酸味と苦みがアクセント♪グレープフルーツティー【魔】

文字数 3,238文字

  ぽつぽつぽつ

 ふと窓の外を見ると、雨粒が窓を叩いていた。強くもなく弱くもなくだけど、気になってしまう程度の音。静かにしていれば雨が降る音と雨粒が窓を叩く音しか聞こえないのだけど、今はそうじゃない。

 どくん どくん どくん

 わたしの胸の中で魔力が渦巻いている音が聞こえる。なんて言ったらいいのかしら、食べ過ぎたりして気分が悪くなったときと同じといえばわかりやすいかしら。胸の中でぐるぐると得体のしれないもやのようなものがずっと居座っている感覚。その魔力というのは、お父様から受け継いだ大事な力。その魔力があれば、わたしはお父様と同じような魔族になれたかもしれないのに……その力は完全に受け継がれなかったのが今のわたし。お母様は何の魔力もないただの人間だったせいで、わたしはお父様の魔力を純粋に受け継ぐことができなかった。お母様がいなければ……お母様じゃなければ……何度お母様を呪ったかもう覚えていないわ。

 どくん どくん どくん

 魔力の胎動が少しずつ大きくなってきてる。あぁ、だめ。心を落ち着かせるのよ。わたし。でないと……。何度も深呼吸をして魔力の胎動を落ち着かせようと、わたしは今までに起きたことを思い出していた。
 
 わたしがこの力に気が付いたのは、つい最近のことだった。それまではあまり気にしていなかったのに、急に胸のあたりが苦しくなって顔を歪めていると目の前に赤黒く光る結晶のようなものがふわふわと浮いていたの。これは……わたしはその結晶に触れると、それは憎悪が凝縮されたものだった。今まで恨みや憎しみが集まり具現化。そして、その結晶は敵対する者に対し、微力ながら力を発揮する。その力を見たとき、これはお父様の力と非常に似ていることから、わたしはお父様の力を受け継いでいるのだと認知した。
 でも、その力は完全ではなかった。なぜお父様の魔力を受け継いでいるのに、完全ではないの。色々と思考を巡らせると、それはわたしのお母様がただの人間だという結論に至った。お母様が……何も取り柄のないお母様のせいで、お父様の力を受け継げなかった。そう思うと、わたしの中にお母様に対しての憎悪が膨れだした。まるで風船が膨らむように憎悪がわたしの中で膨れあがると、突然体に異変が起きた。わたしの体の内側から、何かがわたしを乗っ取ろうとしていた。わたしは藻掻き、必死に力を抑え込んだ。だけど、その力は元栓が壊れた水道のように溢れ、わたしを憎悪という感情に染めようと包み始めた。足、手、口まで憎悪が侵食してくると、わたしの魔力は暴走を始めた。これが、お父様の力だと理解するよりも早く、わたしの意識は憎悪に飲み込まれた。

