カシスとハスカップのクラッシュソルベ

文字数 8,589文字

「そういえば、そろそろハロウィンの季節がやってくるね」
「……あぁ。もうその季節なのですね。なんともお早い」
 ホールではろうそくの明かりで紅茶を嗜んでいる悪魔─ラデルと、自作のスイーツに心弾ませている吸血鬼男爵─ガエタノ。永年の友人である二人はこうして時々、お茶を楽しんでいる。この時の季節は丁度、(下界でいう)秋というもの。それは子供たちが仮装をし、村を歩き回りながらお菓子を集めるちょっとしたお楽しみ会である。そこで何かを思いついたガエタノはスイーツを口に運んだ時とは違った嬉しそうな笑みを浮かべ、ラデルに相談をした。
「ちょっと相談があるのだが……聞いてくれるかね」
「もちろんでございます。如何されましたかな」
 ガエタノが持ち込んだ相談を聞いたラデルは、あぁと感嘆の声を出した後すぐに支度しますと肯定の意を表すと、一人キッチンへと向かっていった。ホールに残ったガエタノは髭をいじりながらどうやった趣向で楽しませようか、胸を弾ませていた。

「……なんでぼくがこんなことしないといけないんだ……」
「……これは……」
「あら。素敵なお屋敷ですね」
 手紙を受け取った(と思われる)人物が、ラデルの屋敷に招かれた。全てを見通す魔眼を所持する少年─カミュ、友達と仮装をするために準備をしていた冥界の案内人─アゲハ。そして、こちらもハロウィンの支度で大忙しだった妖魔─ラビリー。今もラビリーの手には子供たちに渡すお菓子をつめこんだバスケットを持ったまま、ここへ到着してしまった。彼女の魔力によって生み出された大きな手のような使い魔─ファミリアもラビリーと同じバスケットを持っていた。
「……あら。ここは……目的地と違うわ……」
 冥界の住人から朴念仁(無口で愛想がない人)と言われるアゲハ。誰かが驚かせてもぴくりとも動かない眉毛、驚かせた方を逆に恥ずかしい思いをさせてしまうことは日常茶飯事で、そんな彼女の眉毛だけでも動かしてみせようとなぜか奮起する冥界の住人を冷ややかな目線で見つつ、友人の刀巫女のセンとお茶をすする。普段、決して会うことのないセン……それが数奇な運命というものはあるもので、過去に冥府に案内しようとアゲハが地上に舞い降りたとき、センは白巫女装束は返り血に染めてそこに立っていた。どうやらセンが討った人物を迎えるようだ。番傘を広げてふわり舞い降りたアゲハにセンは驚きもせず、ただまっすぐアゲハを見据えていた。
「……すまない」
「……?」
 開口一番、センは謝罪をした。それは討った者に対してなのかアゲハに対してなのかは全く分からなかった。
「私は、この者を討った刀巫女のセン。訳あってこの人物を討った者。しかし……私は罪を犯した。巫女ともあろう者が神器である刀で殺めてしまったことを……さぁ、私の罪も裁いてくれないか」
「……」
 落ち着いた口調で話すも、その内容には自分に対しての怒りが含まれており、自分も冥界にて裁きを受けるというのだ。しかし、本来は罪を犯した者が命を落とした場合のみに裁きを与えるもの。このセンという巫女は罪を犯したとはいえ、まだ命はある。勝手に裁くことはできない。
「……さぁ、早く私を裁く場所へと連れってくれないか」
「……待って」
 滅多に口を開かないアゲハが口を開き、あなたを裁くことはできないと告げるとセンは激昂しアゲハに怒気と悲涙をぶつけてきた。いくらセンが言おうともそれはできないと何度も繰り返すと、センは諦めたのか手から神器が滑り落ちカランと乾いた音をたてた。その音はセンの心の何かが折れたようにも聞こえたがアゲハは構わずセンが討った者の魂を手招き、彼女の周りを飛んでいる蝶に託す。泣き叫ぶセンを背にし、飛び立とうとしたとき、アゲハに気まぐれの風が起きた。地に伏しているセンに近付きしゃがむ。そして、聞こえるか聞こえないかの瀬戸際な声でこう言った。
「もし、あなたがそれを罪だと思うのなら……ちょっとわたしに付き合ってくれるかしら」
「……?」
 アゲハが番傘を回すと、露先からたくさんの蝶が舞いセンを包み込む。蝶と共にセンの肉体は舞い上がりみるみる地上から遠ざかっていく。このとき、センはこの世界に別れを告げた。
