43.再開
文字数 1,547文字
ジロウの鶴の一声で、あれよあれよと言う間に、事は進んでいった。
「前々から考えていたことだ」
とジロウは言ったが、ユウキもアミも「聞いたことない」と驚いていた。
巡業を再開するのは、ヒノクニに地震が起こるようになった年以来である。
「走れる道路は、相変わらず限られているだろうけど。車移動なら問題ないだろう。そう思って、ちまちま準備してきたんだ」
そう笑ったジロウが整えてきた準備とは、移動のための車両だった。
その車を初めて目にした一同は、皆感嘆した。
大型のキャンピングカーの後ろに、更に大型のキャンピングトレーラーが繋がっている。トレーラー部分は二階建てで、キッチンに加え、寝心地の良さそうな広いベッドまで設えてある。
「これ一台で、十人乗れる。後ろは居住空間だ。五人くらい就寝できる。同じのがもう一台ある。そっちには機材と楽器を積めばいいだろう。就寝スペースも同じ広さがある。どうだ? 結構良い移動環境で、巡業できるだろう」
自慢気に内装を説明し出したジロウに、ユウキは驚き顔を直せずに訊いた。
「いつの間に、こんなの用意してたの? 全く知らなかったんだけど」
「そりゃ、お前が女遊びしてる間とか、ユーコちゃんへの届かない手紙をつらつら書いている間とか……」
「……いいよ、それ以上言わなくて」
バツが悪そうに口を噤んだユウキに、ジロウは愉快そうに笑った。
「考え始めたのは、ライブハウスの再建が、ようやく形になった頃だよ。次は巡業だな、と思ってな。お前はどんどん落ち込んでいくし、このまま王都にいたままじゃダメだろうと思ってた。ようやくそろそろ打診してみるかと考えてた矢先に、ユーコちゃんを迎えに行くって言い出したんだ」
トレーラーの中から、女たちのはしゃぐ声が聞こえてくる。
ユウキとジロウは、外側から運転席が見える位置に、並んで立っていた。
「行って来い。丁度いいじゃないか。ユーコちゃんと、離れたくないだろう? 彼女には出張の傍ら、一緒に歌ってもらえばいい。二人で巡業ができるぞ」
「変身館は? また留守にしていいの?」
「構わないさ。お前達が不在の間に、新人を発掘しておこうと思ってる」
「ジロウさん」
改めて観察する養父の顔は、ユウキの記憶の中の彼よりも、大分皺が増えていた。幼い自分を守り、迎え入れてくれた頃のジロウの年齢に、いつの間にか近づいていた。
「いつもありがとう」
他にも伝えたい言葉はあったはずなのに、ユウキの口から出てきたのは、ありふれた文言だった。
ジロウは白い歯を見せて、笑った。
「帰ってきたら、結婚式だな」
運転席に座ったハルカが、こちらに手を振っている。ユウキとジロウの会話は、彼には聞こえていないようだった。
「時間のあるときに、二人で決めること決めておけよ。こっちでできる準備は、ノマさんと整えておいてやるから」
背を追い越したのは、もう大分前だったはずだ。なのにユウキは、いつまでもジロウを見上げながら話している感覚から、抜け出せない。
「まさかプロポーズだけ済ませて、満足してたわけじゃないだろう?」
「……ユーコちゃんには、とことん着飾ってもらうんだ。これでもかってくらい綺麗にして、この世で一番美しく染めるつもり」
伴侶となる儀式の後、新郎新婦は身につけた白い衣装を、お互いに染め合うのだ。
「お前達が染める色は、どんな色だろうな。楽しみだ。一番近い席で、見せてもらうからな」
トン、と背中を叩かれる。
「ユウキ!」
運転席のドアが開き、ハルカが身を乗り出してきた。
「お前、運転できたよな?」
「ああ」
「……は? 何、お前」
返事をするために顔を上げたユウキを見て、幼馴染は息を飲んで唖然としている。
