ぷるぷるミックス♡フルーツパンチ

文字数 3,864文字

 薄暗い研究所で一人、本を掴んでは投げ掴んでは投げを繰り返している少女がいた。栗色の髪にまだ幼さの残る顔、ぱちりとした目元は元気の証。薄桃色のローブの袖をインクで汚しながら重い溜息を吐く少女の名はイーグヤーホ。魔法使いの家系に生まれるも、自身に備わっている魔力はまだまだ乏しく魔力を制御できずに暴走事故を多発させている。今はその始末書を書いている最中で、形式ばったものはないか本を読んでは「こういうのじゃない」と言いながら放り投げているというわけだ。
「あぁ……もう。なんでわたしったらいっつもこうなのよ……わたしだって好きで暴走させてるわけじゃないのに……」
 蝋燭の明かりに照らされ文句を言うイーグヤーホ。彼女が文句を言うたびに蝋燭の明かりはゆらゆら揺らめき、それに合わせて影も揺らめく。集中力が切れたイーグヤーホは羽ペンを投げ捨て、思い切り背伸びをした。ぽきぽきとなる音が心地よく聞こえるも、気持ちはすっきりとしない。今度は小さめな溜息を吐き、気分を変えようとキッチンでお茶を淹れようとしたときだった。さっき自分が投げ捨てた本に躓き、盛大に転んだ。
「ぶっ!!」
 きれいに前のめりに倒れたときの衝撃で、床に溜まっていた埃が一気に舞い上がりふわふわと空中を漂う。げほげほとむせながら自分が転んだ原因の本を思い切り叩きつけた。叩きつけた拍子にまた埃が舞い、またむせる。それを何度か繰り返し、ようやくキッチンでお茶を淹れることが出来たころにはなぜだか疲労感が勝っていた。お気に入りの匙でかき混ぜながらデスクに戻り、固まった。
「……まずはここの整理から始めたほうがよさそうね……」
 デスクの上には始末書のほかに、零れたままのインクや食べかけのパンが転がっており、とても作業が捗るような状態ではないことに気が付く。そしてふつふつと湧きあがるなにかがこみ上げ、我慢できずに吠えた。
「こーなったらヤケよ!! きれーにしてやろうじゃん!!」
 お茶を一口すすり、イーグヤーホは自分の作業スペースだけでも綺麗にしてやろうと躍起になった。布で口元を多い、空っぽになった本棚に次々に本を埋めていき何週間ぶりに床と対面できた喜びを味わうのもつかの間、別の布で床拭いていきそれが終わればデスクに零れたインクを拭っていく。作業前よりもピカピカになったデスクに感激をしつつ、今度は物凄いスピードで書類を分類していく。一通り仕分けが終わりそれらをまとめて額から伝う汗を拭ったところで掃除はひと段落を迎えた。さっきよりも随分と歩きやすく、使いやすくなった自分の研究所を見てイーグヤーホはふふんと胸を張り、今度こそ落ち着いてお茶を飲むことができた。
「はぁ……やっとひと心地着いたわぁ……んで、わたしはなにかしてなかったっけ……?」
 しばらく唸っていると、背筋からなにか冷たいものが這い上がってくるような気配にイーグヤーホは思わず自身を抱きしめた。
「そうだった……始末書書かないといけないんだった! あれ、始末書……どこやったっけ?」
 整ったばかりの書類棚をひっくり返し、すぐに目当ての書類を発見し作業に取り掛かる。がりがりと羽ペンを走らせながらイーグヤーホはふと思った。
(わたしがもう一人いたらなぁ……)
 そんなことはできないだろうと思いつつ、始末書にサインをし担当者に提出する準備を始めた。出かける前にきちんと枚数がそろってるか、抜けてるページがないかを何度も確認し大丈夫だと自分に言い聞かせ研究所の扉に鍵をかけ、急ぎ足で出かけた。

