きらきら艶やか☆蜜たっぷりのりんご飴

文字数 5,996文字

「……ほんとにお前は学習能力がないな」
「うるさい! 今はそれどころじゃない!!」
 飛び跳ねた髪の毛をそのままに町を走る青年と、その肩には小さな童がやれやれといった様子で首を横に振っていた。今日も師匠への挨拶をする日だというのに、青年─ハルアキは寝坊をしてしまった。以前にも同じことをしでかしたことに、童─あやめはハルアキの髪の毛を毟る勢いで引っ張り何とか起こすことに成功した。
「お前はいつになったらきちんと起きることができるんだ?」
「もー、放っておいてくれよ」
 走りながらあやめの相手をするハルアキの体力はもう限界を越していて、ついにはその場で大きく呼吸を整え始めた。額からは大粒の汗が流れ、それを拭いながら顔を上げると視線の先にうっすらと見える師匠の家を確認することができた。もう少しだと自分に言い聞かせ、ハルアキは最後の力を振り絞り足を動かした。
「ほら、さっさと走らんか」
「走ってるじゃないか。もう、あやめは人使いが荒いな」
「しっかりしないお前が悪い」
 言っても言い返されてしまうことに疲弊しながらも、ハルアキは師匠の家へと走った。

「た……ただいま到着しました。はぁ……はぁ……」
「おお。ハルアキか。待ってたぞ。さ、おあがり」
「は……はい……」
 玄関で優しく迎えてくれた師匠に挨拶をするが、それを荒くなった呼吸が邪魔をして中途半端な形になってしまった。あやめはハルアキの肩で足を組んで佇んでいた。ようやく呼吸が落ち着いたハルアキは履物を脱ぎ、師匠が待つ部屋へと小走りで向かった。
「失礼します」
「入りなさい」
 襖を開け、中へと入ると師匠が朗らかな笑みを浮かべ迎えてくれた。ハルアキは何度も頭を下げて遅れてしまったことを謝罪した。それに師匠は構わんよと言い、ちらりとあやめを見た。いきなり視線を向けられたあやめは何事かと首を傾げると、師匠が歩み寄り何やらぶつぶつと唱えるとあやめは一枚の式札へと変化した。
 そう。ハルアキは陰陽師で、あやめはハルアキの式神なのだ、そして、今日は月に一度、師匠に挨拶をするのに加え、ハルアキが使用している式札の手入れの日でもある。
「ちょっとだけ、あやめには式札になっててもらうよ」
 師匠があやめの紋が入った式札を手に取り、注意深く見ていく。四隅は勿論、式札に書かれている文字が薄くなっていないか、破れている個所はないか等細かく調べていた。
「……うん。あやめは大丈夫そうだ。どれ、ほかの式札も見てみよう。ハルアキ」
「はい」
 ハルアキは懐から式札の束を取り出し、師匠へ手渡した。枚数はさほど多くないのだが、いざ使役するとなった場合は式札になにかあれば本来の力を発揮ができなくなってしまうので、少なくても一枚一枚丁寧に調べていく。その間、ハルアキは師匠の部屋から外の様子を窺った。すると、奥の広場にてなにやら小さな店が軒を連ねているのが見え師匠に尋ねた。
「師匠……今日は何かあるのですか?」
「ん? ああ、今日は祭りがあるんだ。良かったら行ってくるといい」
「え……しかし、今日は何も持ってきていませんが……」
「気にしなくても大丈夫。そこは儂の出番というわけだ」
 嬉しそうに話す師匠になんとなく申し訳ないと感じてしまったハルアキは、なんて答えようか困っていた。……理由は寝坊をして銭の入った袋をうっかり忘れてしまったからだ。さすがにそれはまずいと思ったハルアキは、師匠に断ろうと口を開いたのだがそれよりも先に師匠が口を開いた。
「そうそう。あやめも一緒に連れて行ってやりなさい。きっと喜ぶと思う」