 蝶が光に変わり、光の中からセンの肉体が現れる。辺りを見回すセンは自分が生まれ育った場所ではないと瞬時に理解をする。そして、何も言わず歩くアゲハについていき、辿り着いた先がアゲハの自宅だった。簡素な造りの自宅に招かれたセンはおそるおそる門扉を潜り中へと入る。無言で出されたお茶を飲み、しばらくしているとアゲハが口を開いた。
「あなたがそれを罪だというのなら……わたしのちょっとしたわがままに付き合ってほしいの」
「……」
 時間が経つにつれ、それを理解したセンはしばし朴念仁と呼ばれる彼女とのお茶を楽しんだ。用が済んだアゲハはセンを地上に戻すといい、小さな鈴を手渡した。お茶をしたいときはこの鈴が鳴るからといい、番傘を広げて小さく舞った。もう二度と帰ることはないと思っていたのだが、こうして戻れることになったセンはいつしかアゲハとのお茶の時間がなによりも楽しみになり、地上では「はろうぃん」という催しがあることを教える。センはアゲハにひとつ織物を持って出向きそれをプレゼントした。
「これをわたしに……? そう……感謝するわ」
「似合ってる。良かったぁ。それじゃあ、一緒に街へ行ってみよう」
 と、そこへ蝶が手紙らしきものを運んでやってきた。それを手にした瞬間、アゲハは黒い光に包まれて消えた。

 ラビリーもカミュもこれから大事な用事があるというときに手紙が届き、気が付いたらここにいたという。帰り方もわからない以上、どうしたものかと悩んでいると、屋敷の門扉がキイと小さく音を発した。ラビリーがそっと押してみると、ゆっくりと開き屋敷への道が開かれた。庭を通過し、ドアチャイムを軽くコンコンと叩き様子を窺うも反応はなく、しばらくしてから再度ドアチャイムを叩くと低くくぐもった声が聞こえた。
「……中に誰かいるみたいです」
「……」
「……」
 ゆっくりとドアノブを回し、扉を開けると暗がりの玄関ホール、中央に首を垂れた一人の人物がいた。ゆっくりと頭を上げ目が合うと、その目は紅く、綺麗に整えられた髭に、ぱりっと着こなしたタキシードの上からでもわかる強靭な肉体の男性─ガエタノがそこにいた。
「ようこそ。秋の宴へ」
「秋の……うたげ?」
 不思議そうに首を傾げるカミュをそのままに、ガエタノはむっふっふと言いながら指をパチンと鳴らす。途端、屋敷内が怪しい色を帯び暗くてわからなかった玄関ホールにはこうもりを模したガーランドや大きなかぼちゃをランタン代わりにしていたりとまるで屋敷全体がハロウィン仕様になっているかのようだった。
「秋の宴、即ちハロウィンパーティーの始まりである!」
 ハロウィンパーティー開催を宣言したガエタノは再度、指を鳴らすと自身の服をハロウィン仕様へと変化させた。さっきまではぴしっとしたタキシードだったのだが、今は遊び心溢れる狼男へと変わった。獣耳のカチューシャ、尖った犬歯のマウスピースを咥え、もふもふの獣の手袋を装着し肩にはハーフマントをなびかせていた。拍手するラビリー、呆れるカミュ、そして眉一つ動かさないアゲハと様々だが、まずは雰囲気から入るのが大事だとガエタノはラビリーとカミュを衣裳部屋へと案内した。残ったアゲハは持っていた小道具が寂しいと感じたガエタノは別室に招いた。各自準備が出来たら部屋から出てきてくれと言うとラビリーはうきうきしながら、カミュは渋々といった様子で衣裳部屋へと入っていった。
「あら、これなんかどうですか?」
「ぼ……ぼくに触るなっ!」
「こういうときは楽しんだ方がいいですよ!」
「だからって……気安く触るなっ」
 衣裳部屋からは二人の声、別室では何も聞こえないが(多分)色々と選んでいるのであろうアゲハが格闘をしていた。あれこれ選んでいる二人の声はちょっとした親子の会話に思えたガエタノはくすりと笑った。途中ばたばたと音をたてているときもあったが、今は静かになり先に出てきたのはラビリーとカミュだった。
「……ほほぅ……これは見事な組み合わせだ」
 ラビリーは胸元があいたシックなドレスに黒のレースの手袋、レザーショートブーツでコーディネートされていた。一方、カミュは元々がゴシック調の服を着ていたのでラビリーは敢えて着替えをさせずに頭にワンポイントのミニシルクハットをかぶせ、杖を持たせただけなのだが中々様になっていてガエタノは思わず唸った。
