ぶくぶくもこもこグレープサイダー【魔】

文字数 3,488文字

 蝋燭の明かりが揺らめく小さな実験室の中、一人の少女が試験管を軽く振っていた。透明な液体はやがて紫色に変化し、次第にもこもこと泡立ち試験管から溢れ出た。もこもことした泡は少女の周りをまるで意思があるようにぐるりと回ると、白い目と口がうっすらと浮かび上がった。
「バブリー。こんにちは」
(こんにちは。ニーヴ)
 少女の名前はニーヴ。そして、もこもこの泡状の生き物はニーヴが生み出した生物バブリー。バブリーは言葉を発することはできないが、ニーヴと意思疎通を図ることはできるようでニーヴの言葉をきちんと理解し行動に移すことができる知性に優れた生き物である。
 きれいに整えられた黒い髪に赤いヘアピン。袖にはたくさんのフリルがついており、お世辞にも実験に向いている服とは言えないのだが、ニーヴはこの服を大変気に入っているようで衣装箪笥の中にはこれと同じ服がいくつかかけられている。大胆なスリットから見える太ももには、ニーヴが作った試験薬が詰まった試験管がいくつか仕込まれているのが見えた。これはいつでもバブリーを呼び出して相手を襲うことができるということなのだろうか……。バブリーは見た目の色からして毒々しく、一般の人なら近づくだけでも毒に侵されてしまうのだがニーヴは生みの親なのだからかその毒は一切通じることなく代わりにバブリーと気持ちを通じ合わせることができている。
 いつもこうして毎日、ニーヴはバブリーを呼んでは他愛のない話や実験に付き合ってもらったりとしているのだが、なんだか今日に限ってはそれがあまり楽しくないと感じてしまい、試験管を振る手がぴたりと止まってしまった。
(どうしたの?)
 バブリーが心配そうにニーヴの顔を覗き込んだ。バブリーが覗き込んだニーヴの顔はどこか悲しそうな雰囲気を含んでいて、それでいて苦しそうにも見えた。
「……っ。なにかしら……」
 胸に違和感を感じたニーヴは試験管を置き、くたびれた椅子に腰を下ろした。体調は万全なのだが、ニーヴはなんと表現していいかわからない不快感に頭を抱えた。
「なんなのかしら……この不快感は……」

 ことん

 ポストになにかが入った音に気が付いたニーヴは、ゆっくりと立ち上がりポストへと向かった。ふらふらと歩いていく様子を心配そうに見ているバブリーはどうすることもできず、ただ見守ることしかできなかった。やがてポストから何かを持って戻ってきたニーヴ。それはかわいくデコレーションされた封筒だった。差出人は「いちこ」と書かれていた。
「いちこ……? わたし、あまりよく知らないんだけど……」
 ニーヴは封筒を丁寧に開け、便せんに書かれている文字を目で追った。しばらくして読み終えたニーヴは便せんを閉じ封筒に入っている別の便せんを見て小さくため息を吐いた。
「なんで……あたしを誘ったのよ……」
 ぼろぼろのソファに腰を落としたニーヴの目には大粒の涙が浮かんでいた。
「あたしなんかが……参加して……いいの……?」
 ニーヴはしばらく子供のように泣きじゃくっていた。その様子を心配そうに寄り添うバブリー。