「は……はい」
 もうここまで言われて今更断ることなんてできないと判断したハルアキは、諦めて師匠に甘えることにした。外では子供たちが楽しそうにはしゃぎ、その親もなんだか楽しそうな表情を浮かべているのを見ると、申し訳ないという気持ちの裏に楽しそうだなという気持ちが表れ、次第にその気持ちが勝るようになっていた。
「よし、点検が終わった。はい、いつも丁寧に使ってくれてありがとう」
 師匠が最後の式札の点検が終わり、きれいに整えハルアキに手渡した。それに深々と頭を下げてお礼をするハルアキに師匠は思わず笑みが零れた。
「せっかくなんだから、おめかししていきなさい」
「お……おめかし……ですか?」
「ハルアキもその服ではなくて、その場に相応しい服を身に着けて楽しんできなさい」
「ぼくも……ですか?」
「あやめ用の服も用意してあるのに、お前だけないだなんて寂しいことは言わないさ」
「は……はぁ。なんか……気を遣わせてしまってすみません」
「いやいや。そう思うのであれば、お祭りを存分に楽しんできなさい」
「……わかりました」
「では、さっそくで申し訳ないが……あやめを呼んでもらえるかね」
「はい」
 ハルアキがあやめの紋が入った式札を手に取り、詠唱を始めた。式札に霊気が吸い込まれるように集まり、頃合いを見計らってハルアキが式札を放った。勢いよく放られた式札は途中で人型となり一回転すると可愛らしい女の子の童が現れた。
「なんだハルアキ。何か用か」
「用があるのは儂なんだ」
「? ハルアキの師匠が?? なんだ」
「ハルアキ。お前は居間で支度をしなさい」
「わ、わかりました。じゃあ、あやめ。また後で」
「またな」
 ハルアキは襖を閉め、師匠の言う通りに居間へと向かうとそこには既に師匠の世話役の人が座っており、頭を下げて待っていた。
「ハルアキ様。お話は伺っております。どうぞこちらへ」
 居間へと入ると、ずらりと並んだ浴衣に始まり、帯、履物、小物入れと続いていた。そのあまりの多さにハルアキは驚きを隠せず、思わず声を漏らした。
「こ、こんなにたくさん……」
「ハルアキ様のお好きなものをお選びください。わたしが着付けさせていただきます」
 そうは言うものの、浴衣だけでも数十種類、帯も同じくらいあり組み合わせはどれとどれがいいのかもわからなかった。ハルアキは試しに一着を手に取り、自分に合わせて鏡を覗いたがあまりぱっとしなかったのか静かに戻した。どうしようかと悩んでいると、世話役の人がすっと立ち上がり浴衣、帯をいくつか選びハルアキにあてがった。やがてハルアキにぴったりだと思う組み合わせを見つけた世話役の人は慣れた手つきでハルアキに着付けを施していく。
「お待たせしました。いかがでしょうか」
 姿見の鏡で確認をすると、普段着ている白色ではなく真逆の黒色だった。帯はそんな黒色でも僅かに色が違うのがわかるくらいの暗色のものだった。浴衣には光の加減でうっすらと見える竜が描かれており、地味すぎず派手すぎないものだった。世話役の人もうんと頷き、最後にハルアキの帯に扇子を差し満足そうに微笑んだ。
「完成でございます。あとは小物ですが……やはり巾着が一番ですわね」
 そう言い、世話役の人は少し大きめの巾着袋を選びその中に何かを入れてからハルアキに渡した。受け取ったハルアキは、ずっしりとした重さに驚き思わず声を上げた。中を確認すると、それは少し大きめのがま口財布だった。中にはぎっしりと銭が入っており重さの理由を知った。
「さぁ、間もなくお祭りが始まります。楽しんできてくださいね」
 ハルアキは下駄を履き、外へ出てあやめが来るのを待つことにした。