「これは、ラビリー殿がコーディネートを?」
「はい! お着換えはしなくてもいいと思いまして」
「……(恥ずかしいだろ)」
 もじもじしながら顔を赤らめるカミュににんまり笑うガエタノ。どこかできいたことがあるが七五三という儀式がどこかであると……そのときもこのような出で立ちなのだろうかと考えていると別室から扉が開く音が聞こえた。出てきたのは黒い布地にオレンジ色のフリルが付いた傘に、ジャックランタンを模したかぼちゃのバケツ。シンプルでありながら華やかな出で立ちにガエタノは拍手をした。
「ピッタリなチョイスだ。これで宴もより華やかになるだろう。さぁ、諸君。会場はこちらだ。ついてきたまえ」
 ガエタノが玄関ホールからメインホールの道すがら、廊下に飾られている絵画の紹介をした。おどろおどろしいものから笑顔弾ける可愛い絵画まで、ハロウィンに相応しい数々の絵画を紹介し終え、いよいよメインホールへ。
「さぁ、ここが今日の宴の会場だ。好きなものを好きなだけ楽しんでいってくれ」
 メインホールには小さなテーブルが点在し、そのテーブルの上には一口サイズのお菓子がずらりと並んでいた。そのテーブルの真ん中には見知らぬ悪魔が立っていて、その腕には大きなバスケットがぶらさがっていた。
「皆様。本日はハロウィンパーティーにご参加いただき、誠にありがとうございます。私はラデルと申します。お見知りおきを……」
 自己紹介を簡単に済ませ、深々とお辞儀をするラデルに三人もそれに応えてお辞儀をする。カミュはラデルの腕からぶらさがっているバスケットが気になり質問をした。
「その……バスケットの中身は……なんだ?」
 ラデルはご説明いたしますと言い、カミュに会釈をした。
「本日、ハロウィンパーティーの催しといたしまして、『トリックオアトリート』を開催したいと思います。ルールは非常にシンプルなもです。私に『トリックオアトリート』と仰ってください。私は『ハッピーハロウィン』と言ってお菓子をプレゼントいたしますので、奮ってご参加ください。制限はありません。お菓子もたくさんご用意しておりますのでご安心ください」
「ラデル君のお菓子は一級品だ。ぜひ参加したまえ」
真っ先に参加したのはラビリーだった。小走りでラデルに近付き「トリックオアトリート」と言うと、ラデルはバスケットからお菓子の包みを手渡し「ハッピーハロウィン」と返した。お菓子を受け取ったラビリーは嬉しそうに微笑みがさがさと包みを開けた。中からはかぼちゃやおばけを模したクッキーが現れた。
「あら可愛い! いただきますっ」
 サクサクとした音は少し離れているところからでも聞こえるくらいだった。それに続いてアーモンドの香ばしい香りが追いかけてきて、食感や香りでも楽しむことのできるなんとも楽しいお菓子だった。
「美味しいですよ! ほら、カミュさんもアゲハさんもぜひ!」
「おっ……押すな!!」
 強制的にラデルの前までずずいと押されたカミュの顔は真っ赤になり、もじもじしながらラデルにあの言葉を言った。
「と……トリックオア……トリート」
「ハッピーハロウィン」
 受け取ったとき、カミュの顔が更に真っ赤になりラビリーはあららと言うもどこか楽し気だった。そして最後にアゲハがラデルの前に立ちあの言葉を言う。
「トリックオア……トリート……?」
「はい、ハッピーハロウィン」
 全員がお菓子を受け取り、いよいよパーティーは本格的になりガエタノがまた指を鳴らすとどこからともなく闇の住人が現れ三人を驚かす。(この時ばかりはアゲハも小さな悲鳴があったとかなかったとか)
「安心したまえ。今日のために来てもらった所謂ダンサーというものだ」
 半透明の紳士淑女が互いに手を取り合い、華麗な円舞曲を踊る。円舞曲を踊っている最中、どこからともなく演奏が入り踊りに更なる優美を添える。ラビリーとアゲハただただ美しいその舞に魅入られ、カミュはリズムを刻むように小さくを手を叩いている。嬉しい気持ちが最高潮になったラビリーは手を叩いているカミュの腕を掴み輪の中に加わる。
「えっ……あっ……えっ??」
