ビタミンたっぷり! ブルーベリージュレ【魔】

文字数 2,015文字

 その町は賑わっていた。屋根に薄く積もった雪にはしゃぐ子供、広場で演奏する人たち、プレゼントを受け取り満面の笑顔を浮かべるたくさんの人々。ろうそくに照らされながらひとときを過ごす一日─クリスマス。誰もが笑顔になり幸せを願う日。……彼女を除いて。

「……もういいかしら」
 物陰から現れた一人の少女は、辺りを警戒しながら呟いた。クランベリーのような髪をヘッドトップのリボンで結い、どこか気品を感じるもこもこのケープ。そして、耳からぶら下がるひと際大きい不気味な耳飾りからは何とも言えない禍々しさを感じる。そのせいか、彼女の眼にはどこか憂いが込められており、喜ばしい日であるにも関わらず、寂しげだった。
「……きれい」
 彼女の名はリリティエ。自身の誕生日プレゼントの中にあった耳飾りを興味本位で装着したところ、彼女に近付くものをその耳飾りがまるで意思があるかのように棘を出し、傷つける。例えそれが肉親であっても……。どうやっても外すことができないとわかると、リリティエは生まれ育った屋敷から出ていき誰も傷つけないようひっそりと身を隠しながら生きている。
 もしこれで、リリティエが賑やかな会場に出ようものなら誰彼構わずこのイヤリングは棘を出し無関係な人を傷つけてしまう。もう誰も傷つけたくないという思いが、今こうして正反対の賑やか

町に現れたということ。
「……少しだけ寒いけど……でも……」
 さくさくと音を立てて歩いていると、まだ明かりが点いている家やまだ楽しそうな笑い声が聞こえる家など様々だが、ほとんどは部屋の中が暗い家ばかりだった。少し冷えてきた手を自身の息で温めていると、中央広場にの真ん中にある噴水の側にぽつんと置かれたものがリリティエの気を引いた。
「あら……あれはなにかしら……」
 リリティエの気を引いたのは、可愛く飾り付けられた小さなクリスマスツリーだった。どこかの子供が置き忘れてしまったのだろうか。ツリーの下部側面には名前らしきものが書かれていた形跡があるが雪で滲んでしまい読むことができなくなっていた。
「誰かしら……きっと困ってるわよね……」
 そこから先に言葉はリリティエ自身、一番わかっている。本当は手伝ってあげたいし今すぐにでも届けてあげたい。きっとこのツリーに飾り付けをしていたときは楽しそうだったはずなのだから……でも、たくさんの思いがつまったこのツリーを持ち主に渡すことができないということにリリティエは涙した。
「もう……あのようなクリスマス会を行うことは……叶わないのですね……お父さま……お母さま……」
 まだリリティエが耳飾りをつける前、たくさんの従事に迎えられながら楽しんだクリスマス会を思い出していた。食べきれないほどの豪勢な食べ物に果物、子供用のちょっと甘めのシャンパン、シェフ自慢のクリスマスケーキなどが並びそれらを食べながら笑い、飲みながら騒いだ。そしてなにより、大好きなお父さまとお母さまからのクリスマスプレゼントを開けるのが楽しみだったあの日を……。

 しばらく思い出に浸っていると、どこからともなく子供の声が聞こえた。はっとなったリリティエはツリーをそっと置き、そそくさとその場から退散した。物陰から様子を伺っていると、どうやら何かを探しているようだった。もしかしたらと思い、リリティエはその様子を最後まで見ようと気配を消しながら眺めていた。
「どの辺に置いてきたんだい?」
「うーんと……たぶん、この辺……だと思う……」
「みんなで飾り付けしたのに忘れるなんて……」
「えへへ……つい……」
「しっかりしなさいよ」
 だんだん会話が近付いてくるのを感じ、リリティエは更に息を殺し、物陰の隙間から眺めていた。そのとき、耳飾りが嫌な音をたてているのに気付き慌てて耳飾りを抑えつけた。
(動かないで……おねがいだから!!)
 音を立てないよう必死に耳飾りを抑えつけながら、リリティエは耳飾りにお願いをした。通じているかもわからない相手にお願いをするなんてと思いながら、だが今はそうすることしかできなかった。
「あ……!! あった! あれだ!! あのツリーだ!!」
「見つかったかい」
「あぁよかった……せっかくみんなで飾り付けしたんだもん。大事にしなきゃ」
「もう忘れるなんていけませんよ」
「はーい」
「帰ったらゲームの続きしましょう」
「あ、そうだった! ぼくの番からだよね」
 そんな話をしながら町の中へと消えていった家族を見送ると、リリティエは物陰から姿を現しほっと胸を撫でおろした。それと同時に、町にはまた静けさが戻りリリティエの心を寂しくさせた。でも、これはもう慣れている。慣れているはずなのに……胸のあたりを締め付ける痛みだけは慣れなかった。
「もう……帰りましょう」
 どこへ帰るのかもわからないまま、リリティエはしんしんと降る雪を気にせず町を出た。いつかこの耳飾りが外れてまた家族と再会できるその日を夢見て……。
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