思いよ届け♡狩人のラブソング

文字数 6,397文字

 わたしの名前はファウルーナ。竜人族っていう種族で代々、狩猟で生計をたてているの。狩猟っていってもそんな大層なことではけど、今日一日分の食料があればなんら問題ないし、そこまでたくさん食べる人もいない。狩るときは代々受け継がれているこの飛来翼(ブーメラン)で狙いを定めて投げつけるというとってもシンプルな方法なの。だけど、ただの飛来翼じゃないの。うちの飛来翼はとっても大きくてちょっとだけ重たいのが特徴なんだ。だから、普通に投げるだけじゃ飛んでいかないし力任せに投げようものなら次の日、まともに動けなくて苦労するわよ。最初、わたしもそうだったのは内緒ね。コツは体全体を使って飛来翼を回して、狙いを定めて投げるってだけなんだけど、これが中々に難しいの。まぁ、要は慣れが必要ってことね。今ではだいぶ安定して目標に対して当てることはできたけど、小さいときは泣きながらおばあちゃんと特訓したっけ……きつかった。
 そうそう。そういえばこの前、わたしの飛来翼の修理をしようと町へ出かけたときなんだけど、そこで面白い話を聞いたの。なんでも「女性が男性に思いを伝える日」っていうのがあるんだって。それを聞いたとき、わたしは今すぐにでも話に加わりたかったけど、修理をしてもらうお店の都合もあって加わることができなかったんだけど……預けている間に少し町の中を探検してみようかしら。
 思いを伝える日というのがどんなものかが気になってしまって、お店の人の話は半分くらい聞いてなかったような気もするけど……まぁいいかな。いつも一時間くらいで終わるし、そのころには大分情報も集まってると思うし。よし、調査開始するわよ!
 まずは、町の至るところに貼られているチラシ。それには日付とおすすめのアイテムが書かれていて、それは各お店毎におすすめアイテムが異なっていたの。あっちではこれ、こっちではこれといった具合に様々だった。わたしは気になったお店に片っ端から入って店内を見てみて、アイテムを包む紙やリボン、袋なども見てなんだかテンションがあがってくるのがわかった。これで包んだら可愛いかなとか、こっちの方が可愛いかなとか……はぁ、たくさんあって決めるのがこんなにも辛いなんて……なんだか贅沢。
 結局、そのお店では何も買わないで出ちゃったんだけど、ほかのお店ではもっと可愛いものが並んでいたり、自分のイメージと合うものがあったりともうこの町にいるだけでこんなに心が弾むなんて……今までなんで気が付かなかったのだろうと、ちょっとだけ自分を恨んだ。包むものが可愛いことはいいんだけど、問題はなにを入れるかだってことに今更気が付いたの……あぁ、順番が逆だった。軽く頭を振り、中に入れるものを何にするかを選ぶため、わたしは甘い香りが漂うお店のベルを鳴らした。