「カミュさん、せっかくなので踊りましょ」
「ぼ……ぼくが踊れるわけ……」
「大丈夫です。実は、私も踊るのは初めてなんです」
 小さく舌を出し悪戯っぽく微笑むと、演奏に合わせてステップを踏み出す。引っ張られるようにされながらもカミュも必死に足を動かす。
「あ……ああ……む……難しい……」
「でも、できてますよ! こうやって……こうやって……うふふ。楽しい」
 徐々に踊れるようになった二人をじっと見つめるアゲハのもとに、獣姿のガエタノがそっと近づき恭しくお辞儀をした。
「麗しきマドモアゼル。我輩と一緒に円舞曲と踊ってはいただけませんか」
「……わたしが?」
 初めてのことに戸惑うアゲハにそっと寄り添い、手を差し出す。アゲハはおそるおそるガエタノの手を取ると、それを軟らかく握り簡単ななレクチャーを始めた。
「まずはリラックスすることが大事ですぞ。それから、マドモアゼルは我輩の腕に手を、そして我輩はマドモアゼルの背中に手をなのですが……添えてもよろしいかな?」
「……ええ」
「では……。そして、ステップはお互い右足を一緒に出しながら……そうそう。上手ですぞ」
 なんとなく動かしてみて、踊れるようになったアゲハは段々と楽しくなり自然と笑みがこぼれるようになっていた。ラビリーとカミュ、アゲハとガエタノがホールで舞う中、ラデルは簡単な食事の準備を進めており、終わったらいつでも楽しめるようにしていた。
 演奏が鳴り止むと同時に、全員がびしっとポーズを決めて華やかな舞踏会は幕を閉じた。真っ先に拍手をしたのはラデルで、それに続き全員が拍手をしホールを賑やかにした。ダンサーたちも嬉しそうに微笑みながら拍手をしているのをみて、三人は更に嬉しくなった。
「皆様。素敵な舞踏会をどうもありがとうございます。こちらにて軽食をご用意させていただきましたので、どうぞお楽しみください」
 三人はいつの間にか用意されている軽食に驚きながら、テーブルへと近づく。がぼちゃのパイ、甘芋のタルト、ミートキッシュ、おばけのプチケーキなどラデルとガエタノが腕によりをかけて作ったメニューで更に三人の心をも楽しませる。
「これ……可愛いですねぇ。食べるのがもったいないくらいです」
「……ほんとだ……かわいい……」
「……いいのかしら? もったいないわ」
「遠慮せずにお楽しみください」
 意を決し、三人は可愛いプチケーキを頬張る。口に入れた瞬間、三人の顔が幸せに満ちた表情になり一斉に「美味しい」と漏らした。それに心を許したのか、カミュの態度もいくらか緩み楽しそうにしている様子が伺えた。ラビリーに至ってはダンサーたちと踊ったり語らったりしていたり、アゲハもこの屋敷に来る前に比べて表情が柔らかくなり、今では自然な笑みを浮かべながらスイーツに興じている。
「……この企画は大成功かな。ラデル君」
「ええ。大成功ですね」
 三人の客人と、今回特別に呼んだダンサーたちの顔はみな楽しそうだった。飲食を共にし、語らい時には踊ったりとまぜこぜではあるが、それでも自分たちが好きにアレンジして楽しんでいる様子を二人は満足そうに微笑んだ。

「あ……そろそろ帰らなくては。子供たちが待っています」
「……ぼくもだ。えらく煩い客が来るって言ってたっけ……」
「……わたしも」
 はっと気が付いた三人はそろそろ自分の場所に帰らないといけないことを思い出した。せっかく楽しい時間を共有できたと思ったのにとラビリーは呟くも、自分の世界では子供たちがハロウィンを楽しみにしているということとなると、帰らざるを得なかった。
「おやおや。もうそんな時間かね……しかし、心配されるな。ここで過ごした時間は現世には全く影響が出ない。だから、焦って支度をしなくても平気だ」
 そのことに安心したのはラビリーで、彼女は一礼をしてからメインホールから着替えをした部屋へと駆けこんだ。それに客人がくると言っていたカミュ、口にはしなかったがこの衣装をくれた喫茶友達のセンが待っていることを考えると、アゲハも別室に移動し借りた小物類を戻しに入っていった。今はダンサーとラデル、ガエタノがさっきまで賑やかだったメインホールを眺めていた。
「出会いがあれば……ってやつかね。やはり少し寂しい気もするが……」