「ここ……かしら」
 必要だと思われるものを適当に詰め込んだバッグを片手に、便せんに書かれていた住所を頼りにたどり着いたのは、大きな建物だった。長方形の建物に小さな四角形が規則正しく並んでいて、その四角形からは明るい光が漏れていた。初めて見る建物にびくびくしながら進んでいくと勝手に開く扉に驚き小さな悲鳴をあげた。恐る恐る中へ入り便せんに書かれている数字を押すとしばらくして「はーい! 今開けますね!」といちこらしき人物の元気な声が小さな隙間から聞こえてきた。一体何なのだろうと思っていると目の前の扉が勝手に開き、またもや悲鳴を上げるニーヴ。はぁと大きなため息を吐き、ぐったりした様子で目的地へと向かった。
「ここ……ね」
 ニーヴは鈴のイラストが描かれたボタンをぐっと押した。しばらくして中からどたどたと足音を立てながらやってくる人の気配。緊張しながら待っていると、がちゃりと扉が開き現れたのは紫色の髪をした少女─いちこだった。いちこは少し息を切らしながらもにこやかな笑顔をニーヴに向けると「ささ、入って入って!」と部屋の中に招き入れた。
「お……お邪魔……します」
 初めて入る他の人の家のにおいにどきどきしながら、ニーヴは靴を脱ぎ奥へと進んでいった。広い部屋に出るとそこはカラフルな袋に入ったものがあちこちに散らばっていた。丸くて黒いもの、茶色くって四角いもの、黒いものが付着してる細長いものとか様々だった。
「今日はパジャマパーティーです! 楽しんでいってくださいね♪」
「ぱじゃま……ぱーてぃー?」
「あれ? パジャマパーティーって初めてですか?」
「えっと……そもそも、誰かにお呼ばれしたのが初めてなの……だから……まだよくわかってないの」
「そうだったのですね! ふっふっふ! パジャマパーティーというのはですね、お菓子を食べたりジュースを飲んだりしてお話を楽しむ会ですよ!」
 わかったようなわからないような説明に、とりあえず頷くニーヴはまずは着替えてくるよういちこに言われ、個室へと案内された。そこで持参したパジャマに着替え再び部屋に戻ると、さっきまでいなかった人物がニーヴに手を振っていた。
「うふふ。はじめまして。わたしはリィア。今日はご一緒できて嬉しいわ」
「わぁ! ニーヴさん、そのパジャマすっごいかわいい!!!」
 浅黒い肌に魅惑的な声に思わずどきりとしたニーヴは、おずおずと「よ……よろしくおねがいします」とお辞儀をすると、いちこに手招きされテーブルに案内された。
「さて、改めまして。今日はいちこの誕生日も兼ねたパジャマパーティーに参加いただき、ありがとうございます! では、かんぱぁい!」
「乾杯!」
「あ、かんぱ……い」
 グラスに注がれたオレンジ色の液体に興味津々なニーヴはくんくんと匂いを確認してから一口こくり。ほどよい酸味の後に甘味が広がり、ニーヴの顔が一気に明るくなった。
「おいしい……!」
「おかわりはまだまだありますからね! 遠慮しないでください♪」
「う……うん」
 続いてニーヴが手を伸ばしたのは、茶色くて四角いものだった。なんだろうと思って口に入れてみると、柔らかくって甘くって、ほんの少し香ばしくって美味しいお菓子だった。今まで食べたことのない食べ物に嬉しさが溢れたニーヴは思わず歓喜の声をあげた。
「なにこれ……おいしい」
「それはキャラメルっていうんですよー。ふにゃふにゃした食感が堪りませんよね!」
「あたしは……これが好きかしら。ふがしっていうのかしら?」
「黒糖の甘味がクセになっちゃいますよね!」
「え、気になる。もらっていいですか?」
「もちろんよ。はい、どうぞ」
 リィアからふがしと言われるお菓子を受け取り一口ぱくり。口に入れた瞬間、黒糖の甘味がじゅわっと広がるのと同時に柔らかくなり溶けていくのがわかったニーヴは、これまた味わったことのない味に感激をしていた。
「甘くってふかふかしてて……おいしい!」
「よかった! ニーヴさんもやっと笑ってくれました!」
「え? あたし……?」
「ええ。ここに入ってきたときは緊張してるみたいで、なんとなく表情が硬かったような印象だったんですよー。でも、お菓子を食べたときにそれがぜぇんぶ解消されたように感じたんです!」
「あたし……そっか……わかったわ……」
 ふがしを薄いペーパーの上に置き、ニーヴは今までのことを二人に話した。それは、ずっと一人で研究をしていて友達と呼べる存在がいなかったこと。いたとしても、今は試験管の中にいるバブリーだけで、ほかに心を通わせることのできる友達がいなかったことを告白すると、リィアは薄く笑みを浮かべながらニーヴの頬にそっと触れた。
「きっと辛かったのね。勇気を出してわたしたちに話してくれてありがとう。もうこれで、わたしたちは友達よ。なにか辛いことや苦しいことがあれば、いつでも頼ってね」
「そうです! もう今日から友達です! 私、ニーヴさんやリィアさんともっともっとお話してみたかったんです! だから、今日はめいっぱい語り明かしましょう!」
「うふふ。いいわよ。とことんお話しましょ。そのためにきたのだから」
「え……うん! いっぱいお話しましょ!」
 こうして三人はお菓子を食べながらジュースを飲みながら明けることのない夜を楽しんだ。とことん楽しんでめいっぱい話をして、眠くなるまで遊んで……。布団に入って眠るまでが夜でありここでは眠らない限り楽しい時間は続くのであった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み