76.作戦
文字数 1,242文字
侑子の筆跡の上を、褐色の指がゆっくりとなぞった。
紙の上に印刷されたその文字が綴るのは、伝えるべき情報を簡潔にまとめた事務的なもので、急いで書いたことが分かる乱れ方をしていた。
かつて何度も交わした手紙の中で表現された彼女の言葉とは、目的も全く違うが、それでもユウキには十分だった。
愛しい人の輪郭を辿るように指を走らせ、目で追った。
「いつ突撃する?」
今すぐにでも、走っていきたかった。
ヤヒコが率いるメム人の部隊が港町に到着してから、一月近く経過していた。
国軍も王府直属の前線部隊も、既にミウネ・ブンノウの研究施設を囲むように陣営を組んでいる。指示があれば、いつでも動ける状態だった。
ユウキはアミとヤヒコと共に、廃墟から最も近い王府陣営で待機していた。設営されたテント郡や行き来する軍事車両は、おそらくブンノウ達からも確認できているだろう。
「甘くみないほうがいい。向こうの人数がかなり少ないことは確かだが、ちょっと手を出しただけでこのザマだ」
ヤヒコが指を失った手を掲げた。
「かなり物騒な武器を持ってる。無尽蔵に魔法が使えないのは向こうもこっちも同じだが、奴らは兵器も持っている。それに結界だ。あれを何とかしないと」
アミがうなずいた。
「……失うものが少ない者は、恐れを知らない。それだけ思い切った行動を取れるし、ユーコちゃんとツムグくんが切り札として使えることも分かっている」
紡久は詳細な地図を書いて送っていた。施設内、廃墟内を歩き回ったのだろう。
「ミウネ本人が姿を見せたところを、一気に襲いたいところだな。奴だけでもいいんだ。確実に」
「施設内から出たところを確認できたことは?」
「いや、一度も」
「だよなぁ」
ヤヒコとアミは静かに溜息をついた。
上空から、廃墟の周囲至る所から、時には獣や鳥にカメラをつけて相手方を監視したが、敷地内を移動する人の姿で確認できた中に、ブンノウの姿はなかった。
毎日確認できるのは、侑子と紡久。時折ザゼルともう一人、中年の男の姿を確認できただけだ。(その中年男が六年前の大晦日の日、ジロウの屋敷を訪ねてきたダチュラ・ロパンであることをアミが指摘していた。)
「誘 き出すしかないか」
ヤヒコが呟いた。
「匿い続けていた立場としては、取りたくない手段ではあるけど。上手くいく保証もないし」
「守役殿 は今どこに?」
アミの問に、ヤヒコは答える。
「メムの後方部隊のところだ。チヨが側についてる」
「頼んでもらえますか」
「王の許可はいらないの?」
「既に取ってあります」
「分かった」
その場を後にしようとしたヤヒコが、ユウキの肩を叩いた。
「一緒に行く? ずっと同じ場所にいて飽きないか?」
ユウキは首を振った。
「ここにいるよ」
その軍用車の中に設置されたいくつものモニターに、廃墟内を歩く侑子の姿が時折映るのだ。一瞬も見逃したくなかった。
「もうすぐ会えるさ。大丈夫だ」
もう一度肩を叩いて、ヤヒコは言った。その言葉は、彼自身に言い聞かせているようにも聞こえた。
紙の上に印刷されたその文字が綴るのは、伝えるべき情報を簡潔にまとめた事務的なもので、急いで書いたことが分かる乱れ方をしていた。
かつて何度も交わした手紙の中で表現された彼女の言葉とは、目的も全く違うが、それでもユウキには十分だった。
愛しい人の輪郭を辿るように指を走らせ、目で追った。
「いつ突撃する?」
今すぐにでも、走っていきたかった。
ヤヒコが率いるメム人の部隊が港町に到着してから、一月近く経過していた。
国軍も王府直属の前線部隊も、既にミウネ・ブンノウの研究施設を囲むように陣営を組んでいる。指示があれば、いつでも動ける状態だった。
ユウキはアミとヤヒコと共に、廃墟から最も近い王府陣営で待機していた。設営されたテント郡や行き来する軍事車両は、おそらくブンノウ達からも確認できているだろう。
「甘くみないほうがいい。向こうの人数がかなり少ないことは確かだが、ちょっと手を出しただけでこのザマだ」
ヤヒコが指を失った手を掲げた。
「かなり物騒な武器を持ってる。無尽蔵に魔法が使えないのは向こうもこっちも同じだが、奴らは兵器も持っている。それに結界だ。あれを何とかしないと」
アミがうなずいた。
「……失うものが少ない者は、恐れを知らない。それだけ思い切った行動を取れるし、ユーコちゃんとツムグくんが切り札として使えることも分かっている」
紡久は詳細な地図を書いて送っていた。施設内、廃墟内を歩き回ったのだろう。
「ミウネ本人が姿を見せたところを、一気に襲いたいところだな。奴だけでもいいんだ。確実に」
「施設内から出たところを確認できたことは?」
「いや、一度も」
「だよなぁ」
ヤヒコとアミは静かに溜息をついた。
上空から、廃墟の周囲至る所から、時には獣や鳥にカメラをつけて相手方を監視したが、敷地内を移動する人の姿で確認できた中に、ブンノウの姿はなかった。
毎日確認できるのは、侑子と紡久。時折ザゼルともう一人、中年の男の姿を確認できただけだ。(その中年男が六年前の大晦日の日、ジロウの屋敷を訪ねてきたダチュラ・ロパンであることをアミが指摘していた。)
「
ヤヒコが呟いた。
「匿い続けていた立場としては、取りたくない手段ではあるけど。上手くいく保証もないし」
「
アミの問に、ヤヒコは答える。
「メムの後方部隊のところだ。チヨが側についてる」
「頼んでもらえますか」
「王の許可はいらないの?」
「既に取ってあります」
「分かった」
その場を後にしようとしたヤヒコが、ユウキの肩を叩いた。
「一緒に行く? ずっと同じ場所にいて飽きないか?」
ユウキは首を振った。
「ここにいるよ」
その軍用車の中に設置されたいくつものモニターに、廃墟内を歩く侑子の姿が時折映るのだ。一瞬も見逃したくなかった。
「もうすぐ会えるさ。大丈夫だ」
もう一度肩を叩いて、ヤヒコは言った。その言葉は、彼自身に言い聞かせているようにも聞こえた。