 チリンリン♪

「あら、いらっしゃい。ゆっくりみていってね」
 清潔な店内には、香ばしいけどとっても甘くてうっとりする匂いでいっぱいだった。くんくんと鼻を動かしてみると、それはずらりと並んだ黒色のものからだとわかった。見本品を手に取ったわたしは、可愛く形成されたそれに釘付けだった。
「あなたもバレンタインチョコを選びにきたのかしら?」
 ばれんたいん? ちょこ? 聞きなれない言葉に戸惑っていると、お店の人はこの黒色のものはチョコレートっていって、とっても甘いお菓子だということと、女性が男性に思いを伝える日というのがバレンタインということを親切に教えてくれた。そして、このお店はそのチョコレートを専門に扱っているお店だということも教えてくれた。こんなに可愛いチョコレートがたくさん……うーん、悩む。
「買うのはもちろんだけど、自分で作る人も増えているのよ。手作りならこっちに材料も扱ってるから、よかったら見ていってね」
 そういって案内されたのは、形成されたものではなくチョコレートを細かく砕いて瓶詰にされたもの、色とりどりのチョコレート、薄くスライスされたアーモンドというもの、ほかにも自分で作ったチョコレートを飾るものがたくさん並んでた。うわぁ……これは買うより悩むかもしれない……。
「まずはチョコレート選びだけど、甘いものが好きならこれだし、あまり得意ではない人ならこれだね。どっちにする?」
 うーんと……うーん……甘いものにしようかな。わたしはお店の人が右手に持っているものを指さし決定する。それから、飾りつけはシンプルにするならこれと、これ。もう少し派手にしたいならこれを追加したほうがいいと、次から次へとアドバイスをくれた。散々悩んだ挙句、わたしはシンプルにすることに決めて、チョコレートとアーモンドスライスを買うことにした。
「ありがとう。ラッピング用品もたくさん扱ってるから」
 ラッピングかぁ……ちょっと難しそうな響きだったから、わたしは今日はそれだけを鞄にしまい、お店の人にお礼を言った。
「あなたならきっと素敵なチョコレートを作れるわ。頑張ってね」
 そういって笑顔で手を振ってくれたお店の人に再度あいさつをして、わたしは飛来翼を修理してくれているお店へと向かった。たぶん、もう終わってると思うけど……どうかな。

「おう。おかえり。修理は終わってるよ」
 そういって修理したての飛来翼を手渡してくれた。うん、気になっていた傷も塞がってるし前よりもぴかぴか。ありがとうございます!
「いいってことよ。お代はっと……今日はこれでお願いするぜ」
 わたしはお財布からお金を取り出し、修理代を支払うと飛来翼を担ぎ家に帰ろうとしたとき、お兄さんがわたしを呼び止めた。何事かと思い、すぐに振り返るといつもより眩しい笑顔で「毎度あり」と言ってくれた。それにわたしも笑顔でいつもありがとうございますと答え、店を後にした。

 帰宅してすぐ、おばあちゃんが玄関で迎えてくれた。飛来翼を軽々と持つ姿はとても高齢には見えない。それから、居間でおばあちゃんとお茶を飲みながら雑談していると、ふとおばあちゃんの顔が険しく見えた。どうしたのとわたしが聞くと、我に返ったおばあちゃんが口を開いた。
「ファウルーナ。大事な事を言わなくてはならん」
 なんだろう。いつもの優しい顔からは想像もできないくらいに、真剣な目でわたしを見てくる……わたしは息を飲んでおばあちゃんからの言葉を聞き逃すまいと耳に神経を集中させた。
「ファウルーナ……今、お前は恋をしているのか」
 
 ……え? ……恋? わたしが? なんで?? だれに???

 おばあちゃんの口から出た言葉は、予想もしていなかった、恋のお話だった。わたしが誰かに恋心を抱いているのではないかと思ったらしいけど……当のわたしはそんな思い当たる節がないからなんとも言えなかった。
「隠さなくてもいい……お前の顔を見ているとわかる」
 そ……そんなこと言われてもなぁ……。困っているとおばあちゃんは部屋を出る際、一言だけ発した。
「恋愛は……狩りと一緒だ」
 恋愛……その一言を聞いたとき、わたしの胸は小さく跳ねた。わたし、だれかに恋をしているのかな……?? 自分に問いかけても思い当たる節が見当たらないわたしは、ただ冷えたお茶を飲むことしかできなかった。お茶が入っていた湯呑を覗くと、そこには不安にいっぱいになっているわたしが映っていた。

 おばあちゃんの言葉を聞いて数日が経過。いまだに誰に恋心を抱いているのかがわからないわたしは、一人悩んでいた。一体だれに思いをはせているのか……必死に思い当たる人を浮かべてもすぐに消えてしまう、この人でもないあの人でもない……まるで泡のようにぽつぽつと消えていってしまうなか、一つだけ消えない泡があった。それに気が付いたときのわたしはしばらくの間動くことができなかった。

