☆甘さと酸味が絶品♪真っ赤なりんご飴【魔】

文字数 5,344文字

「骨三郎。あっつい」
「……だなぁ……」
「あーーーーーーーーーーーー」
「おいアズ。扇風機にあーーーやるノ禁止ぃ!」
「えー」
「えーじゃない!」
「骨三郎……うるさい」
「……つっこむ気力もおきないナ。こりゃ」
 銀色の髪をアップにし、頭頂部でまとめている死神の少女─アズリエル。普段はお気に入りの黒のパンク衣装なのだが、今日はいつもと雰囲気が違い、透き通るような白のワンピース姿だった。その隣でアズリエルと一緒にぐったりしているのが、本名がとても長くてアズリエルにいつも略されている頭蓋骨の浮遊霊─骨三郎。緑色の板状の上でごろごろと転がりながら外の田園風景を眺めているだけなのだが、額から伝う汗は滞ることを知らない。時折吹く風に揺らめいた風鈴がちりりんと音をたてるのだが、それも心なしか乾いて聞こえてしまうほどの暑さに二人は身動きすることすらできなかった。


 アズリエルのわがまま─涼しいところに行きたいというざっくりとふんわりとした注文に頭を悩ます骨三郎が選んだのは、異国の田園風景だった。あたりは山々に囲まれセミと風の声が心地よいのどかな雰囲気にアズリエルの胸は高鳴っていった。しかし、その高鳴りはそう長くは続かなった。なぜならば、日陰が少なく風が日差しによって温められているのか、いくら風が吹いても涼しくないのだ。
「……あっつい……」
「……ああ。まさかこんな暑さニなるなんて……」
 幸い麦わら帽子を持っていたアズリエルは深くそれを被り、なるべく日差しが頭部に入らないように防ぎながら田園風景の中を歩いた。ほどなくして集落が見えたアズリエルは「あっ」と声を漏らし、指をさした。それに気が付いた骨三郎も「おっ」と声をあげ「まずはあそこを目指そうゼ」というと、アズリエルは小さく頷き集落を目指し再び足を動かした。

「ついたー」
「思ってたより……遠かったナ……。でもまぁ、誰カいる……はず」
「すいませーん」
「って、アズさん? 早すぎません???」
 集落に入ったアズリエルは誰かいないか声をかけていると、何件目かの家の中から老夫婦が玄関からひょこっと顔を出した。
「どちらさんかな?」
「あたし、アズリエル。こっちは骨三郎」
「こ、コラ! いきなりすぎるだろ。すいませんね、うちのアズが」
「おやおやおや。来客かな。これは珍しいことがありますね婆さん」
「ええええそうですね。爺さん。さささ、中に入って冷たい麦茶でも飲みなさいな」
 老夫婦は嬉しそうに顔をくしゃりとさせながら二人を家へと招き入れると、冷たい麦茶の入ったグラスを二人に用意した。玄関で履物を脱いでから中へ入ると、外とは違いひんやり冷たい板の間を通り抜けると大きな居間へと通じていた。中は緑色の板状のものがきっちりと敷き詰められていて、そこからはなんとも清々しい香りが二人の鼻孔をくすぐった。
「なんかふかふかしててきもちいい」
「畳は初めてかな? ここに寝っ転がってごらん。こうやって、ごろーん」
「ごろーん」
 お爺さんが畳に寝転がると、それを真似してアズリエルもごろんと寝転がった。天井が高く見える感覚と足からすすすと通っていく外気にアズリエルは「おー」と声をあげた。
「なんかあっついそとはちがっていい」
「それにしても、こんな暑い日によくきたね。特に今日は暑いって言ってたから、あまり外に出てる人がいないから……」
「そういえば、だれもいなかったね」
「そうだな。こんなに暑いと出たくナイな」
 畳の上でごろごろ転がっているアズリエルとそれを静観している骨三郎の対比が面白かったのか、お婆さんはそんな二人を見てくすくすと笑った。
「あなたたち。見た時からそうだけど、本当に面白いわね。見ててなんだか癒されるわ」
 ふいにそんなことを言われ、アズリエルと骨三郎は互いを見合わせ「そう?」と首を傾げた。するとお婆さんはさらにくすくすと笑うと、それにつられお爺さんも笑い始めた。何が面白いのかわからない二人だが、二人が笑っている姿をただじっと見つめていた。

