58.猿轡
文字数 409文字
――これは猿轡 だ
侑子が常日頃思っていることだ。
口元をすっぽり覆う、大きな布。
運良く手に入った時にそれは、不織布に素材を変える。
一般的にはマスクと呼ぶそれは、感染症対策のためというより、本音を封じる猿轡である。
加えて侑子にとっては、自由に思い切り歌うことを封じる、文字通りの口枷 だった。
非日常の中を泳いでいる。
大きな波は起きないが、いつか飲み込まれてしまうかもしれないと怯えながら、ただひたすら、息継ぎを続けなければならない。
通学することがなくなって、自室で出された課題に取り組むだけの毎日。
友人たちとは頻繁にメッセージを交わすし、通話もする。
愛佳をはじめ、従兄弟や叔父叔母とは会うこともあった。
時にはギターも弾くし、歌を口ずさむ。
しかし何も満たされない。
世の中の多くの人々がそうであるように、侑子も先の見えない非日常に、どんどん疲弊していった。
そんな陰鬱な春の日、侑子の心を圧 し折る事件が起こったのだった。
侑子が常日頃思っていることだ。
口元をすっぽり覆う、大きな布。
運良く手に入った時にそれは、不織布に素材を変える。
一般的にはマスクと呼ぶそれは、感染症対策のためというより、本音を封じる猿轡である。
加えて侑子にとっては、自由に思い切り歌うことを封じる、文字通りの
非日常の中を泳いでいる。
大きな波は起きないが、いつか飲み込まれてしまうかもしれないと怯えながら、ただひたすら、息継ぎを続けなければならない。
通学することがなくなって、自室で出された課題に取り組むだけの毎日。
友人たちとは頻繁にメッセージを交わすし、通話もする。
愛佳をはじめ、従兄弟や叔父叔母とは会うこともあった。
時にはギターも弾くし、歌を口ずさむ。
しかし何も満たされない。
世の中の多くの人々がそうであるように、侑子も先の見えない非日常に、どんどん疲弊していった。
そんな陰鬱な春の日、侑子の心を