2.世界ⅰ点検口
文字数 1,534文字
侑子が魔法の世界から舞い戻ってきてから、一ヶ月が過ぎようとしていたある日。
侑子は朔也の隣で、クローゼット奥に大きな身体をねじ込む作業員を見守っていた。
そのクローゼットは侑子の部屋の物で、今日はケーブルテレビの設置工事で作業員が訪問しているのだった。
アンテナ代わりとなる機材を屋根裏につながる点検口に設置する必要があるらしく、その点検口とはこのクローゼットの奥にあったらしい。
侑子は初耳だった。
「俺も知らなかったよ。この家の屋根裏は侑子の部屋から繋がってたなんて」
朔也は身体の大きさに苦労している作業員を横目に苦笑いした。
「そういえばどうしてケーブルテレビに変えるの?」
「ああ。お前そういえば帰ってきてから全然テレビを見てないからな。知らないか」
薄く笑った朔也は妹にしばらく視線を留めた。
「今うちのテレビの映り、最悪なんだよ。原因は最近周りに建った背の高いマンション。高い建物が周りにあると、電波が遮られてしまうらしい。だから変えることにしたんだ。母さんがドラマ見れないと辛いって言うしな」
「そうなんだ」
侑子は納得する。
自分がいなくなっていた一年の間に、家の周囲の景観は確かに大きく変わっていて驚いた。
道路を挟んで向かい側の公園はそのままだったが、家の反対側で建設中だったマンションが完成していた。電波を遮断しているのはこのマンションなのだろう。
聞けばそのマンションの隣の土地にも、二年後には更に大きな敷地面積の集合住宅が建設されることに決まっているのだという。
「はい。終わりましたよ。お待たせいたしました」
肩にかけたタオルで顔から滝の様に流れ出る汗を拭き拭き、作業員がクローゼットから横歩きで出てきた。
「ではテレビの方、ちゃんと映るか確認していただけますか」
朔也と作業員が部屋を後にした。
僅かに汗臭く人の体温が残ったような空気が、クローゼットの中に立ち込めている。
その場に残った侑子は、クローゼットの扉は閉めず、自分もそっとその中へと入ってみた。
普段この中には、たたみ皺をつけたくないブラウスやワンピース、制服や上着などを沢山かけてあるので奥など見えない。
作業員が先程までいた場所の天井――侑子でも背伸び無しで届く高さだ――には、確かに小さな四角形の蓋のような物がはめ込まれてあった。
小さな既視感を感じて、侑子はその取っ手に手をかける。
スポン、という蓋が抜ける感触と共に広がった、天井に開いた穴の向こう。
そこは茶色の木材に四方を囲まれた空間だった。柱が見える。
ここが屋根裏なのだろうか。頭だけ僅かに中に入れて周囲を確認する。そこには先程作業員が設置した、箱型の小さな機器が置かれていた。
――魔石ソケット。そうだ、魔石ソケット。あの場所に似てるんだ
ユウキがジロウの屋敷に連れてきてくれた晩、屋敷内を案内してくれた時のことを思い出す。
あの日以来侑子が魔石ソケットを目にする機会はなかったが、物珍しさ故にはっきりと覚えていた。
――不思議。このままジロウさんの家のあの場所に、繋がっていそうな気がする
家の壁から伸びる小さな薄暗い空間。家の裏側に広がる、普段は立ち入らない場所と、ひっそりと置かれた機械。
設置されたアンテナは、チカチカと数カ所の小さなランプを点滅させていた。
薄暗い空間の中でその小さな光はくっきりと存在をそこに主張していて、魔石のぼんやりとした輝き方とは全く違うのに、侑子はそんなランプにさえ懐かしさを感じてしまうのだった。
ズボンのポケットの中を探ると、それはすぐに侑子の指にあたった。
取り出すのは銀のブレスレット。紐先の硝子の鱗を撫でる。