「そういえば、今日はお祭りがあるのよ。よかったら楽しんでいってね」
 麦茶のお替りを注ぎながらお婆さんが言った。お祭りという聞きなれない言葉にアズリエルがお婆さんに「おまつり?ってなあに?」と尋ねると、「この集落に住んでる人たちが集まって、ここに住まう神様を喜ばせる行事って言えばわかるかな?」と答えると、アズリエルはわかったようなわかんないような表情を浮かべた。
「まぁ、来てみればわかるよ。わしらはちょいと準備があるから出なきゃいけないんだけど、二人はゆっくりしてていいからね」
「そうそう。そういえばさっき箪笥の中を探していたら、アズリエルちゃんにぴったりな洋服を見つけたから、これに着替えましょ。外は暑かったし汗かいたでしょ」
「そういえば……せなかがつめたい」
「風邪ひく前に着替えちゃいましょ。サイズは……うん。ぴったりだわ」
「骨三郎……えっち」
「見てねぇよ!! はいはい。俺様はあっちに行けばいいんデショ。行けばいいんデショ! 行きますヨ!」
 骨三郎は壁をすっと通り抜け、どこかの部屋へと消えると、アズリエルはお婆さんから白いワンピースを受け取り早速着替えた。汗で湿ってしまった洋服をお婆さんに預けるとうんしょうんしょと言いながら顔を出した。窮屈でもなくそれでいてぶかぶかでもない丁度いいサイズにアズリエルは「ぴったり」と答えると、お婆さんは嬉しそうににっこりと笑った。
「よかったぁ。アズリエルちゃんの洋服は洗っておくからね。それと、爺さん。そろそろ行きましょうか」
「おお。もうそんな時間か。それじゃあ、悪いけど二人でお留守番頼むよ。麦茶は冷蔵庫にたっぷり入ってるから好きなだけ飲んでいいからね。あと、これをつけておこうか」
 お爺さんが銀色の装置のボタンを押すと、自動で首が横に動きながら風が吹いた。それに驚いたアズリエルと骨三郎にお爺さんは「これは扇風機だよ。暑いけど、これでちょっと我慢してね」といい、お婆さんと一緒にどこかへ行ってしまった。

「あっついね……」
「ああ……」
「でも……なんかきもちがいい」
「そうだな……今までとはチョット雰囲気が違うナ」
「うん……それに、おまつりっていうの……きになる」
「お祭りって……外でやるのか? あっつくて俺様はあまり外に出たくないナァ」
「じゃあ骨三郎はおるすばんする?」
「……そうハ言ってないダロ」
「じゃあいく?」
「……でもなぁ……」
 畳の上で寝転がりながら二人だけの声が響く居間。それと時折聞こえる風鈴の音色。扇風機から吹く風と外から吹く風に髪を弄ばれながら、アズリエルはいつの間にか深い眠りについていた。

 気が付いたときには、外はすっかり夕焼け色に染まっていた。あちこちでカラスが鳴きながら空を泳ぎ、セミの声もいつしかヒグラシへと変わり夜の訪れを教えてくれた。
「ん……もうこんなじかん。ふわぁあ。なんかよくねむれた」
「よっぽど疲れてたンダナ。いくら起こしても全然起きなかったンダカラ」
「そんなに? うーん。ぜんぜんわからない」
「でもまぁ、眠れたことはよかったジャネエか」
「うん。ところで、ふたりはかえってきた?」
「ああ。アズが起きる数分前にな。今は別の部屋で準備シテルって」
「そっか。あ、おまつりだ」
「そうそう。その準備って、アズさん。行動起こすのはっや!」
 ぴんときたアズリエルは飛び起き、いつでも二人が来ていいように準備しているとその最中、普段着とは少し違う衣装に着替えた二人が居間に入ってきた。
「遅くなってごめんね、アズリエルちゃんと骨三郎ちゃん。浴衣の着付けに手間取っちゃって」
「あ、おばあちゃんのそこおようふく。かわいい」
「そうだな。あまり見かけないモノだけど……なんか雰囲気あってイイナ」
「アズリエルちゃんも着てみる?」
「え? いいの?」
「もちろんよ! 爺さん、ちょっと待っててくれるかしら?」
「もちろんだとも。ささ、紳士の骨三郎君はこっちにきたまえ」
 こうしてアズリエルとお婆さんは浴衣の着付けへ、骨三郎とお爺さんは別室で待つことにした。

「アズ……」
「おまたせー」
「おいアズおっせ……あぁ……」
「お待たせしちゃったわね。ごめんなさいね」
「うむ。ぴったりだな。どうだいアズリエルちゃん。着心地は」
「うん。なんかさわやか」
「よかったー。お腹、きつくない?」
「うん。へいき」
「うんうん。それじゃあ、お祭り会場まで一緒に行こう。そこからは二人で楽しむといいよ。それと、はい。お小遣い。屋台っていうお店があるから好きなものを食べたり飲んだり遊んだりしてね」
 お婆さんはお金の入った巾着袋をアズリエルに手渡すと、アズリエルと手をつないでお祭りの会場まで一緒に歩いた。その姿はまるで夏休みを利用して遊びにきた子供と祖父母のそれだった。

