キュンと甘酸っぱいチェリーロリポップ【神】♍

文字数 2,926文字

「ふんふふふーん」
 人間界の繁華街を鼻歌を歌いながら歩く少年がいた。ピーチクリームのようなふわふわな髪の毛、エメラルドのようなきらきらした瞳、艶やかな唇には薄い桃色のグロスを塗り、控えめではあるが中々に存在感のある発色をしている。白色を基調とした服の袖は少し派手は明るいピンク色の袖が顔を覗かし、指先に光る爪には鮮やかな無色のマニキュアを塗り、おしゃれには手を抜いていないという雰囲気を漂わせていた。
 少年の名前はスピカ。今、スピカは非常に上機嫌だった。理由は前から欲しかった新作のマニキュアや洋服、靴などを購入することができたからだ。特に自分たちが住んでいる世界には売っていない色鮮やかなキャンディをたっくさん購入することがなによりうれしかったスピカは、可愛いキャラクターが描かれたショッパーから無作為に一つ選び、口に運んだ。
「ん~! 新作のキャンディ、待ってた甲斐あった~。予想以上に美味しいよ」
 大好きなブランドのキャンディを口にし、さらにご機嫌なスピカは小さくスキップをしながら繁華街を歩いている途中、見知った顔に「はやく~!」といい手を振った。手を振った相手はその鋭い目、鍛え抜かれた肉体から放たれる凄まじい何かを発しており、周りに誰もくるなとばかりに無の抵抗をしていた。彼の両手にはたくさんのショッパーがぶら下がっており、その中には不釣り合いともいえるようなファンシーな絵が描かれているものもあり、道行く人の視線を集めていた。彼の名前はレオニス。共に十二星座の皇子であり、スピカはおとめ座、レオニスはしし座の皇子を担っており、とある封印を守る使命を抱えている。いつその封印が破られるかわからない状況の中、二人はほんの少しの休息を得るため、こうして人間界にやってきた。結局のところ、スピカがレオニスを荷物番として付き合わせているのが正解であるが、スピカは言葉巧みにレオニスを同行させた。そのことにレオニスは言葉にならない怒りをため込んでいて、その怒りが周りを寄せ付けないオーラの正体だった。
「レオニスも食べる? 美味しいよ?」
「ぁあ? んなもんいらねぇよ」
 にこにこなスピカに対し、むかむかなレオニス。怒っているレオニスの顔に一切動じないスピカは「ざ~んねん」と言いながら食べかけのキャンディをまた口に運んだ。

 キャンディを口に含んでしばらく、スピカの足がぴたりと止まった。そのことを知らないレオニスはスピカの背中にぶつかり、余計に苛立ちながら「んだよ」と声をあげるがスピカは反応することなく、一点を見つめたまま立ち止まっていた。
「レオニス」
「ぁあ? んだよ」
「荷物、よろしく」
「あ? てめえ、どういうことか説明してから……って。行っちまいやがった。だぁあ、クソ!!」
 理由も言わずどこかへ行ってしまったスピカに、イライラは最高潮に達したレオニスはどこにその怒りをぶつけていいかわからず、人目を気にせずその場で吠えた。

 スピカが気になっていたのは、公園のベンチに一人座っている女性だった。その女性はどこか虚ろな目で遠くを眺め、まるでその目には生気がないようにも見える。何かを感じたスピカはその女性に近付き、にこっと笑いながら声をかけた。
「おねーさん? どうしたの? なにかあったの?」
 いきなり無垢な笑顔が目の前に映った女性は思わず小さな悲鳴をあげると、スピカの問に小さく首を振った。
「そ~なの? なんだか胸の中に苦しい思いがぎゅーぎゅー詰まってるように見えたからさ」
「え? あ、あたし、そんな風に見えたのかしら」
「うん。ぼくでよかったら話、聞くよ?」
「あ……ああ……えっと……」
「遠慮しないで。ぼく、お姉さんのお話、聞きたいな」
 やや強引ではありながらどこか優しい言葉の雰囲気に圧された女性は、俯きながら話し始めた。
「あたし、本当は教師になりたかったの。毎日頑張る子供たちを見ながらお仕事ができたら、なんて素敵なんだろうって。そのために必死に勉強して、資格も取得して、準備もできたというときに親から連絡がきてね。親は医者をしているんだけど、それを継ぎなさいって。あたしがもちろん反対したのだけど、親はそれを許してくれなくて。友達に相談しようにも中々時間の都合もつかなくって……あたしって、本当はどうしたのかなって考えてたときに、君が来たって感じかな」
 思いを口にしたからなのか、女性の顔はほんの僅かに緩んだように見えたスピカは「うんうん」と頷き、話を最後まで聞いた。女性は最後に「はぁ~」と大きく息を吐き少し大きめな声でスピカに話した。
「これで親と喧嘩をせずに済むと思うと楽になるというか……ね」
「? それって、結局お姉さんのやりたいことを手放すってこと?」
「……うん。はじめはずっと抵抗していたんだけど……なんだかもう……疲れちゃった。ここでわたしが大人しく親のいうことをきけば……」
 ヤケクソ気味に吐き捨てたその言葉に、スピカの顔から笑顔は消えあどけなさではなくやや真剣な声色で女性に語り掛けた。
「大事なことならね、誰にどう思われようと貫いた方が自分のためだと思うよ。やらない後悔より、やりきって後悔した方がいい。だって、その後悔は自分を大事にしようとした証だから……ね?」
 スピカの言葉に女性は目から大粒の涙を流した。やがて両手で顔を覆い声に出して泣いている女性に、スピカは女性の背中を優しくさすった。まるで子守をしている親のようにゆっくり、優しく。視線も、親のように穏やかで慈しみを含んだ眼差しで女性をじっと見つめていた。
「……ごめんなさい。急に、心が解放されたような気がして……お見苦しいところを……」
「ううん。お姉さんの気持ちが少しでも軽くなれればなって思ってさ。えへへ」
「……ありがとうございます」
 涙を浮かべながらほっとしたような表情を浮かべた女性は、スピカに感謝を告げると袖口で涙を拭い改めて深く頭を下げてお礼を述べた。
「いいっていって。そんな大したこと言ってないから。でもね、誰にも譲れないものをちゃぁんと大事にできていればハナマル……だよね?」
「……はいっ! わたし、抗ってみます。今まで温めてきた大事なことを実現させるために……!」
「うんうん。よかったよかった。お姉さん、笑ってる顔、とっても素敵だよ♡」
「あ……ありがとうございます。ところで……ひとつ、気になったのですけど……あなたはなぜわたしにそこまで親身になって……?」
 女性が疑問に感じたことを口にすると、スピカは何かを隠すように「あー」と言いながら空を見つめながら「うんとね、ぼくとお姉さんおんなじところがあったからね♡」といい、無邪気に笑いながらどこかへ走って行ってしまった。女性は茫然としながらも何か強い意志を感じる表情のまま、帰宅した。
 親の大反対を食らいながら、女性は自分の思いをまっすぐに伝えると、親は「勝手にしなさい」といい、それ以降は口をきいてくれなかった。だけど、女性はやりきった思いに満たされルンルン気分で階段を上がり自室の窓を開けた。ふと視線をあげると、空には数多の星々が光り輝いていた。その中でもひとつ、とびぬけて輝いていたのは……。
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