多角形プリズムゼリー【神】

文字数 2,721文字

「これくらいなら、ぼく一人で十分です」
 大きな軍事用の地図を広げ、この状況をどうしようかと数多くの大人たちが難しい顔をしている中、ぼくはなんとも思わずそう口走った。だって、本当に問題ないと思ったからそう言っただけ。ぼくはただそう言って作戦会議室から出た。後ろからぎゃあぎゃあと叫ぶ大人たちを放っておいて、ぼくは両手で印を結んだ。

キィン

 まるで氷の入ったグラスを静かに叩いたような、澄んだ音がぼくを包んだ。薄い透明の膜─正しくは鏡がぼくの周りを守るかのように展開された。この鏡はぼくだけにしか使えない特別なものだと言われ渡されたものだ。誰かからは忘れてしまったけど、ぼくにしか扱えないというと嫌でも大事にしたくなる。
 そして鏡のバリアを展開させながら、大人たちが頭を悩ませていた中へと飛び込んでいった。そこには数多くの味方が負傷し、倒れていた。立っているものやっとの人もいたけど、ほとんどが息絶えていた。ぼくはすぐに状況を理解し、小さく肩を回した。ここは守るべきではないと判断したぼくは、さっきとは違う印を結ぶとぼくの前に表れたのは巨大な鏡のバリアだった。さっきはぼくの周りを守ってくれていたものだけど、今展開したのはぼくの前を守ることに特化した巨大なもの。相手はぼくの存在に気が付いたのか、真っ赤に光る光線を撃ってきた。直線的な攻撃はぼくの鏡に触れた瞬間、ぐにゃりと曲がった。なぜって?きれいな一枚鏡だと思っているのは、実は違っていて微妙に角度を調整させているんだ。それも、攻撃した側へとお返しができるようにね。もちろん、相手からはそんな風には見えないだろうしそうだとは思わない。だからこそ、そこの隙が生まれる。
「これを避けきれる?」
 ぼくは新しく複数の鏡を展開し、敵の死角になる部分へと飛ばし攻撃。一人また一人と倒れていき、次第に激しかった光線での攻撃もぴたりと止んだ。それはつまり、そういうことだね。こうしてぼくは大人たちが頭を抱えていた問題を解決した。言ったじゃん、ぼく一人で十分だってさ。

 別の日。今回の作戦もどうも大したことがなさそうだと思いながら、いつも通りに印を結んだ。さて、今回はどういう風にして勝利しようかなんて考えていると、ぼくの背後から赤い光が飛んできた。咄嗟に避けたものの、腕を負傷してしまった。くそ、ぼくとしたことが。攻めるつもりでいたけど、ここは一旦自分をしっかり治しておかないと。ぼくは治癒の印を結び、対象を自分にして展開すると大きな鏡のドームが表れて、ぼくをすっぽりと包み込んだ。多角形の鏡がありとあらゆる攻撃を反射し、攻撃を受け付けない間柔らかい緑の光が負傷者を癒す。これが、ぼくが使える唯一の治癒なんだよね。
 だけど、これを自身に使っているときに誰かの視線を感じるんだ。多角形の鏡像は自分を映しているんだけど、その中の自分が笑っているような……。そして、聞こえるか聞こえないかの声でぼくに囁くんだ。


「フレブ。お前はぼくなんかじゃない。本当のぼくはぼくだ」

 もう一人のぼくがそう言ってるように聞こえたぼくは、頭を振った。違う。ぼくは、ぼくだ。お前なんかじゃない。お前はぼくじゃない。お前は……ぼくなんかじゃない!

「そうかな。数多くの敵をやっつけたとき、ぼくはこう思っていたよ『あぁ、気分がいい。もっともっと力をぶつけてやりたい』ってね」

 違う! ぼくは……そんなこと、思ってない!
 思ってない! そんなこと……思うわけ……

「思っていたよね。実際、敵をやっつけたとき、唇の端っこ、持ち上げてたよね。それが何よりもの証拠だよ」

 もう一人のぼくがげらげら笑った。鏡の中で笑うぼく、鏡に囲まれて縮こまっているぼく。

 どれが本当のぼくなのかがわからない。わからないよ。誰か教えてよ。

「だから言ってるじゃないか。ぼくはきみで、きみはぼくなんだ」

 うそだ うそだ うそだ うそだ そんな…… そんなこと、あってたまるか!

 あっちいけ! あっちいけ!

「はははは。相当嫌がられちゃったな。いいよ、あっちに行っててあげる。でも、忘れないで。ぼくは常にきみの後ろにいるということを」

 頭を押し潰されそうな痛みに耐えられず、ぼくは地面に突っ伏してしまった。そしてそこで見てしまった鏡に映るぼく。だけど、そこに映っていたぼくは


 次に目が覚めたとき、ぼくは天井を仰いでいた。ふかふかのベッドに寝かされていると気が付いたとき、ぼくはあたりを見回した。清潔な白衣を着た人がぼくに気が付くと、優しく微笑みながら声をかけてくれた。
「もう大丈夫? ずいぶんうなされていたようだけど……」
 ぼくはゆっくり起き上がると、一瞬頭がくらっとした。こんなこと、今まで経験したことないのに。一体どうしたんだろう。ぼくは白衣を着た人に問いには適当に答えると、ベッドから降りて小さなデスクの上に置いてあるお気に入りのカウチングキャップを被り、成果報告をしようと足を動かした。だけど、足に力がうまく入らなくてがくんと膝から崩れおちた。
「ちょっと、大丈夫ですか」
 白衣を着た人がぼくに近付き、ぼくと目線が合うくらいまでの高さまで屈んだ。そしてその人は手を差し出し、ぼくが立ちやすいように気を遣ってくれた。
「あ……ありがとう」
 ぼくはその自然な気配りが嬉しくて、普段は中々言わない感謝の言葉を零した。まだふらつく足取りのなか、ぼくはいつもの倍以上の時間をかけて作戦報告書へと到着した。すると、中にいた大人たちはぼくを見るや否や、少し歪な笑みを浮かべていた。それは、鏡の中で見た自分とそっくりだった。いや、それ以上に醜悪だったかもしれない。
「おや、フレブ様ではないですか。作戦中に気を失ったようで」
「あまり先走って行動するのは控えた方がいいとわかりましたか?」
「はぁ……いきがるからこうなるんだ」
 誰もぼくの心配をする人はいなかった。まぁ無理もないか。今までぼくも同じように接してきたわけだから、それを望むなんていけないんだ。
「申し訳……ございません」
 絞り出すように声を出すと、大人たちは何かを言いたげな視線をぼくに向けてきた。だけど、ぼくにはそれを理解する力は有していなくて、何を言いたいかは全くわからなかった。でも、ひとつだけわかったことがある。それは、ぼくはここには必要ないということだ。そうとわかると、ぼくは身支度を済ませてお世話になった人たちに簡単に挨拶をして、外に出た。もう二度と戻ることはない。一人になったぼくは、このあとどうしたらいいのかなと考えていると、ふとあの声が聞こえた。


          「言ったじゃないか。一人じゃないってさ」
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