深青の煌めき

文字数 4,682文字

 夏。それは心も体も開放される季節でもある。ある者はハイキング、またある者はキャンプなど気候に適した遊び方で仲間との時間を共有している。シュクレもそのうちの一人で、今は海に来ている。さんさんと降り注ぐ太陽のもとで遊んだあと火照った体を中から冷やすとっておきのスイーツを準備している間、今日もたくさんのお客さんに会えるのかと思うと、シュクレのわくわくは抑えきれなくなっていた。
「早く時間にならないかなぁ……もう待ち遠しいよ!」
 誰もいない砂浜で我慢できなくなったシュクレは気持ちをぶちまけた。でも、あともう少しで開店だと自分に言い聞かせ、お客さんが気持ちよく使えるように入念にチェックを行った。

 最後のチェックも終わり、いよいよ開店だとブースに戻ろうとしたときには既にお客さんが列をなして待っていた。シュクレはもう少し待っててくださいねと笑顔でアナウンスをすると、自分に気合を入れ、特製のスイーツを振る舞う最終工程に移った。
 そしていよいよ開店の時間になり、シュクレは開店前から並んでいたお客さんに対し、満面の笑顔で案内を始めた。この日、シュクレが用意したスイーツは夏にぴったりのかき氷だった。それもただのかき氷ではなく、シュクレ自身がおいしいと感じた水を凍らせこの日のために仕込んでおいた果肉たっぷりのシロップをふんだんに使用したスペシャル仕様。なくなり次第終了ということもあってか、開店からまだ数分しか経過していないのだが浜辺には海水浴を楽しんでいる人よりも多い人たちで賑わっていた。
「そんなに慌てなくても、材料はたっくさん用意してありますから大丈夫ですよー!」
 氷をセットし、ハンドルを回すとがりがりという音と共に削れていく氷は水晶のように透き通り、シロップはそれを彩る宝石のようにきらびやかだった。できたてのかき氷を受け取ったお客からは驚きの声が漏れた。
「すごい……こんなにきらきらしたかき氷を見たのは初めてだよ。食べるのがもったいない」
「でも溶けちゃうよ。早く食べちゃおう」
「もうちょっと……もうちょっと眺めてからでもいいかい」
 親子の会話を聞いていたシュクレは、なんとも嬉しい気持ちになりかき氷を作る手に力が入る。次のお客さんの注文を聞くとき、シュクレとそのお客さんの顔はぱっと明るくなった。
「シュクレさん! 会いに来たよー!」
「あ、アンドロメダさん! こんにちは! 来てくれて嬉しいー!」
 砂浜と一緒のゴールドの髪にハイビスカスを挿した女神アンドロメダ。一国の女王という話なのだが、そういう雰囲気ではなく一人の女性として今を楽しんでいる。海水浴を楽しんだあとなのか、髪はしっとりとしていた。
「注文は何にしますか?」
「えーっと……おすすめはなにかな?」
「ぜーんぶおすすめなんですけど、アンドロメダさんにぴったりなものを選びましょうか」
「あ、お願いできますか?」
「はい! お任せあれ!」
 シュクレはリズミカルに氷を削り、そこへオレンジ色のシロップ、かき氷、さっきとは別のシロップをたっぷりかけて氷を追加、さらにカットしたフルーツをトッピングして完成。アンドロメダをイメージした特製のかき氷を手渡すと、アンドロメダは驚き口元を抑えていた。
「こ……こんなボリュームのあるかき氷……すごい」
「トロピカルな雰囲気のアンドロメダさんをイメージして、とってもあま~いイエローピーチを使いました! ぜひ楽しんでくださいね!」
「あ……ありがとうございます! いただきます!」
 アンドロメダはかき氷にたっぷりのシロップを絡ませ、一口頬張った。キンとした冷たさから果実の甘味がすーっと追いかけてくる爽やかさにアンドロメダは楽しさを感じた。
「美味しいです……さすがですね。シュクレさん」
「えへへぇ。アンドロメダさんのその素敵な笑顔が見られてわたしも嬉しいです!」
 アンドロメダはシュクレにお礼を言い、ビーチパラソルの下でゆっくりとかき氷を楽しんだ。