ため息が出たが、同時にあることを思いついて、侑子はその空間を閉ざす蓋を元に戻した。
侑子は朔也の隣で、クローゼット奥に大きな身体をねじ込む作業員を見守っていた。
そのクローゼットは侑子の部屋の物で、今日はケーブルテレビの設置工事で作業員が訪問しているのだった。
アンテナ代わりとなる機材を屋根裏につながる点検口に設置する必要があるらしく、その点検口とはこのクローゼットの奥にあったらしい。
侑子は初耳だった。
「俺も知らなかったよ。この家の屋根裏は侑子の部屋から繋がってたなんて」
朔也は身体の大きさに苦労している作業員を横目に苦笑いした。
「そういえばどうしてケーブルテレビに変えるの?」
「ああ。お前そういえば帰ってきてから全然テレビを見てないからな。知らないか」
薄く笑った朔也は妹にしばらく視線を留めた。
「今うちのテレビの映り、最悪なんだよ。原因は最近周りに建った背の高いマンション。高い建物が周りにあると、電波が遮られてしまうらしい。だから変えることにしたんだ。母さんがドラマ見れないと辛いって言うしな」
「そうなんだ」
侑子は納得する。
自分がいなくなっていた一年の間に、家の周囲の景観は確かに大きく変わっていて驚いた。
道路を挟んで向かい側の公園はそのままだったが、家の反対側で建設中だったマンションが完成していた。電波を遮断しているのはこのマンションなのだろう。
聞けばそのマンションの隣の土地にも、二年後には更に大きな敷地面積の集合住宅が建設されることに決まっているのだという。
「はい。終わりましたよ。お待たせいたしました」
肩にかけたタオルで顔から滝の様に流れ出る汗を拭き拭き、作業員がクローゼットから横歩きで出てきた。
「ではテレビの方、ちゃんと映るか確認していただけますか」
朔也と作業員が部屋を後にした。
僅かに汗臭く人の体温が残ったような空気が、クローゼットの中に立ち込めている。
その場に残った侑子は、クローゼットの扉は閉めず、自分もそっとその中へと入ってみた。
普段この中には、たたみ皺をつけたくないブラウスやワンピース、制服や上着などを沢山かけてあるので奥など見えない。
作業員が先程までいた場所の天井――侑子でも背伸び無しで届く高さだ――には、確かに小さな四角形の蓋のような物がはめ込まれてあった。
小さな既視感を感じて、侑子はその取っ手に手をかける。
スポン、という蓋が抜ける感触と共に広がった、天井に開いた穴の向こう。
そこは茶色の木材に四方を囲まれた空間だった。柱が見える。
ここが屋根裏なのだろうか。頭だけ僅かに中に入れて周囲を確認する。そこには先程作業員が設置した、箱型の小さな機器が置かれていた。
――魔石ソケット。そうだ、魔石ソケット。あの場所に似てるんだ
ユウキがジロウの屋敷に連れてきてくれた晩、屋敷内を案内してくれた時のことを思い出す。
あの日以来侑子が魔石ソケットを目にする機会はなかったが、物珍しさ故にはっきりと覚えていた。
――不思議。このままジロウさんの家のあの場所に、繋がっていそうな気がする
家の壁から伸びる小さな薄暗い空間。家の裏側に広がる、普段は立ち入らない場所と、ひっそりと置かれた機械。
設置されたアンテナは、チカチカと数カ所の小さなランプを点滅させていた。
薄暗い空間の中でその小さな光はくっきりと存在をそこに主張していて、魔石のぼんやりとした輝き方とは全く違うのに、侑子はそんなランプにさえ懐かしさを感じてしまうのだった。
ズボンのポケットの中を探ると、それはすぐに侑子の指にあたった。
取り出すのは銀のブレスレット。紐先の硝子の鱗を撫でる。
ため息が出たが、同時にあることを思いついて、侑子はその空間を閉ざす蓋を元に戻した。