賑やかな三種の味詰め合わせゴーフレット【神&魔&竜】

文字数 3,901文字

「用意した衣装を持って別紙会場へと向かえ? なんだこの依頼は」
 賞金稼ぎの竜戦士─レグスは、いつも立ち寄っているギルドに顔を出し賞金を受け取った際、目にした依頼に疑問の声をあげた。一見、何の変哲のないシンプルな依頼なのだが、そのシンプルさが故に気味悪がって誰もその依頼を受けようとしなかった。重厚な黒い鎧に腰まで伸びたシルバーの髪、頭部から伸びた二本の角の鋭さと視線の鋭さはまるで同じで、まるで研ぎ澄まされた刃物のようだった。自分の身長と同じあるいはそれ以上ある長大剣を片手で軽々持ち上げるその腕力は、鍛え上げられた筋力が故であることが容易に想像できる。
「なぁレグス。お前はその依頼を受けるのか?」
 依頼を凝視していると、ギルド内にいる他のハンターから声をかけられたレグス。そこまで仲が良いわけではないが、軽く会話をする程度の仲間だと思っているレグスは「さぁな」と言葉を濁し依頼書を掲示場に貼りなおした。
「とりあえず、帰って寝るわ。じゃあな」
 手をひらひらさせながらギルドを後にしたレグスは、自宅へ戻る間はあの依頼が気になって仕方がなかった。いつもこなしている依頼はやれ「巨大トカゲを退治してくれ」だの、やれ「迷い人を探してくれ」だのといった具合のものばかり。なのに、今回の依頼ときたらただ「会場へ向かえ」そして「支給される衣装を持って」。確かに不気味さを感じるものではあるが、そこまで悪いものではないと考えたレグスは、一旦体を休めてからまたギルドに顔を出すことに決めた。

「レグス……お前、この依頼を受けるのか」
「ああ」
 体を休め終え、レグスはギルドに顔を出しあの依頼書をひっつかみ受付へ叩きつけた。誰も受けない依頼なら、おれが受けてやろうじゃねぇかと心の中で余裕をかましながら受付の男性に笑みを浮かべた。
「……わかった。じゃあ、これにサインを」
「あいよ」
 さらさらとサインをし、正式に依頼を受理したレグスに手渡されたのは普段身に着けている鎧とはかけ離れた薄いシャツとゆったりしたパンツ、それと黒いキャップ。あとは紐靴という戦うにしては非常に心もとない装いなのだが……受付の男性は「今回は戦うものではなくって、なんだか楽しむことを重点的って感じかな。うまく言えないけど……」ということだった。薄いシャツとパンツでどう楽しむのか疑問に感じたが、それは口にせずレグスは黙って依頼書とは別に会場が書かれた紙を受け取ると何も言わずにギルドを後にした。
「……なんか前にも同じようなことがあったような……気のせいか」
 レグスはぼりぼりと頭をかきながら、依頼書に書かれている会場なる場所へと向かった。


