アップルレモンパイ【竜】

文字数 3,578文字

 それはうだるような暑さだった。朝から降り注ぐ強烈な日差しは日陰に避難していてもなお、頭上に突き刺さる。そしてその次にやってくるのは、暑苦しい熱風だった。これまでにない異常なまでに暑さに外を出歩く人はもちろん少なく、見かけても一人二人がいいところだろう。
 だが、それ以上に熱い場所で作業をしている少女がいた。その少女は大きな窯の前で赤く煮えたぎる鉄を掬い、武器の型に流し込んでいる。それをゆっくり時間をかけて冷やし予め作っておいた柄を取り付け、最終点検をし、集落のみんなが使えるようにしていた。
「ルチナー。休憩にって……あっついなぁ……」
「あ、クラナ姉さん。もうそんな時間なのね。忘れていたわ」
「まったくお前は……。無理はするなよ」
 ルチナと呼ばれた少女は、傭兵業を営む一族に生まれたのだが、争いを好まない。姉であるクラナは先陣を切って武器を振るう程の武人である。姉が武器を振るう武人であるならば、妹であるルチナは武具の職人というところだろうか。ルチナの作る武器はどれも一級品であり、ルチナの暮らしている村の中だけなくこの武器を欲しがっている人がいるまでの人気となっている傭兵業で稼ぐ人たちよりも、ルチナの武器を販売した価格が上なのはクラナ以外誰にも言っていない。
「わたしにはこれしかできないからさ。これでみんなが喜んでくれるなら、わたしは嬉しいな」
 袖で汗を拭いながらルチナは笑うと、クラナは「やれやれ」と言いながら大き目なタオルとバスケットを手にして「外で食事しよう」とルチナを誘った。ルチナはすぐに行くと言い、工房内での不始末はないかを確認してからすぐ姉の後を追いかけた。

「あーー。生き返るーー」
 村から少し離れた場所で大き目なボトルに入った冷たい水をごくごくと飲み干すルチナ。乾ききった体に水が染み込んでいくのがわかったルチナは、果実がふんだんに挟まれたふわふわのサンドイッチに手を出し、かぶりついた。姉特製のフルーツサンドだ。料理が苦手な姉もこれだけはすごく上手で、外で食事をするときは決まってこのサンドイッチを作ってくれる。
「今日はクリームをいつもより少なめにして、代わりにフルーツを盛ってみたのだが、どうだ?」
「うんっ!! とっても美味しいよ!」
 クリームも甘すぎず挟まれているフルーツと見事に調和し、軽やかな食べ心地だった。バスケットにたくさん入っていたフルーツサンドはあっという間になくなり、二人は締めの紅茶を楽しんでいた。
「ふぅ……お腹いっぱい。クラナ姉さん、いつもありがとう」
「それはお互い様だ。お前の作ってくれた武器で今日も生き抜けたんだ。助かる」
「そんな……でも、ありがとう」
 ルチナは残った紅茶にレモンをたらし、レモンティーにして一気に飲み干すとカップをバスケットの中に戻した。ふうと一息ついたルチアはそよそよとそよぐ風の中でうんと伸びをし、シートの上に寝転がった。
「クラナ姉さん。わたしね、戦うことはできない。けど、この力で姉さんを支えていきたいの」
「……本来なら、こんなことがなければいいのだが……皮肉なものだな」
「そう……なんだけどね。えへへ、なんだか改めて言うと恥ずかしいな」
 ルチナは照れ隠しに頬を赤らめると、クラナは薄く笑みを浮かべ自慢の妹の頭に手を乗せた。
「お前は私の自慢の妹だ。何があっても、絶対に守って見せる。誰よりも先に……な」
「姉さん……ありがとう」
 クラナとルチナの両親は既に他界し、身内は二人だけとなってしまった。父も母もクラナのように腕の立つ戦士であり、いつものように戦場へと赴き戦果をあげていた。そしていつものように玄関にかけてあるそれぞれの得物を握ると「行ってくる」と短く言ったっきり帰ってこなかった。当時幼かったルチナは両親が帰ってこないことに不安を覚え、ずっとクラナに泣きついていた。クラナもなんとなくそうではないかと思っていたことが、まさかその通りになるとは思っておらずその答え合わせは唐突にやってきた。狭い箱の中に入って眠っていたのは今にも起きだしそうな寝顔の両親だった。その顔に泣き出したクラナ、何がなんだか訳がわからず泣きつくルチナ。これを機にクラナは、妹であるルチナを守っていくと誓った。争いが絶えないこの地で、守れるのは自分しかいないと自分を戒めクラナはバスケットを手にして立ち上がった。
「さて、私は先に戻るが……ルチナはどうする?」
「あ、姉さんが戻るならわたしも戻ろうかな。そろそろ時間だもんね」
 がばりと体を起こし、シートを手早く片付けバスケットの中に入れるとルチナは姉と共に村へ到着すると、すぐに工房へと戻っていった。
「終わったらすぐ帰るからねー」
「わかった。食事を用意して待っているとする」
「はーい!」
 元気よく返事したルチナを見てなんだか嬉しくなったクラナは、どこかで新鮮な果物がないか探しながら帰ることにした。

