シビれる甘さ♡シュガーフィナンシェ【竜】

文字数 4,364文字

 少年は探していた。誰にも負けない力を。そして、その力になり得そうな得物を。そのために今日も方々を探し、情報を集めまた探し求める。もう何度目かわからない喪失感に襲われながら、ぼりぼりと頭をかきながら洞窟を後にする背中は疲労感以外にどこか悲壮感をも漂わせている。
 少年─ガランの目つきは鋭く、鬼のような角に悪魔のような羽、薄い肌着から見える適度に鍛えられた胸や腹にはいくつもの傷がくっきりと浮かんでいた。革のパンツもあちこちに傷があり、これまで幾度の戦いを経てきたのかがわかる。
 噂ではここの最深部にはすごい剣があるという噂を聞いてやってきたのだが、あったのは錆だらけのみすぼらしい剣だけだった。愕然としたガランは目当てのものがないとわかると、洞窟を出た大きな溜息を吐いた。また次の情報を仕入れようと肩をぐるぐると回しながら歩き始めた。ガランの気持ちはどん曇りなのだが、それを嘲笑っているかのように、洞窟の外は雲一つない快晴だった。

「……もうそろそろまともな情報が欲しいトコなんだよなぁ……ねぇかなぁ、まともな情報は」
 見つけられないイライラと、期待してからの喪失感を繰り返してきたガランは元々怖い顔をさらに不機嫌な顔のまま町を歩くこと数分。小さな酒場から出てきた二人の話に耳を疑った。
「ほんとかよ。あんな辺鄙な洞窟にそんなんあるのかよ」
「ほんとだって。なんでも持ち主を選ぶ剣らしいぜ。これまで何人もの凄腕ハンターが挑んで一度も選ばれないくらいすっごい剣なんだってよ」
「へぇ。そりゃ面白いな。その話、もうちょっと詳しく聞かせてもらおうか」
 ガランは話している二人の背後へと忍び寄りシャツをむんずと掴み、そのまま酒場へと引きずって行き席につかせた。
「な……なんだいお前は……さては、お前もあの剣を狙っているのか」
「あぁ。でなきゃこんなことしねぇっての」
「教えてやってもいいが……タダでとは……なぁ」
「……わーってるって。マスター、上物二つ」
 ガランは懐から軽い財布を取り出し、さかさまにして中身を出してからマスターに手渡した。マスターは少し足りないという顔をしたのだが、ないよりはいいかと諦めこの酒場にあるもので上物を用意しテーブルへ置いた。
「お、いいねぇ。わかってるじゃねぇか」
「……いいからさっさと教えろよ。オレだってギリギリの生活してんだからよ。得物なしで戦えるかっての」
「そうかいそうかい。なら、教えよう。ここから西に向かったところに洞窟がある。そこの最深部に噂の剣があるって話だ」
「なるほど……西の洞窟ね……え……西??」
 二人からの話を注意深く聞いていると、ガランはひとつ気になった個所があった。何度も内容を確認しても相違がないとわかったとき、ガランは震えた声で二人に尋ねた。
「え……西の洞窟って……確か最深部に錆びたもんしかなかったけど……まさか……」
「ああ。そのまさかだ。それが噂のものだ」
「なんじゃそりゃーーー!!」
 まさかこうも予想が的中してしまうものなのだろうか。ガランは奇声を発しながら頭をがしがしと掻きむしり酒場を飛び出していった。
「……なんだったんだ。あれ」
「さぁ……」
 物凄い形相で走り去るガランを見ながら、二人は奢ってもらった上物に舌鼓を打っていた。

