ブラッディベリーカヌレ【魔】

文字数 2,354文字

 はぁ……はぁ……はぁ

「どこへ逃げたのかなぁ」

 はぁ……はぁ……はぁ

「おかしいですねぇ。なかなか見つけられませんねぇ」

 はぁ……はぁ……はぁ

「こっちのほうかしらぁ」

 はぁ……はぁ……はぁ

「いい加減に出てきたらどうですかぁ」

 そんなこと、できるわけないだろ。奴─フォルシーユとかいううさ耳女は嬉しそうな声を発しながらオレを追っている。頬を緩ませながら歩いている姿

ならいい。フォルシーユの右手に握られているものを見ても同じことが言えるかといえば、答えは否。あいつの右手に握られているのはあいつの身の丈以上にでかい鎌だった。切っ先の鋭い鎌を右手に持ちながら俺を探していた。
 なぜ、俺はあいつに目をつかられたのかは定かではない。だけど、いつもつるんでるギルドの奴らと話をしていたら、突然一人がだんまり決めたんだ。いつもおしゃべりな奴が珍しいなと思って目を向けると、背中を鋭い何かでばっさりと斬られていたんだ。急に押し寄せてくる不安の影に襲われながら、俺たちは得物を握った。護身用の短剣しかなかったが、今は贅沢を言っている余裕はなかった。その間にも、おしゃべりな奴の呼吸は浅くなり次第には動かなくなった。
「いったい何が起こったんだ」
 知らねぇ。俺だって何が何だかさっぱりなんだ。イラついた声で答えると、今度はあまりしゃべらない奴が今にも泣きだしそうな声を出し始めた。みっともねぇからやめろ。そう俺が言おうと口を開いた瞬間、今度はそいつの動きがぴたりと止まった。止まってから数秒後、今度はそいつは前のめりにぱたんと倒れた。
「うふふふ。いい恰好ですわぁ」
 どこからともなく現れたうさ耳の女は、巨大な鎌を地面にとんと突きながら言った。そして切っ先から滴る真っ赤な液体を指でなぞり、こすった。
「きれいな色ですわぁ。きっとあなたも真っ赤に色をしているのでしょう? 宝石のように」
 言っている意味がよくわからなかった。だけど、ここから逃げないとまずいというのはすぐにわかった。俺は無我夢中で奴から離れた。今までにあげたことのない声を出しながら、体が動くことを拒んでも、酸素不足で頭がずきずき痛むのも我慢して俺はただひたすら走った。

 かつん かつん

 かつん かつん

 かつん かつん

 聞こえる。奴の鎌の柄を突く音が。

 こつこつ こつこつ

 こつこつ こつこつ

 聞こえる。奴のヒールの音が。

「どこにいるのかしらぁ」

「一緒に遊びましょう」

 聞こえる。甘美に塗れた囁きが。

「あなた、名前はなんていうのかしら」

「あたし、フォルシーユっていうの。よろしくね」

 聞こえる。聞きたくない情報の塊が。

「教えてくださらない? あなたはどのような殺され方がいいですか?」

「いつも同じパターンですと、飽きてしまいますし。できれば、あなたの口かあ教えてくださらないかしら」

 聞こえる。生を奪う生暖かい声が。

 物陰に隠れ、フォルシーユとかいう奴をやり過ごそう。そう決めた俺は、崩れた木材に身を潜めた。暴れに暴れている呼吸を奴にばれないよう潜めながら整えていると、遠くからやつの足音と鎌を突く音が聞こえた。俺は奴が来る前に深呼吸をして、奴が来てもバレないように準備を始めた。次第に近付いてくる絶望の塊のような存在は、まるで狩りを楽しんでいるかのようなそんな感じだった。時折聞こえてくる鼻歌が余計に不気味さを助長していた。落ち着き始めた心臓がまたばくばくと音をたてて暴れ始めた。俺は必死に我慢しようと最低限の呼吸を繰り返していた。

「んもう。だんだん面倒臭くなってきましたわ。駆逐業者に委託しようかしら」
 奴の声に怒りが滲んでいた。簡単に見つけられると思ったのだが、中々見つけられないことに対してかもしれない。だが、俺も見つかるわけにはいかない。もし、見つかれば俺の命は……。
しばらく俺がいる場所をぐるりと見て回った奴は、それでも見つけられなかったことに遂に怒りを表し鎌の柄で強く地面を突いた。
「んもう。時間が勿体ないじゃない」
 頬を膨らませながら怒りを面に出す奴。もう少し、もう少し我慢すればきっと見つからないはずだ。そう信じて俺は呼吸を忍ばせていると、奴はくるりと背を向けどこかに行く素振りを見せた。よし、俺は奴から逃げ切った。そう心にふとした隙間を生み出した瞬間、俺は木材片に足がぶつかりカランと乾いた音を発してしまった。その音の後、奴の足音はぴたりと止まった。どうした。奴は聞こえたのか、それとも諦めたのか……。その判断が難しい中、俺は気配を探ってみた。風の鳴る音や鳥の鳴き声を意識から切り離し、辺りの音を探ってみるとどうやら人の気配は感じられなかった。俺はゆっくりと立ち上がり、顔を出してみると……。

「こんにちは」

 嘘だ。気配はなかったはずなのだ。なぜ、こいつがここに立ってる。

「やっと姿を見せてくれましたね。では、時間も惜しいので」

 そういって奴は大きな鎌を振り上げ、俺に微笑んだ。

「おやすみなさい」

 奴は満面の笑顔で鎌を振り下ろした。そして、俺の胸からは真っ赤なバラの花が咲いた。

「よし。お仕事完了っと。さぁって、報告にいかなきゃ」


「ただいまぁ。んもう、時間かかっちゃった」
「あ、おかえり。おつかれさん」
「そういえば、なんでこの連中を標的にしたか聞いてなかったんだけど
「ああ。こいつらね、あちらこちらで窃盗を繰り返してる連中でさ。目撃情報はあるんだが、中々確保には至らなくてね」
「なるほどねぇ」
「でもま、これで窃盗事件がなくなるんだ。ありがとよ」
「いーえ。久々にこの鎌を振るえて楽しかったわ。またよろしくね」
「それと、これ。報酬だ。忘れんな」
「いいのよ。今回の報酬は切り刻めたってことでいいわ」
「そうかい。ならいいんだが。それじゃあ」
「ごきげんよう」
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