 ……アン…… しっ……りして…… あ……たは……わた……のかわ……い……むす……

 目が覚めたのはどのくらい日にちが経過したのかしら。もうその感覚もないくらい、長い間眠りについていたのかもしれない。わたしは見慣れた天井を仰いでいると、ドアが開く音が聞こえた。入ってきたのは確か……サルース……だったかしら。真っ黒い髪に少しとがった目つきに派手なフレームの眼鏡をかけた女医は、わたしが意識が回復しているのを見るや否やサルースはわたしに抱き着いた。
「よかった……ほんっとうによかった……心配したんだか……もう……」
 その声は震えていた。なんで。わたしが目覚めただけでこんなに声は震えるのだろう。訳が分からず、わたしはサルースを引き剥がすとサルースは目を真っ赤にさせて泣いていた。なんで。
「決まってるでしょ。あなたが意識を取り戻したことが嬉しいからよ」
 なんで怒っているのかもわからないわたしは、冷たくサルースに相槌をうちベッドから起き上がる。頭にずきんとした痛みが走ったけど、他は特に問題はなさそうね。床に足をつけて立ち上がろうとしたけど、ふいに足の力が抜けてしまいその場に座り込んでしまった。おかしいな。今までこんなことなかったのに。ベッドに掴まりながらもう一度立とうとするも、やっぱり足に力がうまく入らなかった。
「あなた、どれだけ眠っていたと思うの? 二週間よ。筋力だって衰えるわよ。だから、今は無理しないでベッドに横になっていなさい。これは、医者である私からの命令です」
 抵抗してもきっと無駄なんだろうなと思ったわたしは、今はサルースのいう通り横になることにした。だけど、そんなに眠っていたのね。やっぱり実感のないまま枕に頭を載せ、また天井を仰いでいるとサルースが「そうだ。言い忘れていたわ」と発した。
「あなたにお客さんが来ているわ。呼んでくるからそのまま待っていなさい」
 いったい誰がと聞こうとしたけど、その前にサルースは部屋を出て行ってしまい聞くことができなかった。仕方ない。誰だかわからないけど、そんな物好きな人の顔を拝んでやるわ。とんとんと階段を上る音が聞こえ、わたしの寝ている部屋の前で足音は止んだ。こんこんとノックをしてから少し間を置いてから「……入ってもいいかしら」というか細い声が聞こえた。わたしは一言「どうぞ」とだけ言うと、ゆっくりゆっくりとドアを開けて入ってきた人物にわたしは驚いた。
「ら……ラプン……ツェル?」
「お……覚えててくれたの? 嬉しいわ。シアン」
 いつだったかしら。一緒にお茶を飲んだ人物ラプンツェルだった。わたしはお母様が嫌い、だけどラプンツェルはお母様が大好きという正反対の意見を持っていてお互いに思いをぶつけた覚えがあった。まさかラプンツェルが来るだなんて思っていなかったわたしは、まだ万全でないというのを忘れ上体を起こした。
「無理しちゃだめよ」
「でも……うっ」
「ほら。もう少し体を休めないと」
「……そうね」
 ずきんとした痛みが頭に走った。わたしは頭を抱えているとラプンツェルはわたしの頭にそっと手を当てた。なぜだろう。ラプンツェルのいうことは素直に聞ける。不思議ね。それから少しの間、ラプンツェルと話をして気持ちを落ち着かせ、だいたい呼吸も元の状態に戻るとラプンツェルは小さく頷き「だいぶ顔色がよくなったわね」といい、すっくと立ちあがった。
「また近いうちにくるから。そのときは、また一緒にお茶しましょ。とっておきの茶葉が手に入ったの。ぜひ、あなたと一緒に飲みたくて」
 ラプンツェルのきらきらした笑顔にわたしは拒否なんてできなかった。わたしはラプンツェルとお茶の約束をとりつけると、ラプンツェルは笑顔で手を振りながら部屋を出て行った。

 ぽつぽつ ぽつ

 なんてことがあったわね。それにしても……ラプンツェルはなんでこんなわたしなんかとお茶をしたいだなんて言うのかしら。変わった子よね。わたしはお母様が嫌いだけど、ラプンツェルはお母様が大好き。お互いの意見を言い合っている内に、今ではお母様のことがほんの少しだけ、許せるような気がするの。この魔力はお父様が授けてくれたことは確か。そして、その魔力を御してくれているのがお母様だとしたら……。
 あら。そういえば……魔力に飲み込まれそうなとき、どこからか声が聞こえたような気がしたけど……あれはもしかして……?

 コンコン コンコン

 誰かしら。わたしはゆっくり立ち上がりながら玄関のドアを開けると……。
「こんにちはシアン。お茶、しましょ」
「ら……ラプンツェル。本当に来たの?」
「ええ。だって私、近いうちに行くって言ったはずよ。ほら、クッキーもこんなにたくさん焼いてきたの。お母様直伝のレシピだから、味は保証するわ♪」
「それは楽しみね。さ、あがってちょうだい」
「お邪魔します。あのねシアン。紅茶もたくさん種類を持ってきたの。飲み比べするのもいいかなって」
「あら。それは素敵ね。じゃあ、お湯を沸かすから少し待っててもらえるかしら」
「じゃあ、その間にこっちも準備しておくわね」
 お湯を沸かしている間、わたしはふと窓の外を見た。そこには、今のわたしの心が映し出されているようなそんな青空が広がっていた。
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