「そうですね。またご縁があればお誘いしましょう」
「そうだな。では君たち、お見送りを手伝ってくれるかね」
 ダンサーたちはもちろんとばかりに力強く頷き、次々に玄関ホールへと飛んで行った。一般の人物であれば人魂が飛んでいるようにも見える光景も、魔界の住人からすれば「ただ人が楽しそうに飛んでいる」というだけの感覚だった。二人も客人の三人を見送るため玄関ホールへと向かう。

「お世話になりました。おかげでとっても素敵な時間を過ごせました」
「あ……ありがとう……」
「……感謝するわ」
「ぬっふっふ。気に入って貰えたようだ。そうだ……君たち、そこへ並んでくれるかい」
 ガエタノがダンサーと三人を玄関ホール中央に集め、何かを取り出した。四角い箱のようなものでハンドルをきりきりと巻き始めた。かちりと音が鳴ると、ガエタノは合図をしたら笑うよう指示をした。
「笑うって……」
「もうカミュったら……ほら、こうやって」
「……こうかしら」
 ガエタノが合図をするのと同時に、四角い箱から閃光が焚かれ眩しさのあまりに三人は目をつぶる。しばらくして四角い箱から薄い何かが出てくると、三人はそれを覗き込む。
「うむ。上手く撮れているな。これはあとで全員分送るから安心したまえ」
 白い紙の中に更に黒い四角く囲われた部分が、時間と共にはっきりしそこには三人とダンサーが笑って映っていた。今は一枚しかないがそれをガエタノが人数分に増やしてそれぞれの世界に送ってくれるのだそう。記念になるものを残したいと考えていたガエタノは、さっきそれを思い付き実行したのだが思いのほか上手くいった。
「それと皆様にお土産でございます」
 ラデルは人数分のお菓子を用意してくれていた。どれもさっき食べたお菓子ばかりで、一番喜んでいたのは(意外にも)カミュだった。人数分渡し終えると、ラビリーだけが不思議な顔をしていた。
「あの……なんで私だけこんなにたっくさん……?」
「ラデル君は人数分と言ったはずだが……少なかったかね」
 ラビリーとラビリーのファミリアが持っていたバスケットには更に溢れんばかりのお菓子が入っていた。確かに人数分とは言っていたが……もしかしてと思いラビリーはラデルに尋ねた。
「もしかして……子供たちの分も……ってことですか?」
「はい。そのつもりでご用意させていただきました」
 まさかそこまで配慮してくれるとは思っていなかったラビリーは、一旦バスケットを置きラデルに深くお辞儀をした。
「こんなにたくさんのお菓子……ありがとうございます。子供たちもきっと喜んでもらえると思います」
「それはよかったです。私もその笑顔を見てみたかったのですが……」
「次、お会いしたときに子供たちがどんな様子だったか報告させていただきます!」
 また会えることを楽しみにしていますとラデルは言い、ラビリーは玄関のドアノブに手をかけ、開いた。最後にラビリーはカミュとアゲハ、ラデルにガエタノ、そしてダンサーたちににこっと笑いかけ一歩を踏み出すと静かな水面に雫が落ちような波紋が浮かんだ。そしてラビリーの姿はその波紋に吸い込まれ消えた。
「……それじゃあ、ぼくも戻るよ。……楽しかったよ」
 はにかんだ笑顔を見せながらカミュも波紋に吸い込まれ消えた。最後に残ったアゲハも二人とダンサーにお礼をしてから波紋に吸い込まれていった。

 後日。相変わらずアゲハはセンとお茶を飲んでいると、文机にかさりとした音が聞こえた。何かと思ったアゲハはさっきまでなかった白い封筒に目をやる。差出人は不明……だが、この匂いはと思い封を開ける。するとそこに小さな便箋と白い紙のようなものが同封されていた。
「素敵な思い出になれたことを嬉しく思う ガエタノ」
 美しい文字で書かれた便箋に、みんなで撮った紙(後にそれは写真というものだとわかる)は朴念仁と言われたアゲハに小さな変化をもたらした。
「ねぇ……セン。実はこの前ね……」
 普段、自分から話題を振ることなどないアゲハが、センにこの前あった不思議な出来事を話し始めた。怪しくも可笑しいだけど美しかった、あの日の出来事を……。
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