「次のお客様どーぞー!」
「……邪魔するぜ」
「レグスさん! こんにちは!」
「あぁ……その……買いに来た」
 薄紫色の髪に濃厚色の青の角、アロハシャツに短パンビーサン、やや疲れた様子の顔が向いた先は「海の家」と書かれた小屋だった。レグスはそこで短期のアルバイトをしているのだが、理由まではわからなかった。さっきまではたくさんの人で賑わっていた海の家も、今は空席が目立つくらいまでに減っていた。レグスにとっては安らぎのひと時が訪れたのだ。そこでシュクレはそんなレグスにぴったりのかき氷を用意することにした。
 いつも戦っているというイメージを参考に、選んだのは赤色が眩しいベリー類だった。氷を敷き、その上に食感を楽しめるよう荒く潰したたっぷりのベリー、氷をかけて最後にちょっぴりレモンをしぼって出来上がり。甘くて酸っぱいかき氷を手渡すとそのボリュームにレグスは驚き、危うくかき氷を落とすところだった。
「お……おう。すごい量だな……食いきれるかな……」
「レグスさんならぺろっと行けると思いますよ! 思いのほかすぐになくなっちゃいますから」
「そういうもんか……わりぃな……気を遣わせちまって」
「いえいえ! ささ、溶けないうちに召し上がれ♪」
 両手でしっかりをかき氷の器を持ち、海の家の従業員通用口の階段に腰を下ろし、一口。レモンの爽やかな酸味とベリーの甘味が口の中いっぱいに広がり、さっきまで厨房で戦っていたレグスの体にやさしく染み込んでいく。二つの果実が奏でる余韻にレグスは静かに呟いた。
「……うめぇ……」

「次のお客様、どーぞー」
 シュクレが声をかけてからしばらく、何の反応もないことに疑問を感じたシュクレはどうしたのかと思い、ブースから出てあたりを見回した。すると小さな男の子が両手で顔を覆いながら泣いていた。シュクレはその男の子の前で屈み理由を尋ねた。すると、その男の子は火が付いたように泣き出した。これに驚いたシュクレが慌てて泣き止んでと頼んでも逆効果でさらに声を上げて泣き出してしまった。これにはどうしたものかと悩んだ結果、シュクレはとっておきの

を披露することにした。
「ねぇ、ボク。わたしがこれからすることがすごかったら、手を叩いてくれるかな」
 泣き止まない男の子に一言声をかけ、シュクレはシロップが入った瓶を男の子の前にどんとおいてカンロレードルをくるくると回しながら渦を作っていく。次第にその渦は大きくなり瓶の口を飛び越えて巨大な竜巻となる。
「煌めけ! シロップハリケーンっ!!」
 カンロレードルを指揮棒のように振ると、それにあわせて巨大な竜巻は右に行ったり左に行ったりとまるで生きているかのように動いていた。ゴォォという音に驚いた男の子は目の前で巨大な竜巻が起こっていると気付くと、泣き腫らした顔のまま手をぱちぱちと叩いて喜んでいた。
「まだまだだよー!」
 カンロレードルで操ったシロップの竜巻を、削りたての氷の上へと指揮すると虹色のシロップへと変わり輝く氷の上にふわりと被さった。
「はい。これを食べて元気出して」
 出来上がったかき氷を男の子の前に優しく手渡すと、男の子は恐る恐る手を伸ばし受け取る。さくさくと音を立てながらかき氷を崩していき、一口頬張る。すると、さっきまでの悲しい顔から一変しぱぁっと明るい表情になった。美味しかったのか次から次へと口へと運んでいくうちに男の子は頭を抑えながら蹲ってしまった。
「そんなに急いで食べなくても大丈夫だよ。ゆっくり楽しんでね」
 それでも男の子の食べる勢いは収まらず、食べては頭を抑えを繰り返していた。と、そこへ一人の女性が現れ一心不乱にかき氷を食べている男の子を見て、膝をついて泣き出した。
「ごめんなさい……ぼうや……ごめんなさい……」
 女性の鳴き声に男の子が振り返り、あっと声を出しその女性に抱き着いた。
「ママ! ママだぁ!」
 男の子を抱きしめた女性は安心したのか、更に声を上げて泣き出した。その様子から察したシュクレはすぐにブースに戻りかき氷を作り始めた。ママが元気になりますように、また素敵な笑顔が戻りますようにと祈りを込めて丁寧に氷を削っていく。輝く笑顔になるようにたっぷりの果実を添えてママに手渡し、溶けないうちにどうぞと声をかけると恐る恐るスプーンですくい、口へと持っていく。ゆっくりではあるが、一口一口噛みしめるように味わっているママの頬からは涙が伝い、それを見た男の子も安心したのかママにぎゅっと抱き着き泣き出した。
「ごめんね……ぼうや。こわい思いさせてごめんね……」
「ううん……ぼくもごめん……」
 落ち着きを取り戻した親子は、シュクレにお礼を言うと二人は手を繋いで浜辺とは逆方向へと歩いて行った。シュクレは二人の姿が見えなくなるまで見送りを止めなかった。

