はにかみ笑顔のハニワビスケット【魔】

文字数 3,005文字

「泥人形、泥人形はいらんかねぇ」
 物の怪が行き交う町の一角で、覇気のない声を発しながら怪しげな泥人形を売っている青年がいた。目の下には寝不足なのか立派なくまを浮かべ、顔にもなんとなく英気を感じられない。胸元が開いた衣はなんとなくやる気を感じさせない雰囲気を助長させていた。
 青年の名前はチェラスタ。陶芸家として働いていて、自分が作った泥人形を売りながら生計を立てている魔族の青年。性格は内気でストレスを溜めやすく、胸の内では常に強い破壊衝動を抱えている。今日はいつもの人気のない町から賑わいのある町へと移動したから、少しは泥人形も売れるだろうと思い、自分が作った泥人形をずらりと並べてみたものの一向に売れる気配がない。
「はぁ……売れないな。形がだめなのかな」
 自分で作った泥人形の一つを手に取り、自問してみた。泥人形はなんとも恐ろしい形相をし、まるで威嚇しているようにも見える。他にも何も考えていないような表情のものや、口をへの字に曲げたものと種類は色々と用意しているのだが、道行く人の視線はどれも冷たく興味のなさそうな溜息を吐きながら通り過ぎていくのに、チェラスタは頬杖をつき通り過ぎて行った人たちよりも何倍もの大きい溜息を吐いた。
「……売れないな」
 人通りもまばらになり、辺りに不気味な明かりが灯る頃には誰もチェラスタのことには目もくれず帰路へと就く物の怪が増えていった。これはもうだめだと判断したチェラスタはそそくさと泥人形を片付け、自分も工房へ帰る身支度を始めた。片付けている最中、チェラスタの胸に強烈な圧迫感を感じ、思わず小さな悲鳴が漏れた。「またかよ」と呟きながら胸元を抑え、収まるのを待った。深く息を吸い、吐きを繰り返すうちに痛みも引いていき、気分も落ち着いてきたチェラスタは残った泥人形を風呂敷に包み、町を後にした。

「……ちっくしょう。一個も売れねぇじゃねぇかよ」
 自分で作った泥人形を一つ掴み、壁に思い切り叩きつけた。ぱりんという破裂音とともに粉々に砕け散る泥人形を見るチェラスタの瞳は、何か暗く揺らめく炎のようなものが宿っていた。
「あぁ……ぶっ壊してぇなぁ……」
 破壊衝動に駆られたチェラスタは売れなかった他の泥人形を掴み、力任せに壁に叩きつけ次々に破壊していった。

 ぱりん
「次」
 ぱりん
「次っ」
 ぱりん
「次ぃい!!」

 次を掴もうとするも、その手は空を切り何も掴むことができなかった。チェラスタは何事かと思い視線を動かすと、そこには売れ残った泥人形は残っていなかった。
「……はぁ……はぁ……」
 泥人形がなくなったことにより、ようやく自分を取り戻すことができたチェラスタは「またやってしまった」と髪をくしゃくしゃしながら呟いた。もうこの癖はやめようと昨日誓ったのに、守ることができなかった苛立ちに、なんとも言えない衝動がチェラスタを貫いた。
「……くそっ」
 こんなことでしか自分の怒りを発散できないことにさらに苛立ったチェラスタは、作業場の椅子に座り材料を手に取った。冷たく冷えた泥がチェラスタの怒りをすっと引いていくようで、それに落ち着いたチェラスタはさっきとは打って変わって静かになり、黙々と作業を始めた。泥を混ぜ自分の思いを形にしていく中、チェラスタはもう一つ思いを込めた。それは、売れなかったストレスや苛立ち、自身の魔力を注ぎ込むことだった。一応、この泥人形は買ってくれた人を守ることもできるのだが、今までそんなに売れていないためその効果を信じるにも心許ない。だが、チェラスタはこの泥人形に興味を持ってくれるひと握りのお客に対し「あなたの危険をこの人形が肩代わりします」と売り込んできている。それにチェラスタ曰く、この人形は自分の魔力(ストレス)を注いでいるので、その辺にいる怪物くらいなら退治してくれるという。
「はぁ……明日は買ってくれる人……いるのかな」
 今回の泥人形のポイントは、今まで微妙な表情だったものを少し明るくしてみたり、今までずんぐりしていた形を少しスマートにさせてみたりと工夫を凝らしてみた。
「……まぁ、こんなもんか」
 それなりに満足のいく形になったことを確認したチェラスタは、壊さないよう丁寧に窯へと入れじっくりと焼成。焼きあがった人形を風通しの良いところで乾燥させれば完成。
「とりあえず……これでよし。はぁ……ダルい」
 後片付けを済ませ、自室に戻ったチェラスタは泥のような眠りについた。