 まさか……そんなまさか……ねぇ

 そのまさかだと知ったとき、わたしの胸に痛みが走った。なにも難しいことじゃなかった。何気ない生活のなかにいつもいたのに、なんでわたしは気が付かなかったのだろう……なんてわたしは鈍感なのだろう。
 だけど、気が付けたからこそわかったことがある。これが、バレンタインというイベントに必要なことなのだと。そう思ってわたしはすぐに台所に向かいバタバタと準備を始めた。おばあちゃん、この前言ってた意味がわかったよ。わたし……頑張ってみる。この思い、絶対に忘れたくないから……。

 後日。わたしは飛来翼の修理をするためにお店を訪れた。今日も元気なお兄さんはわたしの顔を見てにかっと笑いかけてくれた。わたしも笑顔で返し、飛来翼をカウンターに置いた。
「お、修理だな。どれどれ……あれ、全然傷んでねぇぞ? どうした??」
 見慣れているはずなのに、今日はなぜか顔をみることができない。それに加え、口の中がからからになってうまく言葉が出ない。声が裏返ったらどうしようとか、うまく伝えることができるのか不安だし……でも、ここは勇気を振り絞って言わなきゃきっと……後悔する。小さく息を吐いてから、わたしは思い切って思いを発した。

 あ……あの。この後、お時間ってありますか? もし、よかったら……少しだけお付き合い願いえませんか?

 しばらく沈黙の時が流れて、お兄さんはいつも通り明るい声で答えてくれた。その明るい声を聞くと、わたしの胸は少しだけ痛むのは……やっぱり。そうなのかしら。わたしはこの先にある広場で待っているといい、すぐにお店を出た。出たとき、わたしの顔が熱くなってるってことは……そう……なんだよね。もう、迷わないよ。おばあちゃん。
 しばらくして、わたしから離れたところにお兄さんが笑みを浮かべながら来てくれた。そんな顔してたら……まっすぐ見れないじゃん。わたしは深呼吸をして気持ちを落ち着かせてから、お兄さんに向き直った。そして、わたしが思っていることをすべて吐き出してから背負ってきた飛来翼のカバーを外した。それを見たお兄さんは驚きのあまり、大声で笑い始めた。さっき、お兄さんに渡した飛来翼はいつも使っているやつだけど、それは口実。今日の目的はこっちの飛来翼。
 そう。わたしの思いをこのチョコレートでできた飛来翼に乗せて、ぶん投げるの。これが、わたしの本気だから。

 ずっと、あなたの笑顔が気になっていました。ずっと、あなたの笑顔に励まされました。
 わたしの思い、受け取ってください!!

 声の限り叫び、飛来翼を投げた。空を切り裂き、唸り声をあげながら高く高く舞い上がった飛来翼は、お兄さんの頭上まで届くと回転をしながら急降下を始めた。それも、わたしに向かって……。あれ、おかしいな……計算ではお兄さんの手元に届くはずなんだけど……あ……忘れてた。

  飛来翼って……戻ってくるんだったぁあーー!!!
 
気が付いたときには勢いを増した飛来翼は、投げた元へと戻ろうとこっちへ向かってきていた。あぁ……どうしよう。せっかく投げたのに、大事なことすっかり抜けて力任せに投げちゃった……でも、こうなったら自分で受け止めるしかない……わたしはぶおんぶおんと音を立てて迫る飛来翼を受け止めるために、身構えた。だけど、今までこんなに力を込めて投げたことなんてない飛来翼を受け止められるか自信はなかったけど……空を切る音が迫ってきて、こわいという思いがわたしの足を震わせる。だけど、逃げてはだめ……受け止めなきゃ!!