 外に出て数分が経過した頃。人の気配を感じたハルアキは振り返ると、師匠が立っていてその肩にはめかしこんだあやめがくっついていた。
「お待たせ。少しばかり時間がかかってしまって」
「どうだハルアキ。かわいいか?」
 ハルアキが黒い浴衣なら、あやめは白い浴衣だった。いつもとは雰囲気の違うあやめを見たハルアキは、驚きながらもその新鮮な気持ちを素直に口にした。
「うん。可愛いよ」
「そうか? 師匠が選んでくれたんだ」
 白地に金魚が泳いでいるような模様は、夏らしくてとても風情があった。髪は彼女の名前がついたかんざしできれいに結い上げていた。あやめは師匠の肩からハルアキの肩へと飛び移ると、さぁいくぞとばかりにハルアキの髪を引っ張り出した。
「いたたたたっ! ちょっとあやめ! 痛いってば!」
「なにをぐずぐずしてるのだ。早く行くぞ」
「わかった! わかったから離して!」
「はっはっは。あやめは今日も元気だな。さ、行ってらっしゃい」
 ハルアキは巾着袋の中にあったものについて思い出し、師匠に尋ねた。
「師匠……それと、この銭は……」
「ああ。気にせずに使いなさい。いつもきちんと挨拶をしてくれているお礼だと思って……な」
「は……はい。わかりました。では、行ってきます」
「ほら、行くぞ!」
 半ばあやめに引っ張られながら歩くハルアキの様子を終始、嬉しそうに微笑みながら師匠は手を振り見送った。


 ぴーひゃら ぴひゃら ぴーひゃら ぴひゃら
 どんどん どんどん どどん どどん どんどん どんどん どどん

「おお……これがお祭りか……すごい熱気だな」
「そうだね……すごい」
 赤い提灯が灯す先には、巨大な櫓とそれを取り囲むような数々の屋台だった。櫓のてっぺんでは力強く太鼓を叩いている男の人、そしてそのすぐ下で数人が笛の音色を響かせていた。そして、その力強い音に誘われてやってくる人たちの賑わいの声や櫓の周りで踊っている人たちの声が混じりあい、会場は色んな音で溢れていた。
「おいハルアキ。わたし、あれやってみたい!」
「どれだい?」
 あやめが指さした先には、すでに何人かが屈みながら何かを掬っているものだった。ハルアキはあれは金魚すくいだとあやめに教えると、さっそく師匠から渡されたがま口を開き、参加料を支払い挑戦した。ポイと呼ばれる薄い紙が貼られた専用の道具を使い、紙が破れ金魚が掬えないと判断されるまで遊ぶという遊戯だ。ハルアキは小さめの金魚に狙いを定めポイをゆっくりと動かし勢いよく器へと移動させた。すると、金魚は危険を察知し逃げてしまった。今度は金魚の背後からポイを動かし一気に動かすと、多少暴れたが器に移すことに成功した。続けて小さ目な金魚を狙い掬っていくと、ポイが破れてしまい続行は不可能になってしまった。
「あぁ、残念。ここまでのようだね」
「じゃあ、わたしもやってみたい」
 ハルアキが掬った金魚を係りの人が袋に入れ、手渡すのと同時にあやめが挑戦する参加料を払い、あやめにポイが渡される。あやめはハルアキがやっていた通りにポイを動かしてみるも、ポイはあっという間に水分を吸ってしまい一匹も救えずにポイは破れてしまった。
「難しいのだな。これ」
「コツを掴んだらできるようになるよ」
「ううむ……残念だ」
 しゅんとするあやめにハルアキは自分で救った金魚をあやめに渡すと、あやめは袋の中で泳ぐ金魚を凝視した。見たことのない魚に見とれていると、ハルアキの声がその意識を剥がしすぐにハルアキの元へと駆け寄った。
「……今度は甘い匂いがするぞ。あれか?」
「あれはりんご飴だね。あやめは食べられないけど……見てみるかい」
「見たい!」
 係の人が小ぶりのりんごを食べやすい大きさに切り、透明な液体に浸すときらきらと光沢を纏った物へと変化した。透明な液体はとろりとしててあれはなんだとあやめが聞くと、ハルアキはあれは飴だよと答えた。飴と呼ばれる透明な液体に浸すとあんなにきらきらするものなのだろうかとあやめが不思議がっていると、ハルアキはがま口を開き、できたてのりんご飴を注文した。
「ほら。こんな具合に光っているんだ」
「ほぉ……きらきらしてるな……きれい」
 ハルアキがりんご飴にかぶりつくと、りんごの甘味と飴の甘さが口いっぱいに広がり一口で二つの甘さに思わず顔がとろける。
「ハルアキばっかりずるい! わたしも欲しい!」
「あやめにもできそうなこと……あれはどうだい」
 りんご飴を片手に悩んだハルアキは、ちょうど目の前にあやめにも挑戦できそうな物を見つけた。これもさっきの金魚掬いと同じように人が屈みながら何かしていた。あっちでは歓声、こっちでは悲鳴と様々だったがそれに興味を示したあやめはすぐに挑戦したいとハルアキの肩を蹴飛ばしながら係の人に参加の意を表した。
「はいよ。頑張ってね」
 渡されたのは小さな針と、薄い板のようなものだった。その板にはうっすらと線が引かれており、その線を切り抜けば生き物の形になるところまではわかった。あやめはどうしていいかわからず、ハルアキに助けを求めた。
「その針で壊さないようにくり抜けば成功だよ。集中力がいるから、気を抜かないように」
「そうか……やってみる」
 あやめはそう言い、ちまちまとしかし順調に型を抜いていった。そしてものの数分できれいに抜き終えるとそれを係の人に見せ、それと引き換えに小さな髪飾りを持って帰ってきた。
「ハルアキ! わたしにもできたぞ!!」
「よくできたね……ぼくにはできないよ」
 自分だけの力でできたことが嬉しいのか、あやめは貰った景品の髪飾りを嬉しそうに眺めていた。

