28.央里

文字数 2,038文字

 風の香りに憶えがあった。
街の姿は変わっても、そこに流れる空気は、そんなに変わらないものなのかも知れない。風の香りの元となるのは、何だろう。住んでいる人々の吐息だろうか。

 侑子が記憶している六年前の姿から、王都は随分様変わりしたらしい。道中散々聞かされていた。
ユウキと紡久は、侑子に必要以上にショックを与えない為にそうしていたのだろう。アミは侑子の質問に対し、ぼかすこと無く事実を述べていたが、時折他の二人は心配そうな目を向けていた。

 道のない山中から登山道へ入り、そこから舗装された国道へと出た。あみぐるみ達は手分けしてリュックの隙間に入れて、人間だけで歩くこと二日。

「王都に近づいてきた」とアミに言われるまで、侑子はその事実に気が付かなかった。

高い建物の姿がない。
侑子が知っている王都とは、東京の街とそう変わらない景色だったはずなのだ。

「空が広くなったね」

 口から出たのはそんな言葉。
高層ビルや大きなマンションの姿がすっかり消え、侑子の頭上にはただ秋晴れの青空だけが広がっていた。
こちらの世界に来てから、ずっと高い木々に囲まれた場所にいたので、久々にこんなに広い空を見た気がする。

――ここが央里だなんて……確かにすぐには信じられないかも

道路を走るバスや車はあったが、以前よりも断然交通量は少ない。
これからジロウの家まで、電車で移動するとユウキは言ったが、以前よりも本数はかなり減らして運行されているのだという。聞けば鉄道が運行再開したのは、昨年のこと。それまでは地震の影響ではなく、電力不足で動かせなかったらしい。

「アオイみたいな若い科学者が、随分尽力したんだよ」

 ユウキは嬉しそうに語った。

「限られた電気の魔力の効果を、何倍にも増幅させて電力に変換する装置が発明されたんだ。画期的だろう。アオイ達はその装置の小型化にも成功したんだよ。あいつのおかげで、皆の生活が大分快適になったんだ」

 侑子はアオイからの手紙に、王都には暇を持て余している科学者が沢山いると書いてあったと記憶していた。

「アオイくん、近くに住んでるの?」

「相変わらず実家にいるよ。今日も呼べばすぐに会えるよ、きっと」

 ユウキの答えに、侑子は「良かった」と笑った。ヤチヨを振り返ると、彼女の目が期待で輝いているのが分かった。

「アオイくんに会えるよ」

(嬉しい。色々機械の話を聞かせてもらいたい)

「すぐに紹介するね」

 ヤチヨの趣味については、既にユウキ達も知るところだ。

短期間であったとしても、旅を共にすることで、人同士の親睦はかなり深まるものなのだ。
七人はすっかり打ち解けていた。

すると今度は、困った感情が顔を出す。
別れが辛いのだ。
その感情に最も素直だったのは、年少者のコルだった。

「もうすぐユウコ達と、お別れなのか」

 王都に着いてから、明らかに覇気がない。

「任務が無事に終わりそうなんだぞ。誇らしいことだ」

 ヤヒコは息子にこんな風に言葉をかけるが、声は穏やかだった。

「すぐに帰っちゃうの? 今日中に?」

 侑子も名残惜しかった。
再びこの並行世界にやってきてから、一月以上経っていた。その間ずっと侑子の側にいてくれたのが、メム達なのだ。彼らは侑子に親切で、いつだって優しかった。そんな人達と別れることは、やはり辛い。

「折角王都まで来たからな。こっちにいるメムの仲間と会ってから、里に向かうよ。二、三日は滞在すると思う。けど、ユウコ達とは今日中にお別れだな。大仕事が待っているから――しっかり情報を仕入れて、まとめておかないと」

 ヤヒコの声は固くないが、彼の言葉を聞いて、他の者は皆それぞれに緊張を感じた。

大仕事――天膜破壊の犯人組織、科学者ミウネ・ブンノウ一味の捕縛だ。
メム人は王府と連携を取りながら、作戦に携わるという。

「そんなわけだから、コル。お前の次の任務も重大だ。王都で得た情報を、速やかにランに伝える。そして次の拠点に急ぐんだ。準備がいる。お前の手が必要だ」

「分かりました」

 頷いた少年の声に震えはなく、彼の視線は強いまま、父親を見ていた。瞳に涙が溜まっていないことに、侑子はほっとしたが、十歳のその肩が酷く小さく見えて、切なくなる。
まだまだ子供なのだ。十歳なんて、小学生じゃないか。

「危ない目にあうの?」

 訊こうか止めておこうか躊躇った質問だったが、結局侑子は口にした。

侑子を見たコルの表情は不思議そうで、侑子はなぜ彼がそんな顔をしたのか分からなくなる。

「子供は前線になど出さないよ」

 ヤヒコは答えた。

「危ない目にはあわせない。安心しな」

 侑子に向けた言葉か、息子に向けた言葉だろうか。

「俺、別に怖くないよ」

 コルにとっては、不本意な扱いだったらしい。少々不満げだった。

「こういうことは、まだお前は見て覚える段階だと言っている。実践はその後でいい――次なんて、ないに越したことないけどな」

 父親に促されて、コルは歩く速度を上げた。

もうすぐ駅に着く。

ヤヒコとコルの父子とは、そこで別れることになるのだ。


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