 その日の夜。食事の用意は既にできているのだが、ルチナが一向に帰ってこない。自宅から工房までは左程離れていない距離のはずなのだが……もしかして、追加で注文があったのかと思っただがそれにしても遅い。
「……なにかあったのだろうか」
 急に心配になったクラナは席を立ち、ルチナの工房へと足を運んだ。暑かった朝とは打って変わって夜は少しひんやりとした風が村を通り抜けていた。その中を一歩また一歩と歩き工房の前に立つと、クラナはなんだか嫌な胸騒ぎがしていた。

─なんだこの胸騒ぎは……

 ドアノブを握る手は小刻みに震え、額には暑くもないのに冷や汗がつうと額を滑って行った。恐る恐るドアノブを回し、中の様子を伺うとそこには空っぽの工房だけがあった。
「ルチナ……?」
 いくら仕事だろうと、仕事が終われば窯の火は消すだろうというのにその火はまだごうごうと音を立てて燃えていた。作業台にも設計図やペンが転がったままで、まるで作業をしている間に何かがあったのだというのがわかる。まさか倉庫にいる可能性はないだろうかと思ったクラナは倉庫の扉を開けて驚愕した。そこはきれいに整頓された資材の山が積まれているだけで、ルチナがいる気配は皆無だった。
「ルチ……ナ……ルチナーーー!!」
 クラナは声の限り叫んだ。たった一人の身内を守ってみせるとさっき自分自身に誓ったばかりなのに……クラナは声が枯れ果てるまで妹の名を呼び続けが、それでもあの声はもう二度と聞こえなかった。


「…………っ……ここは……」
 湿気を多く含んだ風の臭いで目が覚めたルチナ。頭にずんとした痛みを感じ自分の額に手をやりながら体を起こすと、左足がやけに重たかった。まるで誰かが足首をがっちりと掴んでいるかのよう。
「な……なんなのよ……これ」
 重いと思ったものの正体は足枷だった。左足の足枷からのびる鎖の先には拳大の鉄球が繋がれており、細足のルチナにとっては左足を動かすには非常に苦しいものとなっていた。
「どうして……ここは……どこなの?」
「ようやくお目覚めか」
 ぶっきらぼうに開かれた扉から現れたのは、顔を布で隠した人物だった。声からして男性であることは間違いないのだが、顔を隠している布のせいでその素顔を窺うことはできなかった。ルチナは恐怖で顔を歪めると、顔を隠した人物はつかつかとルチナに歩み寄ると鼻で一回笑いながら話した。
「お前にはここで武器を作ってもらう。お前の腕があれば、武器製造なんて朝飯前だろう」
「な……なんで……」
「お前の作る武器の良さは知ってるんだ。その武器でこっちの軍力があがれば……勝ったも同然だ。余ればそれを売って金にすれば無駄がねえ。くっくっく……」
「……わたしは……そんな目的のために作りたくありません。早く外して下さい」
「クラナ……だったか。お前の姉は。もし、おれの要望を拒めば……どうなるかわかってるな? そうとわかればとっとと作業に入りやがれ。それと、ここから逃げられるなんて思うな。ここには厳重にセキュリティを張ってるからな。逃げたら二度と姉に会えないと思え。こんな山奥まで来るとは思えないしな」
 強く扉を閉めた男の口ぶりからは、おそらく本気なのだろうと感じたルチナは諦めて作業に取り掛かることにした。
「でも……わたしはあなたたちのために作るんじゃない……姉さんに……またあの村に帰るためなんだから。負けるもんですか……わたしだってやるんだから……!!」
 ルチナは武器を作る過程で、さっき男の口から洩れた言葉─山奥という言葉を見えそうで見えない場所に刻んだ。それと、自分は無事だという旨も暗号化して武器に刻んだ。
「姉さん……わたしは……また姉さんのフルーツサンドが食べたい。だから、それまでは……決して諦めません……!!」
 鉄を溶かし、型に流し込むルチナの顔は鋼のような決意に満ちた表情だった。
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