 うっ

 来るタイミングを計算していまだと思って手を動かすと、何も掴んでいなかった。代わりに聞こえたのはなにかくぐもった声だった。閉じていた目をゆっくりと開けると、そこにはお兄さんがいてチョコレートでできた飛来翼を受け止めていた。さっきの声はお兄さんが飛来翼を受け止めたときの声だとわかったとき、わたしはすぐにお兄さんに声をかけた。すると、お兄さんはいつもと変わらず眩しい笑顔で答えてくれた。いくらチョコレートでできたものとはいえ、回転か加わっていれば受け止めたときの衝撃はかなりのもののはずなのに……お兄さんは涼しい顔で飛来翼を受け取った。
「これ、受け取っていいのか?」
 最初、言っている意味がわからなかったけど、ゆっくりと頭を動かしてようやくできたのが頭を縦に動かすことだった。それを見たお兄さんは飛来翼の端っこを豪快に齧った。ぱきんという心地の良い音とともに割れたそれは、お兄さんの顔をゆっくりととろけさせていった。口の周りをチョコレートだらけにしたまま笑うお兄さんに、わたしの胸はどくんと跳ねた。
「うめぇな! これ、手作り……だよな」
 は……はい。たった一言なのに、こんなにも言葉に詰まるなんて思わなかった。なんとか絞り出した声で聞き取ってくれたお兄さんは、またにかったと笑いばりばりと音を立ててチョコレートでできた飛来翼を食べていった。その間、お兄さんは美味い美味いと言いながら食べているのをわたしは胸を痛めながら眺めていた。

「はぁ……美味かったぁ……ごちそうさん!」
 ものの数分で巨大な飛来翼を平らげてしまったお兄さんに、わたしは驚いた。口だけでなく手もチョコレートまみれのお兄さんはまるで悪戯好きな子供のように笑うと、改めて美味かったと言い頭を下げた。初めて作ったチョコレートが上手くできたこともそうだけど、あんなに美味しそうに食べているお兄さんを見られたのが、なによりも嬉しかった。
「そういえば、いつも飛来翼の修理にうちを選んでくれてるよな。他にも修理する店はあの町にたくさんあるのに、うちを使ってくれてるのはなんでだ??」
 何気なく聞いてきたその質問に、わたしは一瞬何も発することができなかった。迷って迷って絞り出した答えは、他の店よりも通いやすいからというとお兄さんはそうかと短く言い、わたしを見た。チョコレートまみれの口元が今ではなんだか魅力的に見えてしまうのは気のせいなのかな……わからない。けど、今はそんな風に見えたのは事実だった。
「ありがとうな。これからもうちを贔屓にしてくれるとありがたいんだが」
 も……もちろんです。今後も贔屓にさせてください……。わたしは嬉しさと恥ずかしさが混じった声で答えると、お兄さんはがははと笑いながらまたわたしに笑いかけた。
「おう。お前さんの気持ち、ちゃんと届いたからよ。おれもお前さんの気持ちに応えるぜ」
 その瞬間、わたしの胸の中で何かが小さく弾けた。そしてゆっくりと時が動く中、わたしの頬から何かが伝った。温かくて小さな粒は段々と溢れていって目の前をぼんやりとさせる。拭っても拭っても溢れてくるものは涙だと知ったとき、わたしは大きな声で泣いていた。それは嬉しさからなのか安堵からなのかはわからない。ただ、わたしは抑えきれなくて泣いた。そんなわたしを気遣って、お兄さんはわたしから離れなかった。泣き止むまでお兄さんがそばにいてくれたことに安心したわたしはまた泣いた。こんなに優しい人だったなんて……お兄さんの優しさに触れたわたしの胸はいつもより速く動いていた。いつもなら速く動く鼓動がやかましいなんて思うこともあるんだけど……今日はそんな鼓動がとても心地よかった。
 そろそろ家に帰らないといけないといい、お兄さんに手を振り帰路へ。帰宅してすぐおばあちゃんにこのことを報告した。すると、柔らかい笑みを浮かべながら「おめでとう」と言ってくれた。きっかけをくれたあの一言で勇気がわいたよと言うと、おばあちゃんは「はて、なんのことかね」と惚けて見せた。
 おばあちゃん、ありがとう。この気持ちはずっと大事にしていくから。それと、応援してくれてありがとう。わたしは声には出さなかったけど心の中で感謝をし、台所で晩御飯の準備をするおばあちゃんの手伝いに出た。お兄さんと別れて時間が経った今でも、あの鼓動の速さは変わっていなかった。
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