太陽の宝石【竜】

文字数 3,701文字

 わたしの元に一通の手紙が届いた。少し汚れた封筒の表には何も書いておらず、裏を返してみると書き慣れていない文字で「ラエフォート」と書かれていた。可愛らしいシールで封がされた封筒を丁寧に剥がすと、中から小さな便箋が一枚だけ入っていた。「姉ちゃんに渡したいものがあるから、悪いけどここまで来てほしい」と綴られた便箋を見て、わたしは首を傾げた。わたしに渡すものとは一体なんだろう。疑問に思いながらも、誘われている以上、赴かなくてはと思い手早く身支度を済ませ、便箋に書かれている場所に向かうことにした。
 ラエフォート。竜人属の少年で、いつも元気に走り回っていてどこか自信たっぷりな笑顔が前から気になっていた。自分より倍以上もある相手にも絶対に怯まない強い心と、得意の槍を武器に戦っている姿は少し冷や冷やさせられる部分もあるが、彼が笑顔で戻ってくると安心感とともに嬉しさもこみあげてくる不思議な感覚だった。そんなラエフォートには少し年の離れたお姉さんがいると聞いたことがある。なんでも病気を患っており、その治療費を彼が賄っているという。ラエフォート曰く「姉ちゃんにはいっつも世話になってるからな。恩返しがしたいんだ」と嬉しそうに話していた。
 目的の場所─竜の世界に到着し、書かれた目印を頼りに歩いていると、そこにはいつも動きやすそうな軽装備なラエフォートではなく、年頃に見合った服装のラエフォートがいた。袖の部分から胴にいくまでに濃厚な青から爽やかな青色へと変わっている半そでのシャツに、純白のハーフパンツ、靴はきりりと黒いものを選んでいた。ラエフォートは何か鼻歌を歌いながら選んでいるようにも見えて、わたしはゆっくり近付き声をかけた。すると、ラエフォートはわたしの声に少し驚きつつもすぐににこっと笑い、挨拶をしてくれた。
「あ、姉ちゃん! 来てくれたんだ! ありがと!!」
 笑っている顔がまるで太陽のように眩しいラエフォート。なんだかこっちまで笑っちゃいそう。何をしているのか尋ねると、そこには数えきれない程の山盛りフルーツがずらりと並んでいた。中にはカゴから溢れて零れてしまっているものもあるが、どれも十分に熟していて美味しそうに見えた。真っ赤な果実や、夕日と同じ色の果実や反対に真っ黒な夜の色をした果実と多種多様だった。それらをラエフォートは持ってきたカゴにひょいひょいと盛っていく。最後に桃色のリボンで取っ手部分を結びながら「うん」と頷いているラエフォート。なんか戦っている姿とは別で、とっても可愛く見えてしまうのは……この洋服のせいなのかしら。きっとそうだと自分に何度も言い聞かせ、また鼻歌交じりに歩き出すラエフォート。わたしは慌ててラエフォートの後についていくと、少し小高い丘をずんずんと進んでいった。わたしも必死にラエフォートについていこうとしても、中々距離が縮まらない。気が付けばラエフォートはわたしの何歩も前にいて追いつけなかった。さすが竜人の子は体力があるなと感心しながら、わたしは途中にあった大きな木の下に腰を下ろし呼吸を整えた。少し休めばきっとまだ間に合うと思い、大きく息を吸って吐いてを繰り返していると、遠くで何かが聞こえた。何だろうと思い、しばらく待っていると、奥から点になっていたものが段々と一人の姿に確認ができ、更に近付いてくるとそれがラエフォートだということがわかった。ラエフォートはひどく焦っているようで、額には大きな汗を浮かべながら猛スピードでこっちへ向かってきていた。そしてわたしの目の前で立ち止まると、大きな声で「姉ちゃんごめんなさい!」と謝ってきた。
「勝手に突き進んじゃって本当にごめんなさい!」
 見ているこっちが申し訳ないと思うくらいに何度も何度も頭を下げて謝るラエフォート。わたしは怒ってないよと言うも、ラエフォートは譲らなかった。わたしはどうしたらラエフォートは顔をあげてくれるかなと考え、一言。
 