 何度も人にぶつかりながらもなんとか始末書を届け終えたイーグヤーホは、背中で研究所の扉を閉めるとまた大きい溜息を吐いた。こうもうまくいかないと気分が落ちてしまうものなのかと思いながら、イーグヤーホはキッチンでお茶を淹れふと目に留まった魔導書を掴みソファに腰を下ろした。ぱらぱらと適当にページを捲っていると気になる魔術が書かれていた。
「魔法生物の……創造?」
 魔法使いの中には使い魔を使役している術者もいる。姿や形は異なれど、共通しているのは術者に服従するという点。錬金術師が創造するホムンクルスのレシピは禁断とされているものが多いのに対し、魔法生物のレシピは基本は自分の中にある魔力といくつかの素材で事足りる場合が多い。これなら自分でもできるかもしれないと思ったイーグヤーホはすぐにそのページの端を折り、必要なものは何かを調べ始めた。
「えーっと……塩、ジキタリス、ろ過水、月下草、マンドラゴラの根と……自身の魔力か。なんとかなる!」
 イーグヤーホは薬品が収められている棚から必要な材料を持ち出し、機材の中にレシピ通りに入れ加熱していく。しばらくしているとしゅわしゅわと泡立ち始め、今にも煮えくり返りそうなのだがレシピにはそのまま手を触れないでと書かれている。しかし、溢れてはいけないと思ったイーグヤーホは泡が溢れない程度まで火を弱めると次の工程は何かを確認した。
「えーっと、これが最後の工程なんだ。ありったけの魔力を注げば完成……だって。よぉし、いくわよー! ふんぬーーっ!!!」
 両手を機材に向けて、自身の中にある魔力を注いでいく。オーロラのような輝きを持つイーグヤーホの魔力はゆっくりと機材に吸い込まれながら混じりあい七色に輝きはじめた。
「わぁ……きれい……うわぁあ!!」
 魔力を注ぎ込む途中、機材で混じりあう様子が気になったイーグヤーホは一瞬の気の緩みから意識を逸らしてしまい、一定量を続けて入れなければいけないところを弱めてしまい、機材の中で安定していたものが歪んでしまい、機材が小刻みに震えだした。
「えっ! ちょっと!! レシピには見ちゃダメって書いてなかったんですけどー!?」
 震える機材に対し、怒りをぶちまけるのだが時すでに遅し。耐えかねた機材が大きく揺れだし中にあった薬液が噴出。その薬液は宙でぐるぐると渦を巻いたかと研究所内を照らすには十分すぎるくらいの花火が打ちあがった。星やハート、花などの花火が打ちあがりイーグヤーホはまた始末書かとがっくりと肩を落としていると、どこからともなく声が聞こえた。それも聞いたことのない声……一体誰だろうと思い、もくもくとした煙が晴れるのを待っていた。
「えほっえほっ!! なんやねん! 一体何が起こったんねん」
 煙の中から聞きなれない声がし、驚くイーグヤーホ。いてもたってもいられなくなり、自分の手で煙を払うとそこにはお気に入りの帽子の上に見慣れない生物が誕生していた。
「……だ、誰? ってああ!! この帽子、わたしのお気に入りなのに!!」
 どうやら薬液が噴出し、その近くにイーグヤーホの帽子にかかってしまったらしい。その結果、帽子の上には白い炎のような生き物がくっついていた。それも聞きなれない言葉の……。
「あんたこそだれ? いきなりこんなとこに呼び出して……」
「わ……わたしはイーグヤーホ。あなたを創造したのはこのわたし。それで、あなたの名前は?」
「わし? わしはウィズいいますねん。よろしくヤホちゃん」
「や……ヤホちゃんって……初めて言われたわ……」
「だってイーグヤーホって言いにくいやん? だから、ヤホちゃんのが可愛いおもて」
「な……な……」
 いきなり現れた魔法生物に困惑するイーグヤーホを後目に、ウィズは呼び出された部屋をぐるりと見渡す。ふんと小さく唸り創造主に向き直り口を開いた。
「きったいない部屋やなぁ。よくこんなんで実験しよ思うたな」
「……あなたが出てきたときに花火があがってこうなったのよ! レシピ通りだったらもっとかわいいのが出てくるはずなのにぃ!!」
「そのレシピ、ちょっと見せてくれる?」
 イーグヤーホは魔導書を開き、ウィズに見せるとウィズは声に出して笑いだした。
「なっはっは。ヤホちゃん、もしかして半人前の魔法使いかなにか?」
「……っ!!」
「それに、途中で魔力の偏りを作ったと思われるが……どうかな?」
「……っ!!!!」
「そーしたら、わしが出てきてもおかしないで。というか、わしが出てきて寧ろよかった思います」
「……ど、どういうことよ??」
 ウィズ曰く、レシピ通りの工程を進めないと最悪の場合は生まれてきた魔法生物に食べられてしまう可能性があるとのことだった。今回、イーグヤーホが半人前であったこと、魔力を注ぐ際に注意を怠ったことからウィズが生まれた。いわば不幸中の幸いということ。
「な……え……ど……はぁああ!?」
「んー、その全部違う悲鳴、嫌いじゃないよ」
「ど……どうしよう……これって失敗ってことなの??」
「いやいや。わしがここにいるってことは成功、だけど失敗でもあんねん」
「そっかぁ……はぁ」
「まぁ、そんな肩落としなさなんな。これからは一心同体やで。ヤホちゃん」
「いっしんどうたい……不安だなぁ」
「むむっ。そこまでわしを疑うなら……これでどやー!!」
 ウィズが目を見開くと、あちこちに散乱していた機材が宙に浮きくるくると回ったかと思えば元にあった場所へと納まっていく。続いて魔導書も壊れた床もソファも次々と元通りに修復していくと、ウィズはどやとばかりにイーグヤーホを見た。
「す……すごい。あっという間に元通りになっちゃった……」
「すごいやろー? わしの魔力は。ということで、これから世話になるさかい、よろしゅう」
「は……はぁ……」
 始末書を書かなくてもいいと思ったのだが、予想よりも斜め上を行く魔法生物の誕生に不安を隠しきれないイーグヤーホであった。
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