 次の日。チェラスタは昨日と同じ物の怪が行き交う町へと赴き、風呂敷を広げた。昨日よりは明るい表情を浮かべた泥人形を並べていると、何人かが興味ありそうに泥人形を眺めていた。
「ほう……これは面白い」
「いらっしゃい。どうぞみてってください」
 せっかく来た客に対し、つっけんどんな態度をとってしまったことに後悔をしながらも、チェラスタは開店準備を進めていった。ようやく開店準備が整い、チェラスタは胡坐をかいて誰かが気に留めるのを気長に待つことにした。
 待つこと数時間。一人のろくろ首がチェラスタの泥人形に興味を持ち、足を止めた。
「あら。なんとも可愛らしい」
「いらっしゃい。どれか気に入りましたか?」
「ええ。この嬉しそうに手を挙げている子が気になりました」
「ああ。そいつですか。よかったら安くしますよ」
「あら本当? じゃあ、一つ貰おうかしら」
「毎度あり。それと、この人形はあなたを守る機能もついてますので、もし気に入りましたらご贔屓に」
「あらあら。可愛いだけじゃないのね。ありがとう」
 ろくろ首は余程気に入ったのか、愛おしそうに泥人形を抱きかかえながら帰っていった。久しぶりに泥人形が売れたことが嬉しかったのか、ろくろ首を見送るチェラスタの表情がいつもより明るく見えた。
 それからはいつもの通りで、残った泥人形を風呂敷に手早く包み帰路へと就き翌日の準備も済ませ、チェラスタは早々に床へ着いた。

 翌日。いつものように風呂敷を広げ、泥人形の販売の準備をしていると昨日泥人形を買ってくれたろくろ首が挨拶にやってきた。しかし、その表情は昨日の嬉しそうな顔ではなく、なにか不安を抱えたようなそんな表情だった。
「あ……昨日のお兄さん。よかった。他の町へ行っていたらどうしようかと……」
「あ……昨日のお姉さん。どうかされましたか?」
 ろくろ首は言いにくそうにしながらも、昨日購入してからの出来事を話してくれた。購入してからしばらく、帰り道に物の怪に襲われてしまったという。そして物の怪の牙がすぐそこというところまできたとき、手に持っていた泥人形がいきなり動き出し物の怪を蹴散らしたという。その動きは何か怒りに燃えていたように暴力的で破壊的だったそう。やがてすべての物の怪を蹴散らしたあと、購入したばかりの泥人形は役目を終えて開放されたかのように、ぱりんと音を立てて壊れてしまった。あの可愛らしい表情からは想像もできない腕っぷしに、ろくろ首は恐怖を感じてしまったと言い口を閉じた。
「あぁ……そうだったんすね……実は……」
 チェラスタはその泥人形に自身の魔力を注いで作っていることを告白すると、ろくろ首はなんとも言えない表情を浮かべながら早々に立ち去ってしまった。やがて一人取り残されたチェラスタは、胸の内に宿るストレスを増幅させた。そしてその増幅されたストレスを、今晩行う泥人形作成にぶち込めるのだった。
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