発動⑦

文字数 919文字

 その音は、小さな子供がゆっくりとハイハイをするような、軽く微かだが、確実に畳の表面を擦る音だった。

 想定外の音に四人は固まり、一斉にその方向へ注目した。

 ユウキが行灯に素早く灯りを灯す。

 一気に部屋は明るくなり、音の主の姿を明らかにしたのだが、四人ともきょとんとして、しばし間の抜けた表情を浮かべる。

 一番先に言葉を発したのは、侑子だった。

「これは……私が編んだあみぐるみ?」

 そう、彼女の言葉は正しかった。

 畳の上をすり足でゆっくりこちらに向かって動いてくるのは、侑子がこの世界で一番初めに編み上げた、白いクマのあみぐるみだったのだ。背中一面をユウキが飾り付けた青い鱗で覆われており、よたよたと脚を進める度に。その鱗が僅かに揺れていた。

「なぜ……ぬいぐるみが動いているのでしょう?」

 ノマが困惑顔で、誰に問うでもなくつぶやいた。

「かわいいな、おい」

 ジロウが言った。
冗談なのか困惑しているのか、分からない声だった。

 くまは侑子の膝に触れるところまで来ると、ピタリと動きを止め、その場に座った。
 そう、座ったのだ。腰を曲げて尻をつけ、関節など入っていないはずの膝を曲げて、体育座りの姿勢を取った。
 にっこり顔に侑子が刺繍した顔が笑っている。白地に黒い糸なので、表情は分かりやすい。

「あれ?」

 そこでユウキは、はっと声を上げた。

「このあみぐるみ、ユーコちゃんの魔力が流れてる」

 くまは顔を持ち上げて、ユウキに向かって二度三度頷いた。そして再び立ち上がると、侑子の膝に顔を埋めるようにして、指のない腕でしがみつく姿勢をとると、スリスリと擦りついてくる。

「かわいい……!」

 ぬいぐるみがこんな風に動いたらいいのに、と考えたことがあった。
侑子はくまを持ち上げると、ぎゅっと胸に抱きしめていた。きゅぅ、と間の抜けた音が聞こえる。
鳴き声も出せるのか。侑子は驚いた。

「あらあら。本当ですね。ユーコさんの魔力が通ってます」

「魔法使ったのか?」

 ジロウとノマが目を白黒させている。
侑子は二人のその言葉に、はて、と考え込む。胸元に抱きしめたくまは、首をかしげながら此方を見上げている。

「よく分からないんですけど……」

 侑子はこうなるまでの経緯を語り始めた。

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