ココアでオシャレに♪半熟マシュマロ【神】

文字数 2,448文字

「わたしが……ですか?」
 見回りを終えた天使─イオフィエルが驚きの声をあげた。というのも、今回のクリスマスイベントのメインを務めるように言われたからだ。その務めは一年に一度しかない冬のイベントである、クリスマスプレゼントを配布するというものだ。
 神の国では人間界にプレゼントを配布する人物がいるのだが、今年はどうも体調を崩してしまい参加ができないという報告が入った。そこで白羽の矢が立ったのがイオフィエルというわけだ。
「なぜ……わたしなのでしょう。ほかにも相応しい方がいらっしゃると思うのですが……」
 イオフィエルは険しい顔をしながら声を発した。確かに他の人材もいるといえばいるのだが、今回イオフィエルにはぜひともという声があがっていた。理由は、最近頻繁に人間界に出入りをしており、子供たちがどんな様子なのかを一番把握しているというもの。そしてもう一つ、彼女は規律を重んじる性格故かちょっとほかの人にはないような感覚を持っている。つまるところ、真面目すぎて融通が利かないところがある。それを今回のメインイベントを通じて色々と勉強をしてほしいと上司からの思いがあった。
「はぁ……わたしでよければ……」
 複雑な思いを顔に出しながらイオフィエルは、そのイベントに参加する旨を伝えると伝達係はにこりと笑いながら大きな袋をイオフィエルに手渡した。ずしりと重いそれは何かと思い、中を確認すると白と赤をした衣服類が入っていた。それに同色のブーツも入っており、まるで

と言わんばかりだった。しばらく衣服を眺めてその意図を理解したイオフィエルは乾いた笑いをしながら自室へと向かった。

 自室に戻ったイオフィエルは早速袋の中に入っている衣服を取り出し、身に着けてみた。きっちりとした衣服を好むイオフィエルは時々難しい顔をしながらも、普段とは違う自分が出来上がっていくとその表情は徐々に明るいものへと変わっていった。
「見た目以上に温かいのですね」
 人間界は寒い日が続いており、その事情を知っていたイオフィエルはその点に関して心配をしていたがそれはすぐに霧散した。手にはロンググローブ、しっかりとした地の衣服は見た目以上に動きやすく保温性もばっちりだった。最後にブーツを履き全身を映す鏡でくるりと回ると、そこには全く別の自分が映っており、イオフィエルは思わず手で口元を覆いながら驚いた。
「これが……わたし?」
 見慣れない格好ではあるが、なぜだろう。この衣服は自分の心を優しいリズムで叩いてくれる。そしてそのリズムに身を委ねると、今までに感じたことのないワクワク感がどんどん溢れていった。
「主よ。この任務を与えてくれたことに感謝します」
 胸で手を組みながらイオフィエルはお祈りをし、たくさんのプレゼントが詰まった白い袋をひょいと担ぎ、背中から生えた純白の羽をふわりと広げながら窓の縁を蹴った。

「えっと……依頼主は……ここね」
 地上へと降り立ったイオフィエルは、袋の中に入っているメモを頼りにプレゼントを順調に配っていった。枕元に置いたりテーブルに置いたりと様々ではあったが、どれも共通しているのはすやすやと眠っている子供たちを起こさないよう優しく置くことだった。
「一年、よく頑張りましたね」
 ときどきそう口添えしながらプレゼントを配布していくイオフィエルの胸には、目に見えない温もりを感じていた。改めてこの任務(?)を受けてよかったと思ったイオフィエルは、次の依頼主の家まで鼻歌を歌いながら向かった。
 袋の中いっぱいにあったプレゼントはいつの間にかなくなり、イオフィエルは少しだけ寂しさを覚えながら自国へ戻った。そして今回の任務の報告書を作成し、提出をしようと受付に出したとき、受付を担当している天使から返却されてしまった。
「な、なにか不備がありましたか?」
「ううん。ないわよ。でもね、この任務は配ったら終わりじゃないのよ」
「? どういう意味ですか?」
「それはね……昨日配ったおうちを見て回ればわかるわよ。それを見終わってから、再度報告書を提出してもらえるかしら?」
「わ……わかりました」
 言っている意味がよくわからないまま報告書を受け取ったイオフィエルは、防寒対策をしっかり整えてから再度地上へと降り立った。

「一体どういう意味なのかしら」
 返却された理由を模索しながら飛行を続けるイオフィエル。あれが原因なのか、はたまたあれが原因なのかと色々探ってみても報告書に不備はなかった。ではなぜと考えていると、煙突伝いに大きな声が聞こえた。
「あーーー! プレゼントだぁあ!」
「あら。この声は……?」
 子供が喜んでいる声に我に返ったイオフィエルは、窓からその様子を窺った。すると、昨日イオフィエルが配ったプレゼントを大事そうに抱えながらぴょんぴょん跳ねているのが見てとれた。そしてその子供は親に包みを開けてもいいか尋ねると、両親は首を縦に動かし答えた。ますます嬉しそうな声を出した子供は包みを開けると、そこには可愛らしいぬいぐるみが顔を覗かせた。
「わぁ! ありがとう!! うれしい!!」
「そんなに喜んでもらえるなんて。悩んだ甲斐があったわね、パパ」
「そうだな。ママ」
「パパ、ママ! ありがとう!!」
 一瞬にして笑顔に包まれた子供を見たイオフィエルは、さっき受付で言われた言葉を思い出した。そしてじっくりとその意味を理解すると、次の家、また次の家へと飛翔した。どの家でもみんなが笑顔に包まれていた。
「……そういう意味でしたのね」
 意味を完全に理解したイオフィエルはすぐに自国へ戻り、報告書を訂正した。胸に溢れるあの高揚感、ワクワク感、嬉しそうにほほ笑む両親の顔等、現地で感じたことをすべて言葉に書き起こし、受付へと提出した。
「お待たせしました。報告書が完成しました」
「……イオフィエル。なにか感じたみたいでよかったわ」
 報告書を両手で手渡すイオフィエルの顔は、あの子供と同じ様な純粋できらきらした笑顔だった。
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