「……誰もいねぇじゃねぇかよ」
 依頼書に書かれた時間より少し前に到着したレグス。あたりは真っ暗なのだが、昼間のように明るい。それはレグスが暮らしている世界とはまた別の世界で、あちこちに見慣れないものが数多くあった。真っ赤に染まった先端が鋭い建物や、鉄の箱が走っていたりとレグスは呆気にとられながら現地へ赴くと、そこには誰もいなかった。
「ほかにも何人かいるってあいつ言ってたような気がしたけど……おれの聞き間違いか?」
 ギルドを出るとき、かすかに聞こえた受付の男性は「他にもいると思う」と言っていた……ような気がしていた。まぁ、いるならいるで構わないと思っていたレグスなのだが、いざ現地へ到着すると誰もいないとなるとさすがに不安を覚えた。
「……ちくしょう」
 鉄の箱から発せられる光が何度もレグスを通過し、音と物体が交差すること数分。遠くから悲鳴にも似た声が聞こえた。そしてその声はだんだんこちらに近づいてきていて、目視できるほどまでになると一人の少女が何かに跨り爆速で足を動かし、背後ではまるで頭蓋骨のようなものが大量の涙を流して叫んでいた。
「お願いアズさん! もう……もう! 止めてぇ! お願いですカラぁあ!!」
「骨三郎……うるさい」
 見たことのない二つの車輪がついた乗り物を器用に乗りこなしている銀色の髪に眠たそうな真っ赤な瞳、背中には大きな鎌を背負っている。確か名前は……。
「あ、アズリエルなのか?」
「あ、れぐす」
「はぁ……はぁ……や……やっと……止まっ……た」
 ぜぇぜぇと呼吸している頭蓋骨は確か……スカル……いや、骨三郎だと思い出したレグスは、一体どういうことか尋ねるとアズリエルも首を傾げていた。
「なんかしらないおにいさんから、これ、もらった」
「これって……」
 アズリエルがこれと言って指さしたのは、さっきアズリエルが漕いでいた二つの車輪がついた乗り物だった。次いでアズリエルが着ている洋服を指した。
「なんかおしゃれだったからもらっちゃった」
「アズ、本当によかったのカ?」
 といいながらも、骨三郎も頭には派手なキャップを被っていることから二人ともまんざらではない様子だった。しかし、事態はどういうことなにかさっぱりわからないことに変わりないレグスは、自分なりに考えをまとめてみようにもうまくまとまらず、結局お手上げ状態へと陥った。
「れぐすもなんか……おしゃれ」
「あ? これか? なんかおれの住んでるギルドから支給されたものなんだが……なんか落ち着かねぇ」
「でも、かっこいいよ」
「普段、あんまり見ねぇ恰好だからカ? 新鮮って感じなんダよな」
「ほう。そう捉えるか。ありがとな。そういうお前だって、着こなしてるじゃねぇか」
 お互いの服装を見合いながら話をしていると、突然急ブレーキをしたかのような大きな音が二人の耳を突き刺した。何事かと音のする方へと見ると、一台の鉄の箱が煙をあげながら止まっていた。二人は恐る恐る鉄の箱に近づくと、いきなり扉が開き中から真っ赤な髪が印象に残る王女─ヴィクトリアが現れた。
「おーっほっほっほ。お待たせいたしましたわ」
 高笑いとともに現れたヴィクトリアは普段、ゴージャスな鎧を身に着け馬車の後ろで高笑いをしているのを目撃されているのだが、今のヴィクトリアからはそんなゴージャスとはかけ離れたとてもラフな格好をしていた。いつもなら強烈な縦ロールヘアーも、今日はなぜか青いリボンのみというラフさに、普段を知っている二人の頭には「?」がいくつも浮かんでいた。それに続き、ゆったりとしたニットソーに短めのスカートという大胆な装いだった。
「あら。アズリエルさんにレグスさんではありませんの。ごきげんよう」
「あ……ヴィクトリア……お前もかよ」
「ごきげんよー」
 見知った人物たちが揃ったことはいいのだが、果たしてここで何をするのかということはまだわかっていない。ただ楽しめというだけで具体的なことは一切判明していない中、沈黙を破ったのはアズリエルだった。
「あ、そうだ。これももらったのわすれてた。よいしょ」
 アズリエルは背中にしょっていたナップサックから、長方形の箱のようなものを取り出すと慣れない手つきで何かを入れると、長方形の箱から音楽が鳴り響いた。
「うぉ! なんか鳴ってるぞ」
「なんですの! この箱から……音が出ていますの」
「しらないおにいさんからもらったの」
 始めは音に驚いていた三人だったが、次第に慣れてきたのかその音から発せられる重低音に心が動き出したのか、アズリエルが音に合わせて自由に体を動かし始めた。
「なんか……からだをうごかしたくなる」
「ぇえ! 普段、運動しないアズが……って、イテ!」
「骨三郎、ぶつよ」
「もうぶってますケドー?!」
 アズリエルはくるくる回ったり、跳ねたり自分が感じたように体を動かしていると、それに感化されたのかレグスも体を動かし始めた。レグスはアズリエルとは違い大きな体を生かした動きをメインにしていた。暴力的で威圧的、だがエネルギッシュなその動きは見ている者を元気づけるそんな動きだった。
「わたくしも踊りますわよ~!」
 ヴィクトリアも自分の体を生かしながら体を動かしていた。細くしなやかな動きが可能な彼女は、普段から厳しいバレエレッスンで培った体幹を披露した。おしとやかな動きが多いのだが、不思議と箱から流れる音にマッチし、ヴィクトリアは非常にご機嫌だった。
「なんだかたのしい」
「ああ。普段とは違った体の動かし方だからか、うずうずが止まらねぇぜ」
「まだまだ踊りますわよー!」
 さらに激しい重低音の音に変わり、三人は心のまま体を動かしながら楽しい時間を過ごした。レグスは、戦いでは得られないまた違った楽しさを体験しまたこんなことが何かの間違いであるのなら受けてもいいかもなと心のどこかで思っていた。


                そして、夜が明けた。

 くたくたになりながら、遠くから見える白い光に目をやるとなんとも神々しい朝日を拝むことができた。
「うゎあ……きれい」
「眩しいなぁ」
「わたしくしには劣りますが、なんとも美しいですわね」
 自分の世界とは違う朝日を拝んだ三人はしばし、その美しさに言葉を失っていた。やがて太陽が空に昇るころ、三人はそろそろ自分の世界へと帰る時間となった。
「たのしかった。ね、骨三郎」
「アア。こんな体験、滅多にないカらな」
「おれも楽しかったぜ。またどこかで会おうぜ」
「おーっほっほっほ。また逢う日までごきげんよう」
 それぞれがそれぞれの方向へ向かう中、レグスだけが他の二人に手をひらひらさせていた。
(サイッコーに楽しかったぜ)
 口にはしないが、レグスは一夜を楽しんだ二人にそう言うと見知らぬ世界へ来たときに使った移送方陣を起動し、自分の世界へと帰っていった。またこうして楽しめる日を糧に、明日からまた傭兵稼業を頑張ろうと誓いながら。
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