 それから二人は屋台巡りをし、食べたり遊んだり笑ったりと楽しい時間を過ごした。普段はこうして笑う機会は少ないけど、こうしてあやめと楽しい時間が過ごせることに幸せを感じていた。確かにあやめは式神であるが、こうして自分の気持ちを伝えることができるし、表情こそはないが声の調子で嬉しいかそうでないかは判断できる。
「おー、ハルアキ! 空がきれいだぞ! あれはなんだ?」
 あやめの声がしたかと思ったら数秒後、空中で破裂音が聞こえた。顔を上げると空には彩色鮮やかな華が咲いていた。
「あれは花火だよ。炎色反応を利用して……」
「そんな難しい話はわからないが……おぉ、きれいだな」
「あ……ああ。そうだね……あはは」

 ひぃん どん ぱぁ

 ひぃん どどん ぱぁ

 ひぃん どん ぱぁ

 空に打ち上げられた華は道行く人の足を止め、視線を独り占めした。それはハルアキとあやめも例外ではなく、その美しさに言葉はいらなかった。

 花火も終わり、会場の熱気も段々と冷めていく様子を感じ取った二人は師匠の家へ向かって歩き出した。からんころんと音が心地よいのかあやめは終始ハルアキの肩で鼻歌を歌っていた。師匠からもらったがま口財布も今ではだいぶ軽くなり、お祭りを満喫したということを堂々と報告することができそうだった。
 その道すがら、あやめは突然口を開いた。
「ハルアキ」
「……? どうしたんだい?」
「……今日は楽しかった。また、来ような」
「……あやめ?」
「もちろん、今度は寝坊なしだぞ。またわたしに髪を引っ張られたいのなら話は別だが」
「……それは勘弁して欲しいな」
「だったら、今度は寝坊なしだ。いいか」
「わかったよ」
「うん」
 予定通りに起きるのは苦手だが、こうしてあやめが喜んでいるのなら……その為ならば、次からは頑張って自力で起きようと心の中で決意したハルアキだった。
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