「おお。なんか音楽が聞こえてきたぞ」
「あれが笛の音よ。それと、どんどんって音は太鼓っていうの。音はシンプルだけどそれがお祭りを盛り上げるのよ。それじゃあ、またあとで合流しましょう。お祭り、楽しんでね」
「おいしいものがたくさんあるから、一杯食べてきなさい」
「はーい。いってきまーす」
 お爺さんとお婆さんと一時別れ、二人がまず立ち寄ったのは真っ赤に熟れたりんごがずらりと並んだお店だった。どのりんごも透明な光沢を放っており、照明の効果なのかつやつや感が際立って見え美味しそうだと感じたアズリエルは迷うことなく「これください」とお姉さんにいうと、できたてを作ってくれた。
「お待たせ! がぶっといっちゃって!」
「いただきまーす。あうん」
 程よい甘さの飴の味とリンゴの酸味と甘みが口いっぱいに広がり、アズリエルは目を輝かせた。
「おいひい」
「ありがと! まだまだこの先にもたくさんあるからゆっくり見ていきなね!」
「はーい。ありがとー」
 美味しそうにりんご飴を食べている横で恨めしそうに見ている骨三郎。それに気が付いたアズリエルは骨三郎の口元にりんご飴を近付けると、骨三郎は顔を真っ赤にしながらそれを拒んだ。なぜ拒まれたのかがわかっていないアズリエルは首を傾げながらりんご飴を食べていると、今度は甘さではなく香ばしさの漂うお店がずらりと並んだエリアに入った。お好み焼き、焼きそば、イカ焼き、たまご煎餅など見たことのない食べ物にアズリエルは更に目を輝かせながら屋台に突入していった。
「おいおいアズ。そんなに焦るなヨ」
「うん。でもがまんできない」
 こうなったアズリエルを止める術がないことを知っている骨三郎は、アズリエルが収まるまでただただついていくことしかできなかった。やがて暴走が収まり、会場の隅のほうにあるベンチで一通り食べ終えたアズリエルはお腹をさすりながら空を仰いだ。
「けぷ」
「ちょっとアズさん、食べ過ぎなんじゃナイの?」
「そうかも。でもこうかいはしてない」
「はぁ。ちょっと休憩したらもう少し見て回るカ?」
「うん。そうする」
 ベンチの横……ではなく、アズリエルのすぐ傍で一緒に夜空を仰ぐ骨三郎。遮るものは何一つないまっさらな夜空に浮かぶ小さな瞬き。かつてこんなに澄んだ夜空でこの輝きを見たことがあったであろうか。いや、ないかもしれないと心の中でそう答えた骨三郎。それをこうして二人で楽しむことができていることに、骨三郎は幸せを感じていた。
「きれいだね。おほしさま」
「だな。最初はどうなると思ったケド……いいな。こういうのも」
「うん。おばあちゃんもおじいちゃんもいいひと」
「だな。何にも疑わず家に入れてくれたときはびっくりシタけどよ……でも、それが嬉しかったってのもあるナ」
「うん」
 田舎を選んだのは失敗だったかもと心のどこかで思っていた骨三郎だったが、結果は大満足だった。何より見ず知らずの二人に親切にしてくれたあの二人には感謝をしてもしきれなかった。そのとき、夜空に大きな赤い色の花が咲いた。遅れて大きな音が二人の体を震わせると、何とも言えない心地よさにアズリエルは「おお」と声をも震わせた。赤い色に続くかのように緑色の花や青色の花が夜空に打ちあがり消えていくのを見るアズリエルの瞳は、夜空に瞬く星々に負けないくらいに輝いていた。

「もう帰っちゃうのかい? 寂しいな」
「もう少しゆっくりしてもいいのに」
「ごめんね。そろそろかえらないと」
 昨日のお祭りから一夜明け、お世話になった老夫婦にお別れを告げると二人はアズリエルの手を握りながら別れを惜しんだ。
「またいつでも来てね」
「こんな田舎で良かったらまたおいで」
「うん。ぜったいくる。おせわになりました」
「骨三郎ちゃんもまた来てね」
「イイノか? またアズリエルが暴れちゃうぜ?」
「はっはっは。ここじゃ暴れても大ごとにならんから大歓迎じゃぞ」
「そっか。それじゃ、マタな」
 ぺこりと頭を下げ、二人に手を振り背を向けるとアズリエルはそのまま田園風景の中を黙々と歩いた。本当はもう少し過ごしたいという思いもあったのだが、きっとまたここに遊びに来ると誓ったアズリエルの頬はいつもよりも上がっていた。いつもと違う体験ができたことに心が満たされたアズリエルは、次はなにして過ごそうかと嬉しい悩みを抱えていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み