 ラエフォート。笑ってほしいな。わたし、ラエフォートの笑顔、大好きなんだ。
「え? おれの?」
 うん。わたし、ラエフォートの笑顔を見てるとすっごく元気が出るんだ。お願い、できる?
「ね、姉ちゃんがそういうなら……」
 ちょっと悪戯っぽかったかなと思いながらも、それでもラエフォートは満面の笑顔をわたしに向けてくれた。一瞬でに満開になったヒマワリのような笑顔が、わたしの疲れを一瞬で吹き飛ばしてくれた。わたしはすっと立ち、ラエフォートに「おかげで元気が戻ってきたよ」とアピールをすると、ラエフォートは少しだけ目に涙を浮かべていた。涙をごしごしと拭き、ラエフォートはまたにこっと笑い今度は一緒に丘のてっぺんを目指した。ラエフォートの手は優しい温もりに満ちていた。
 ラエフォートと一緒に丘のてっぺんに着くと、空に純粋な青のレジャーシートが広げられていた。雲一つなく、心地よい風吹く丘のてっぺんは今までに訪れた場所の中でもとびきり気持ちがよかった。わたしはうんと背伸びをし、心地よい風を体の外だけでなく中にも思い切り取り入れた。ほんのちょっぴり土の湿り気が鼻をくすぐり、ふうと息を吐きだすと背後から「姉ちゃん!」と元気な声が聞こえた。振り返ると、ラエフォートがわたしに大きなカゴを差し出していた。そのカゴの中にあるものって、さっきラエフォートが詰めてたもの……それってわたしに渡すためなのと尋ねると、ラエフォートは力強く「うん!」と頷いた。
「はい! いっつも姉ちゃんには頼りっきりだから、今日は姉ちゃんにたっくさんのお礼を詰め込んだんだ!」
 大きなカゴいっぱいに詰め込まれた果実。どれもが芳醇な香りを発し、爽やかな風と混じりさらに薫り高く感じた。わたしはラエフォートから果実の詰まったカゴを受け取ると、果実の重さとは違ったラエフォートの気持ちも一緒に受け取ったように感じた。バナナやパイナップル、オレンジやマンゴー、リンゴなどラエフォートのイメージにぴったりな果実が所狭しと詰め込められたカゴをじっと見ていると、突然わたしのお腹がきゅーと鳴った。その音はわたしとラエフォートにしか聞こえていないにせよ、すごく恥ずかしかった。段々と恥ずかしさがこみ上げ、今にも逃げ出したかったけど、ラエフォートは笑わずにただ真っすぐにわたしを見ていた。
「えへへ。姉ちゃんもお腹空いたんだ。実は、おれもなんだ」
 ラエフォートはお腹を抑えながら笑っていた。わたしだけはないってわかって少しほっとしたけど、どうしようか。
「おれに任せて! 姉ちゃん、カゴの中から好きなもの選んで」
 わたしはラエフォートに言われるまま、カゴの中から適当に一つ果実を選ぶと、ラエフォートは腰から小さな矢じりのようなものを出して、果実を半分に切り始めた。そして、半分をわたしに手渡した。切ったばかりの果実からは天然のジュースが溢れていた。わたしはこぼさない様にラエフォートから受け取り天然のジュースをすすった。酸味の中にある果実の甘味が口いっぱいに広がり、売っているものでは出せない特別な味がわたしを満たしていった。
「へへっ! 姉ちゃん、いい顔してる! おれも姉ちゃんの笑顔、大好き!」
 そう言い、ラエフォートも天然のジュースをすすった。それから果実にかぶりついた。わたしも真似して果実をがぶり。ちょっと酸っぱいけど、その酸っぱさがなんとも心地よかった。それに、普段は一人で食べることが多いからか、二人で食べるのがこんなに幸せなんだって感じた。透き通る爽やかな風が吹く青いレジャーシートの下、食べる果実は今まで食べた果実の中で最高に美味しかった。

 果実を食べ終わり、少しの間ラエフォートと話をした。普段、戦っているときでしか顔を合わせないから、今こうして話せるというのはちょっと貴重だと思った。ラエフォートの話を聞きながら、今度はわたしの話をしながらと交互に話していくうちに空はあっという間に青からビタミンカラーへと変わっていた。心なしか風も少し冷たくなり、わたしは思わず体を縮こませた。そろそろ帰る旨を伝えると、ラエフォートは少し物足りなさそうな顔をしつつもわかってくれた。丘を下り、わたしが元の世界へと戻る扉の前まで一緒にきてくれたラエフォートに感謝をし、扉に手をかけた。すると、ラエフォートはまた果実を詰めなおし持ってきてくれた。
「はい! おかわり詰めてきたよ!」
 少年らしい笑みに思わずどきっとしてしまったわたし。一瞬、反応が遅れカゴを落としそうになるハプニングもあったけど、なんとか落とさずに済みほっと胸を撫でおろした。ラエフォートに何度もお礼を言い、扉に手をかけ中へと入った。最後まで手を振ってわたしを見送ってくれるラエフォートに届かないと知りつつも、何度もお礼を言った。ラエフォートが段々遠くなるのにつれ、わたしの意識も同じように遠くなっていき最後は真っ黒い幕に覆われた。

 自分の世界に戻ってきたわたしは、自室に戻りカゴの中から溢れる香りを満喫した。その香りはあの爽やかな空を思わせる、甘酸っぱさでいっぱいだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み