「なんだよ。そんなことってあるのかよ。あーちくしょーー!」
 西の洞窟。実はさっき、ガランが出てきた洞窟のことで、目当てのものがないと諦めて出てきたばかりだったのだ。それも数分前に。そんな場所にまた行くことになるなんて思わなかったガランは口惜しさのあまりに何度も大声を上げながら走っていた。そして、何度も怒鳴り声をあげながらも辿り着いた最深部で、ガランは呼吸を整え錆だらけの剣を掴んだ。すると、何事もなく持ち上げることができ、何度も振ってみたものの反応はなく本当にこれかよと疑った。試しにくるくると回してみたり構えてみたりもしてみたのだが、一向に反応はなくこれはいよいよ疑いの目を向けるしかなくなってきた。
「……ちくしょう。またここまできて骨折り損かよ……ったく」
 はぁと大きく肩を落とすのと、ガランが握っていた剣が落ちるのはほぼ同時だった。ぐわんという音ともに落ちた錆びた剣は洞窟内に鈍く響き、からんという音と共に静まった。
「ちょっとぉ!!! 痛いじゃないのよぉ!! って、アラ。いい男♡」
「な……なんだ……この骸骨……」
 錆びた剣から現れたのは、頭蓋骨だけの化け物だった。その化け物は剣を落とされたときの衝撃が痛かったことを訴えようとしたのだが、ガランを見てコロッと態度を変えた。
「あぁ……ようやく現れたのネ♡ ワタシの王子様が♡」
「何言ってんだ……?? 骨のお化けの王子になるつもりはねぇかんな!?」
「んもう♡ 照れちゃってカワイイ♡」
「や……やめっ!! あぁあ!! てめ! どこジロジロ見てんだよ!! オイコラ!」
「んまぁ……素敵。これは……もう……ムフフ♡」
「気持ちわりぃんだよ!! いい加減にしねぇと……!!」
「んもう♡ 怒ったダーリンも可愛い♡」
「だーもー!! いい加減にしろーー!」

