シャドウグレープのコンポート

文字数 1,615文字

 ぼくが意識を取り戻したのは、何かが刺さったような痛みだった。ちくりからじんじんとという痛みに変わり、それがどんどんと体中へと広がっていく。目を覚ますと、そこは見知らぬ場所だった。まるでお城の一室のようなところだった。天井にはシャンデリア、弱々しくも機能している暖炉、そして長いテーブルの上にはちろちろと燃える蝋燭。ぼくはそのテーブルに沿うようにして並べられている椅子に縛り付けられていた。縄ではなく、ちくちくとした蔓状のようなものに。
 動けば動くほど、その蔓状のものはぼくの体に食い込んでいきその度に痛みで顔が歪む。じんじんという痛みから焼けつくような痛みへ変化したとき、ぼくは思わず声をあげてしまった。その声が聞こえたのか、こつこつと歩く音が聞こえて装飾で彩られた扉が静かに開いた。現れたのは金色の髪にピンク色の肌着をまとった女性だった。手には黒く光る杖を持ってにやにやと笑いながら近付いてきた。
「きゃははっ!! ねぇ、わたしが育てたバラ、きれいでしょ?? 見た目だけじゃなくて香りも楽しんでほしいの。ねぇ、嗅いでみて??」
 無邪気に笑いながらピンク色のバラを咲かせる彼女。こつこつとぼくとの距離を詰め、彼女が指を鳴らすとぼくを縛り付けている蔓が急成長し、更に強くぼくを締め付ける。ぼくの腕に腹に首に巻き付いた蔓から鋭い棘が牙をむきぼくの体に容赦なく突き刺さる。そして、ぼくが悲鳴を上げるとバラがまた成長し、ひとつの花を咲かせた。
「そうそう。あなたが苦しめば苦しむ程、きれいなバラが咲くの。ねぇ、お願い。わたしにあなたの苦しむ顔をもっと……もっと見せてぇ!!!」
 誰が苦しむものかと頭ではわかっていても、体に突き刺さる棘の痛みは凄まじくどんなに堪えようとしてもあまりの痛みに声をあげずにはいられない。その度にまたバラは成長し、さらにぼくを苦しめる。やがて、ぼくの足元には血溜まりができていてバラはそれを水分として補給しているかのようにじわりじわりと成長、さらにぼくの悲鳴を聞いてより大きく成長する。
「いいわぁ。こんなにきれいに咲いたの久しぶりかもしれない!」
 彼女がぼくを縛り付けている蔓の先についたバラの蕾をそっと撫で、嬉しそうに笑った。まるで植物を育てて初めて実ったときの喜びを表しているかのような純粋無垢のその表情に、ぼくは恐怖を覚えた。人が苦しんで花を咲かす植物なんてあるものか……ぼくは足元に溜まっている自分の血液で靴が汚れているのにも関わらず、彼女をぎっと睨みつけた。それを見た彼女は臆することなくけらけらと笑いながらぼくの頬を撫でた。
「いいわぁ……その表情。もっと苦しんでる顔を見せてぇ!! きゃははっ!!」
 だめだ。なんだか足に力が入らなくなってきた……それに、なんだか足先が冷えてきたみたいだった。そこからふくらはぎ、太ももと下から順番に冷えてきてそれは腹や手先にまで表れた。意識が朦朧とするなか、彼女はぼくを縛る蔓から開く多くのバラにうっとりした様子だった。呼吸も荒くなり目を開けているのがやっとのぼくに、彼女は摘んだばかりのバラで花束を作ってぼくの目の前によこした。
「あなたのために作ったバラの花束よ。素敵な香りがするのよ! 今までに嗅いだことのないその香りであなたを救ってあげる♡」
 ふわりと香るその香りは、確かに今までに体験したことがない未知な香りだった。だけど、次にぼくがこの香りを楽しむことは二度とないだろう。なぜって? その香りを感じた瞬間からぼくの意識は失血よりも早くそのバラの香りに奪われていたから……。ついには目を開いていることすらも億劫になりその香りに全てを託したところで、ぼくの意識はぷっつりと途絶えた。
 その後、彼女がどのように喜んでいたかまでは知らない。けど、ぼくはあの苦しみから解放されるならあとのことはどうでもよかった。

           さよなら、ぼくのどうでもいい人生。
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