「そろそろ……かな」
 シュクレは材料の残量を確認していた。もうそろそろ作れるメニューも限られてしまい、メニュー一覧にも「売り切れです。ごめんなさい」のシールが増えてきたところだ。時間も時間で、もうすぐで太陽が海の中へと入っていきそうな時間だったため、まぁ丁度いいといえば丁度いいかもしれない。それでも、最後の最後まで訪れるお客さんに対して全力でかき氷を作るシュクレの顔に疲れというものは感じられなかった。
 あと一つ作れるかどうかという状況で、ちょっとしたトラブルが発生したらしい。というのも、このあたりで盗難の被害が相次いで起こり、浜辺に来る人たちに閉店作業を終えたレグスが注意を促していた。用心しないととシュクレも決めていたのだが、店仕舞いの準備をしていると、はたと見知らぬ人物と目が合ってしまった。
「ん?」
「あら??」
「「うわああ!」」
 二人同時に驚き、先に行動を起こしたのは見知らぬ人物だった。その人物は適当にシュクレの持ち物を持って砂浜を駆けていった。ワンテンポ遅れてシュクレもその人物を追いかけようとしたのだが、砂に足をとられてしまいうまく走ることができずに転んでしまう。
「ま、待ってぇ! それがないと明日来るお客様を迎えられないのー!」
 シュクレの悲鳴に耳を貸すわけもなく、その人物は脱兎の如く駆けていった。今から走っても追いつけるか自信がなかったシュクレはとっておきの

を披露することにした。ちょうど人気もなくなってきているし丁度いいかもと思ったシュクレはおもむろに製氷機を担ぎくるくると回し始めた。やがて製氷機から光が溢れるとシュクレは狙いをつけて思い切り投げた。
「いっけー!! とどめの製氷機ボンバー!!」
 放物線を描いた製氷機はやがて意思を持ち、見知らぬ人物に向かって真っすぐ飛んで行った。ブウウンという独特の音を鳴らしながら飛んでいる様は、巨大な虫が飛んでいるのかと錯覚してしまうほどだった。
 その低い音に気が付いた見知らぬ人物が振り返ると、光りながら飛んでくる製氷機が映っていた。
「え? なんで製氷機? え? なんで飛んでるの? ねぇ? ねぇ? ぎゃあー!!」

 ガゴン

 製氷機が見知らぬ人物に命中し、手から奪い取ったものが離れる。それをシュクレが滑り込みによって無事に回収される。傷もなくこれで明日も無事に営業ができるとわかったシュクレは製氷機を担ぎながら自分のブースへと戻っていった。
「明日はどんなお客様に会えるかなぁ。楽しみ! 仕込みも万端にしておかなきゃー!」
 はしゃぐシュクレを背後で、なぜ製氷機が飛んで自分の頭に当たったのかが理解できない見知らぬ人物は静かに気絶した。
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