 ようやく不毛なやり取りが終わった頃には、ガランは額に汗をびっしりと浮かべてぐったりとしていた。それに対して頭蓋骨の化け物は目にハートマークを浮かべながらガランにずっと寄り添っていた。もう突っ込む気力も起きないガランはしばらくそのままにさせておき、体力の回復を待っていた。
 体力がある程度回復したころ、確認のために頭蓋骨の化け物に尋ねてみた。
「なぁ、お前はこのボロっちぃ剣に憑いているんだな」
「憑いてるっていうか、この剣の妖精さんだと思ってくれていいのよ♡」
「……今のは突っ込まねぇからな。んで、今までお前を手にした奴、たくさんいたんだろ?」
「そりゃいたわヨ。でも、みぃんな汗臭くてワタシのタイプじゃなかったからなにもしなかったのよ。でも、ダーリンはワタシのタイプ……むしろドストライク? みたいな?」
「……はぁ……せっかく得物を見つけたのはいいけど……こんなボロっちぃんじゃどうしようもねぇな……」
「アラ。そんなこと気にしてたの? あれは変装よ♡ へ・ん・そ・う♡ ちょっと待ってネ」
 頭蓋骨の化け物は錆びた剣に近付き、ふうと息を吹きかけるとさっきまではボロッボロの錆びた剣が、あっという間に新品の剣へと生まれ変わった。
「これがワタシの本当の姿ヨ♡」
「すげぇ……」
 燃えるような真っ赤な刃は、さっきまでの面影は一切なく手にすると内側から力が湧き上がってくるような感覚があった。次第にそれは現実味を帯び、剣を握っている右手からどくどくと何かが脈打っている音が聞こえてきた。
「あぁ……ダーリンの力ってばスッゴイワ♡ ワタシまでヤル気になっちゃう♡」
「御託はいいから……さっさとお前の力っての見せてくれるか」
「お安い御用ヨ♡ 任せてダーリン♡」
 頭蓋骨が黙りこくるとガランの体にある異変が起きた。右手から伝わる鼓動音が更に大きくなり、うるさいくらいに鳴り響いた。右手から伝わる鼓動の大きさにこのままでは力が暴走してしまいそう気がしたガランは思い切り剣を振った。すると、真っ赤な刃から真っ黒な波動が飛んでいき大きな岩を真っ二つに切り裂いた。
「おぉう……すっげぇ」
「この程度なんて朝飯前ヨ♡ ワタシの力は相手の生気を吸い取るの♡ そんで、ダーリンの傷を癒しちゃう能力なのヨ♡」
「おお……そりゃあすげぇな」
「だ・か・ら♡ 傷のことを気にしなくていいからネ? ワタシが癒してあげるから♡」
「有難いんだか有難くないんだか……なんだか複雑な心境なんだが……」
 頭蓋骨の力に驚きながら、ガランはその剣を脇に差し洞窟を出ようとした。すると、さっき酒場で会った二人に通路を塞がれてしまった。
「おお兄ちゃん。無事に剣に選ばれたみたいだな」
「ああ。おかげ様でな」
「それはよかった。じゃあ、今度はその剣をこっちに渡してもらおうか」
(ダーリン。あの臭そうな奴ら、誰なの??)
(ここの洞窟を教えてくれたとっても優しい二人だよ)
(ワタシにはそうは見えないけど……)
「さっさと渡さないと……どうなるか……」
 男の一人がぎらりと光るナイフをちらつかせている。それをもう一人の男はげっへっへと笑い、こちらを見ていた。
(……ダーリン。ここはワタシに……)
(ダメだ。お前の力、相手の生命力を奪うってやつだろ。やりすぎはダメだ)
(でも……)
(いいから。ここはオレに任せておけって)
 ガランは落ち着いた様子で、まずは剣を置き両手を挙げて降参のポーズを取った。それを見た二人は剣を拾いにたにたと笑いながら洞窟から出ようとしたとき、ガランは二人の背中を思い切り蹴飛ばした。
「ご親切に……どうもっ!!!」
「「うわぁあ!!」」
 蹴られた拍子に剣を落とし、中からまた頭蓋骨の化け物が現れ二人はその異形を見て、腰を抜かしていた。
「もう……なんなのヨ……言っておくけど、ワタシは絶対アンタたちには従わないからね。出直してきなさいヨ!!!」
 ガランに対して甘い声色だったのに対し、剣を奪っていこうとする二人にはドスの効いた声で二人を脅かすと、二人は四つん這いのままどこかへと逃げて行った。その様子を頭蓋骨の化け物は高笑いをしながら見ていた。
「ワタシとダーリンの仲を裂こうなんて……なんて愚かなのかしら」
「……いっそ裂いてくれた方がよかった」
 剣の力は素晴らしいのだが、それに憑いているのはこいつかと思うと……得物を探していたガランは素直に喜びたくても喜べないでいた。

「はい♡ ダーリン♡ これからは一心同体ヨ♡」
「はぁ……疲れた……」
「んもう♡ だったらワタシがあれやこれやで癒して……」
「いいっての。もう……少し黙っててくれ」
「だってぇ。ずーっとあんな狭い中にいたんですもの。寂しいったらなかったワ」
「……そりゃ、お前が選り好みしてたからだろ」
「まぁ、それもあるかもしれないわね♡ でもね、ダーリン。ワタシ……ちょっと嬉しかった」
「あ?」
「さっき、ワタシがあいつらの生気を奪おうって言ったとき、ダーリンはオレに任せろって言ったじゃない?」
「……あぁ、確かに言った……ような」
「もう……あのセリフ……ワタシ、ときめいちゃったの♡ ダーリン♡ 一生ついていくワ♡」
「……できれば遠慮してぇ……」
 こうして、頭蓋骨の化け物─骨美と名付けられた浮遊物はガランと共にあちこちを旅するパートナーとなった。この力があれば戦って資金を稼ぐこともできるとわかり、こいつのことは適当に話をしておけば問題ない。ただ、こいつに慣れるまでには相当な時間を要するとなると、一人でいるより数倍の疲労感を覚悟しなければならないと感じたガランだった。
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