さくさく楽しいかぼちゃクッキー おかわり

文字数 2,718文字

 ベルゼブブが目を覚ますと、そこは見慣れた場所─自室だった。必要最低限の家具だけがあるリビングで頭を抱えながら体を起こすと、そこには見知ったシルエットが映っていた。季節問わず薄着且つラピスラズリのような青い髪。くるりと反転すると、いつも自信に満ち溢れた瞳でこちらを見てくる悪魔─アドラメレクだった。手にはマグカップは握られており、ベルゼブブの顔を見るや否や嬉しそうな声をあげた。
「あらベルゼ。もう大丈夫なの?」
「……あぁ。なんだか悪い夢を見ていたようだ……いたたたっ!」
 ずきずきと痛む頭を抱えながらアドラメレクからマグカップを受け取り、温かい液体をすする。じんわりと体が温まりさっきまでの痛みがゆっくりと和らいでいくようだった。
「あんた、珍しいわね。あんなに酔っぱらうまでワインを飲むなんて……なんかあったの?」
「ワイン……あぁ。味見をしたらこれが美味くて……つい深くなってしまった……ん?」
 最初は違和感を感じなかったのだが、今の会話で

と感じた。確か、あそこにはベルゼブブ

いなかったはず……なのに、なんでこのガサツ女がいるのだ……と。一つ一つ可能性を潰していっていった結果、ベルゼブブの背筋はぶるりと震えた。まさか……まさか……まさかと思い、確認のためだと言い聞かせながらベルゼブブはゆっくり口を開いた。
「ま……まさか……アドラ……」
「んー? どうしたのぉベルゼェ? そぉんな青ざめちゃってぇ……ぬふふふ」
 ベルゼブブの額からだらだらと汗が流れている様子が余程面白いのか、アドラメレクはにやにやと笑いながらベルゼブブからの次の言葉を待った。いや、アドラメレクは知っててそうしているといった方が正しいか……肩を小刻みに震わせながら堪えていたのだが、ついに我慢ができなくなったアドラメレクは足をばたつかせながらお腹を抱えて笑い出した。
「あっはははは! ひぃーひぃー!! お、お腹いたぁい!! あっははははっ!!!」
「なっ……!! き……貴様っ!!!」
 顔を真っ赤にして怒るベルゼブブだが、迫力に欠けるのでそれがまた面白かったのか、アドラメレクの笑い声はより大きくなった。こうなってしまっては何を言っても無駄だということを知っているベルゼブブは、とりあえずアドラメレクの笑いが落ち着くまでマグカップに入った液体をちびちびと飲んで待った。

 数分後。ようやく落ち着いたアドラメレクをジト目で見るベルゼブブ。怒りたいやら恥ずかしいやらで一杯の感情を抑え、アドラメレクが来るまでのことをかいつまんで話した。まぁそんなことだろうと思っていたアドラメレクは鼻で返事をしながら話が終わるのを待っていた。
「……っていうか、あの城の調査は二人で行くってあんたが言ってたじゃない。なのに、こっちは待ちぼうけ喰らわされたのよ。あたしじゃなかったら、あんた今頃どうなってたか……もっとべろんべろんになって自力で帰ってこれなくなってかもしれないわねぇ……あの様子だと……」
「そ……そんなに酔っていたのか? わ……私が……」
「大してお酒強くないくせに、部屋の中ワインの臭い充満させておいてなぁに言ってるのかしら」
「ぐ……ぐぅ……」
 ワインを口にしたところまでは覚えているのだが、そこから先の記憶が曖昧であまり覚えていない。何を言っていたのか何をどれだけ食べたのか……そして、アドラメレクが来たことも覚えていない。必死に思い出そうとするも、ないものはないのだ。ベルゼブブは小さく溜息を吐き、思い出すことを諦めた。
「んでぇ、なんかあったのぉ? あの城」
「……すまない」
「ふぅん……ま、なかったもんはしょうがないわよね」
「……すまない」
「別に怒ってないわよ」
「……怒っているだろう」
「だぁかぁらぁ! 怒ってないって……まぁ強いて言えば? あのご馳走を食べられなかったってことだけが心残りだったわね……悔しいわ」
「……すまない」
 何を言っても謝ることしかしないベルゼブブに段々イライラしてきたアドラメレクは、あーと大きな声を出してキッチンの方へと向かっていった。何をするのか見当もつかないベルゼブブはただただそれを見ることしかできなかった。
「……でも、手ぶらで帰るなんてマネ、あたしがすると思う?」
 意味が分からず呆けているベルゼブブの目の前に、アドラメレクがテーブルにどんと何かを置いた。音から結構な重さがあるようにも聞こえたベルゼブブはゆっくりと置かれたものを見た。
「こ……これは……」
「そ。あそこにあったご馳走、くすねてきちゃった♡」
「お前……」
「あんただけ美味しい思いができるだなんて大間違いだかんね。あたしだって本当は一緒に行く予定だったんだから、この位は大目にみてもらわないと割に合わないっての。それと……これ」
 手際よくテーブルに並ぶ料理の数々。どうやって持ってきたかまでは分からないが、相当悔しかったという気持ちは十分に伝わったベルゼブブは再度、アドラメレクに謝った。
「あーもー!! 調子狂うからもういいわよ!! その代わり……うふふふ」
「な……なんだその気持ち悪い笑いは……」
「バツとして、今日はあたしのために付き合ってもらうわよ」
 大きなボトルをどんとテーブルの上に出し、勢いよくコルクを抜きラッパ飲みを始めるアドラメレク。どうしていいかわからず、ベルゼブブはしばらく美味しそうにワインを飲んでいるアドラメレクを凝視していた。
「っはー! このワイン美味しいわねぇ!! あ、あんたのもあるわよ。はいこれ」
 同じものがテーブルに出されたとき、一瞬戸惑ったベルゼブブだがアドラメレクはそれを許さなかった。
「言っておくけど、貸し一つあるんだからね。それとも、べろんべろんになってたあんたが何を言ってたかばらされたい?」
「……っ!! わ、わかった。わかったから……」
「ほら、女の子同士で今日は楽しんじゃいましょー」
「そ……そうだな。それと……このことは……」
「? あぁ、ルシファーには黙ってて欲しいのね? オッケー! 任せて」
「ばっ……!!!」
「いーじゃなーい。今日はじゃんじゃん飲んでじゃんじゃん食べて……嫌なこと忘れちゃいましょ。今はあたしとあんたしかいないんだし、とことん楽しみましょ」
「……悪くないな……」
「へへぇ。そうこなくっちゃぁ♡ そんじゃ、かんぱーい♡」
「か……乾杯」
「ノリ悪いぞぉー? もっかい!」
「……っ!! か、かんぱぁい!!」
「ん。よくできました! さぁ、食べるわよー」
 こうして、二人のハロウィンパーティは始まった。頭が痛くなることに構っていられるか。そう決心したベルゼブブは芳醇なワインに再び魅了されていくのであった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み