木の実たっぷりのしっとりフィナンシェ

文字数 1,075文字

 失われた古代遺産の中に、機械兵というものが実在していたころ、彼は生まれた。名はヴェルト。数億体あった機体の中で唯一、彼だけに欠陥が見つかりそれが理由で廃棄処分とされてしまった。他の機体全ては命令に対して忠実にこなすのに対し、ヴェルトはそれを拒み実行しようとしなかった。いくらプログラムを書き換えたとしても、その部分だけは何度も再生され手に負えなくなった研究員はヴェルトを強制終了させ、研究所から投げ捨てた形で廃棄処分にされた。長い年月もの間、ヴェルトは見知らぬ土地で眠り続けていた。何年も何十年も何百年も……。
 とそこへ、何かを思い出したようにヴェルトのスイッチが自動で入り目覚めた。誰もスイッチには触れてはいないというのになぜ起動したのかはわからない。目が覚めたヴェルトは自分の目らしき部分を動かし、辺りを見回した。どうやら森の中らしく、木々の鼓動がヴェルト脚部から伝わってくるのがわかった。ヴェルトの機体は長い間眠り続けていたせいか、コケや草に覆われていてさながら緑の巨人のようにも見える。静かな森の中、ヴェルトはゆっくりと脚部を動かして歩いてみた。まだ脚部の損傷はなかったせいか歩くことに支障がないと判断し、森の奥へと進んでいく。何かに招かれるように進んでいった先には耳の長い少女が楽しそうに竪琴を演奏していた。
 
 異変に気が付いた小動物がそのことを少女に伝えると、少女は後ろを振り返り確認をする。そこには全身を緑で覆われた機械兵がゆっくりとこちらに向かって歩いてきていた。何かを伝えたい気持ちを感じた少女は肩で震えている小動物に大丈夫だと言い、落ち着かせた。
「そなたも一緒に楽しもう」
 そういって少女─ララノアは機械兵の顔をそっと撫でた。少女の温もりを感じたのか、ヴェルトは掌で咲く一輪の花を差し出した。
「これをわたしにか……?」
 花を受け取ったララノアは嬉しそうに微笑み、花の香りを楽しんだ。ララノアは機械兵にこっちにくるように動くと機械兵もそれに続く。ついていった先には小さな切り株があり、ララノアはそこに腰を下ろし、竪琴を鳴らしながら歌を歌い機械兵を歓迎した。不思議な旋律に誘われて森の小動物が集まり、ちょっとした演奏会場と化した森の広場。そして鳥のさえずりや小動物の鳴き声が混じり演奏を盛り上げていく。声を上げることができない機械兵はその様子をただじっと見守った。
 そしていつしか、機械兵の周りにはたくさんの緑が生い茂り小動物たちの憩いの場となった。ララノアも毎日やってきては竪琴を鳴らし、楽しそうに歌を歌い毎日を過ごすのであった。
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