105.絶望
文字数 831文字
その瞬間を目撃した時、ヤヒコは全身が粟立つのを感じた。痛みなどとっくになくなっていたはずなのに、切り取られた指の断面に鈍痛が走る。
青く輝く塊が着水するのと同時に、大きく水柱が上がった。
その後すぐに、海は何事もなかったかのように、浜辺に向かって穏やかな波を送り始める。
「ユウキは歌ったか?」
短い問いかけに、隣のヤチヨの黒い瞳が見上げてきた。
妹の声を聞かずとも、タブレットに文字を書かせなくとも、ヤヒコには分かった。
ヤチヨの顔に、絶望が広がっていた。
「ミウネに見つかった」
上空を飛ぶ鳥たちから送られてくる、屋上の映像。そこにはブンノウも立ち去った後の、誰もいない空間が映っているだけだった。目を離せないまま、ハルカが呟く。
「クマは狙い通りユウキの肩に降りたよ……けど」
ハルカの声が震えるのを、ミツキは黙って聞いている。立っていられない気がして、無意識に彼の腕を掴んでいた。
「二人は何か言葉を交わしていたようだった。ユウキはブンノウの声を聞いたはずだ」
ハルカと同じモニターを見つめていたアミの言葉は、その場の全員に僅かな希望を一瞬だけ抱かせるものだった。しかしザゼルの次の一言によって、すぐにその淡い光の芽は、摘み取られることとなった。
「……歌を歌う程の時間はなかった。ブンノウとユウキが会話して、ユウキが海に落ちるまで、あっという間だった」
たとえユウキが初めて耳にする歌を覚えるのが早かったとしても、最後まで音を外さず、ましてや初めて聞いた人物の声で再現するには、不可能な時間だろう。一部始終を見守った者たちにとって、それは容易に想像がつくことだった。
「ユウキは……? 死んじゃったの?」
言い終えたミツキが、へなへなと脱力する。
「嘘でしょ」
波は穏やかに繰り返す。
引いては押し、引いては押し、遥かな太古から繰り返してきた動きを無限に続ける。
その音が、酷く残酷な響きに感じられた。
「これから何が起こるんだ?」
アオイの質問に、答える者はいなかった。
青く輝く塊が着水するのと同時に、大きく水柱が上がった。
その後すぐに、海は何事もなかったかのように、浜辺に向かって穏やかな波を送り始める。
「ユウキは歌ったか?」
短い問いかけに、隣のヤチヨの黒い瞳が見上げてきた。
妹の声を聞かずとも、タブレットに文字を書かせなくとも、ヤヒコには分かった。
ヤチヨの顔に、絶望が広がっていた。
「ミウネに見つかった」
上空を飛ぶ鳥たちから送られてくる、屋上の映像。そこにはブンノウも立ち去った後の、誰もいない空間が映っているだけだった。目を離せないまま、ハルカが呟く。
「クマは狙い通りユウキの肩に降りたよ……けど」
ハルカの声が震えるのを、ミツキは黙って聞いている。立っていられない気がして、無意識に彼の腕を掴んでいた。
「二人は何か言葉を交わしていたようだった。ユウキはブンノウの声を聞いたはずだ」
ハルカと同じモニターを見つめていたアミの言葉は、その場の全員に僅かな希望を一瞬だけ抱かせるものだった。しかしザゼルの次の一言によって、すぐにその淡い光の芽は、摘み取られることとなった。
「……歌を歌う程の時間はなかった。ブンノウとユウキが会話して、ユウキが海に落ちるまで、あっという間だった」
たとえユウキが初めて耳にする歌を覚えるのが早かったとしても、最後まで音を外さず、ましてや初めて聞いた人物の声で再現するには、不可能な時間だろう。一部始終を見守った者たちにとって、それは容易に想像がつくことだった。
「ユウキは……? 死んじゃったの?」
言い終えたミツキが、へなへなと脱力する。
「嘘でしょ」
波は穏やかに繰り返す。
引いては押し、引いては押し、遥かな太古から繰り返してきた動きを無限に続ける。
その音が、酷く残酷な響きに感じられた。
「これから何が起こるんだ?」
アオイの質問に、答える者はいなかった。