泣いてるのか、とハルカが訊く前に、ユウキは腕でぐいとその一筋を拭き去っていた。
「前々から考えていたことだ」
とジロウは言ったが、ユウキもアミも「聞いたことない」と驚いていた。
巡業を再開するのは、ヒノクニに地震が起こるようになった年以来である。
「走れる道路は、相変わらず限られているだろうけど。車移動なら問題ないだろう。そう思って、ちまちま準備してきたんだ」
そう笑ったジロウが整えてきた準備とは、移動のための車両だった。
その車を初めて目にした一同は、皆感嘆した。
大型のキャンピングカーの後ろに、更に大型のキャンピングトレーラーが繋がっている。トレーラー部分は二階建てで、キッチンに加え、寝心地の良さそうな広いベッドまで設えてある。
「これ一台で、十人乗れる。後ろは居住空間だ。五人くらい就寝できる。同じのがもう一台ある。そっちには機材と楽器を積めばいいだろう。就寝スペースも同じ広さがある。どうだ? 結構良い移動環境で、巡業できるだろう」
自慢気に内装を説明し出したジロウに、ユウキは驚き顔を直せずに訊いた。
「いつの間に、こんなの用意してたの? 全く知らなかったんだけど」
「そりゃ、お前が女遊びしてる間とか、ユーコちゃんへの届かない手紙をつらつら書いている間とか……」
「……いいよ、それ以上言わなくて」
バツが悪そうに口を噤んだユウキに、ジロウは愉快そうに笑った。
「考え始めたのは、ライブハウスの再建が、ようやく形になった頃だよ。次は巡業だな、と思ってな。お前はどんどん落ち込んでいくし、このまま王都にいたままじゃダメだろうと思ってた。ようやくそろそろ打診してみるかと考えてた矢先に、ユーコちゃんを迎えに行くって言い出したんだ」
トレーラーの中から、女たちのはしゃぐ声が聞こえてくる。
ユウキとジロウは、外側から運転席が見える位置に、並んで立っていた。
「行って来い。丁度いいじゃないか。ユーコちゃんと、離れたくないだろう? 彼女には出張の傍ら、一緒に歌ってもらえばいい。二人で巡業ができるぞ」
「変身館は? また留守にしていいの?」
「構わないさ。お前達が不在の間に、新人を発掘しておこうと思ってる」
「ジロウさん」
改めて観察する養父の顔は、ユウキの記憶の中の彼よりも、大分皺が増えていた。幼い自分を守り、迎え入れてくれた頃のジロウの年齢に、いつの間にか近づいていた。
「いつもありがとう」
他にも伝えたい言葉はあったはずなのに、ユウキの口から出てきたのは、ありふれた文言だった。
ジロウは白い歯を見せて、笑った。
「帰ってきたら、結婚式だな」
運転席に座ったハルカが、こちらに手を振っている。ユウキとジロウの会話は、彼には聞こえていないようだった。
「時間のあるときに、二人で決めること決めておけよ。こっちでできる準備は、ノマさんと整えておいてやるから」
背を追い越したのは、もう大分前だったはずだ。なのにユウキは、いつまでもジロウを見上げながら話している感覚から、抜け出せない。
「まさかプロポーズだけ済ませて、満足してたわけじゃないだろう?」
「……ユーコちゃんには、とことん着飾ってもらうんだ。これでもかってくらい綺麗にして、この世で一番美しく染めるつもり」
伴侶となる儀式の後、新郎新婦は身につけた白い衣装を、お互いに染め合うのだ。
「お前達が染める色は、どんな色だろうな。楽しみだ。一番近い席で、見せてもらうからな」
トン、と背中を叩かれる。
「ユウキ!」
運転席のドアが開き、ハルカが身を乗り出してきた。
「お前、運転できたよな?」
「ああ」
「……は? 何、お前」
返事をするために顔を上げたユウキを見て、幼馴染は息を飲んで唖然としている。
泣いてるのか、とハルカが訊く前に、ユウキは腕でぐいとその一筋を拭き去っていた。