102.正夢

文字数 1,059文字

 背筋をピンと伸ばしたまま、魚人の鱗を身に纏った彼女は、じっと画面に見入っていた。
 雨粒を受け入れた土の色に似ている――私が彼女の瞳から受けた、第一印象だ。そんな焦げ茶色の瞳の先には、モニターに映る二匹の化け物と、その間に挟まれたように立つ、長身の若者がいる。

 なぜかこの男もユーコ同様、少しも緊張した様子を見せていない。親しげに笑いながら、隣の大きい方の化け物に、何やら話しかけてすらいる……会話ができるの?
そして小さい方の化け物は、男のシャツの端を甘えるように握りしめていた――冗談かと思った。

「なんだか、随分と和やかな雰囲気だね」

 私と同じ印象を受けたのだろう。ツムグも困惑しているようだった。

「あれが兵器……? 原爆と同じ名前だったっていう?」

「そうだよ」

 ユーコは画面から視線を逸らさないまま、ツムグの質問に答えていた。口元は笑っているではないか。
 
 なぜ?
 なぜこの状況で笑っていられるの?
 
 兵器の緊急停止の方法を打ち明けはしたが、成功する保証などどこにもない。むしろ失敗に終わる確率の方が、格段に高いのに。


「あれが原子爆弾だったとして、ユウキくんはあんなに至近距離にいて大丈夫なの?」

「……大丈夫だよ。あれは原爆じゃなくて、半魚人だから」

「侑子ちゃん」

 ツムグがユーコの肩に手を置いた。困惑しきった表情には、彼女を気遣う色も加わっていた。ユーコの気が狂ったのだと思っているのだろう。

「紡久くん、大丈夫。正直さっきまでちょっとは心配だったけど。今ユウキちゃんの顔を見たら、確信できた。大丈夫。ブンノウの望んだ未来には、ならないよ」

 なぜなの?
 なぜそんな顔をできる? 
 どうしてそんなに明るく笑っていられるの?

「どうして――」

「夢の話をしたでしょう」

 ツムグに向けたユーコの言葉に、私は出そうとした声を飲み込んだ。
……夢?

「半魚人と……ユウキくんとこの遊園地で遊ぶ夢のこと?」

「そう。あの夢が正夢になるの。私とユウキちゃんが、この場所にいる。だから必ず」

 言い切ったユーコの瞳が輝いた。画面から受ける光のせいではない。彼女の中の確固たる自信が、輝かせたのだ。

「夢の話って?」

 焦げ茶の瞳が、此方に向いた。

「正夢になるとは、何のこと? 詳しく聞かせてくれないかしら」

 自分の声が、懇願するように揺れたのが分かった。情けないと思いつつ、すぐにそんな雑念は消える。

 ユーコの口から、驚くべき言葉が出てきたのだから。

「ずっと昔から、繰り返し見てきた夢があったの。私とユウキちゃんは、同じ夢を共有してきた仲でした」

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