
「ふむふむ。なるほど」
(なんだ。結構簡単じゃないか)
「そうなんですよ。こういう少し変わったデザインというのもの高価なものかと」
(こいつ、何もわかっちゃいないな。こりゃあラッキーだぜ)
「それじゃあ、このお店の中にある一番変わったものってどんなの?」
(そっか。その変わったものを買って誰かに売れば……よっし。なんとかなりそうだな)
「はいはい。これでして」
(どこで拾ったか忘れた土人形でも渡してしまえ。一番邪魔で仕方なかったんだ……)
「おお! これは……なんとも魅力を感じますね」
(この人の言う通り、少し変わってていかにも高額そうだな)
「でしょうでしょう? 特にこの辺りが」
(高額もなにもないんだよなぁ。これで売れればラッキーなんだが)
「うーん。でも予算に収まるかなぁ」
(よし。よくクロリスが言ってた言葉を使ってみよう)
「ほほう。予算はどのくらいで?」
(ちっ。あと少しだったが……まぁ、焦って怪しまれるよりはいいか)
「えっとねぇ。600ゴールドくらい」
(本当はもう少し残しておきたかったけど……ここは勝負してみよう)
「600ゴールドですかぁ……うぅむ」
(マジで? これを600ゴールドで買ってくれるんか! ラッキー!)
「あれ。どうしました??」
(まさか……少なかったかな……)
「うーむ。600ゴールドですかぁ……」
(ここは少し含みを持たせて……)
「どきどき……」
(あぁ……交渉失敗かなぁ……)
「……20。」
(ちょっと釣り上げてみたら……どうでるか)
「え? 620ゴールド? うーんと……」
(ちょっと高くなった? でもこれ以上はお財布事情が苦しくなりそうだなぁ)
「実は……これが最後の品でしてねぇ。次に来た時にあるかどうか……」
(この一言でどうだ。そうなったら……ふふふ)
「ええ! それは……んー、じゃあ、610! 610ゴールドなら買います!」
(半分の610ゴールドなら……まだいける……と信じたい)
「……615は厳しいですかねぇ? こういうデザインものって同じものがないものでしてねぇ」
(ここはできるだけ高く買わせておきてぇ)
「ううっ! ぐ……ぐぬぬぬぬ…………612!!!」
(きっつい! もうこの金額が限界だよ……)
「お! 売った!」
(これ以上粘って逃げられるのもなんだ。この金額で手を打ってやるか)
「あ、ありがとうございます!」
(いやぁ、言ってみるものだなぁ)

 こうしてシンシアは初の交渉を経て変わったデザインの瓶を購入することができた。果たしてこれが至って普通の瓶だと気付くまでに、あとどのくらい修行を積めばわかるのか。それは誰にもわからない。ただ、今は満足そうに笑いながら瓶を抱えているシンシアを見れば、どのくらい時間がかかろうと構わない。彼女が「楽しい」と感じてくれるその日まで。
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