疼き⑥

文字数 1,263文字

「ちょっと涼んでくる」

 曲が終わって、アミが言った。鮮やかな程の素早さなのに、焦った様子が皆無の不思議な身のこなしで、練習部屋から消えていく。
 その場は自然と、休憩する流れとになった。

「ふう。叩いた叩いた」

 ドラムスティックを置いたミユキは、タオルで顔を押さえつけながら、大きく息を吐き出した。
 そんな彼女にドリンクボトルを手渡しているのは、ショウジだ。少し前にリリーから呼び出しされたのは、この姉弟だったのだ。

「折角の大晦日なのに、こっちに来てもらっちゃって、本当に良かったの?」

 ユウキが「今更だけど」と付け足しながら、二人に訊ねた。姉弟は、年末年始は央里郊外の親戚の家で過ごす予定だったはずだ。

「いいんだよ。親戚の中で、今一番いじり甲斐あるのが俺たちだから。あまり寛げる感じじゃないんだ。ちょっと息苦しくなるっていうか」

「そうそう。いとこ達がもう皆結婚しちゃったものだから、次は私達だって。良い人はいないのとか、そろそろ結婚しとかないととか、とにかくそんな話ばっかり振られる。親戚に会えるのは、嬉しいんだけどね」

 ミユキもショウジも二十代半ば。リリーと歳が近かった。
侑子にとっては、兄の朔也と同じくらいだという認識があったので、それくらいの年齢で周囲から結婚を意識され始めるのは、こちらの世界でも共通なのだと思った。

「リリーさんから連絡来て、ここぞとばかりに飛び出してきたんだ。お言葉に甘えて、今日は泊めさせていただきます!」

「ショウジったら、『楽しく酒が飲める』って、ここに来る間ルンルンだったんだよ」

「ミユキも人の事言えないだろ」

「それは良かったわ。私ったら、無意識に圧力かけちゃったかと思った」

 リリーが愉快そうに笑った。

 侑子は場の雰囲気に嬉しくなる。気持ちよく歌って踊った後の身体は、まだ本番ではないというのに、心地よい疲労感まといだしていた。しかしそんな感覚にすら、胸が期待に疼いている。

 座布団の上で伸ばした脚の上に、あみぐるみたちがよじ登ってきた。
 彼らもさっきまで、侑子の周囲で彼女の動きを真似るようにリズムをとったり、思い思いに踊っていたのだ。
その数はざっと数えて、十体はいるだろう。本番でも一緒に踊ってもらう予定だった。

「こいつらも、疲れるって感覚あるのかな?」

 侑子の隣に胡座をかいたユウキが、ふと思い浮かんだ疑問を口にした。
確かにあみぐるみたちは、侑子の身体の上でゴロゴロと横になって寛いでいる。先程までの踊っていた時の動きと比べると、随分緩慢だった。

「さあ。どうなんだろう」

 そうとしか答えようがなく、侑子はしばらくあみぐるみの様子を眺めていた。
彼らののんびりした仕草と、心地よさそうに転がる様子に、つられてその場に横たわりたくなってくる。

「そういえばアミさん、戻ってこないね。私も涼んでこようかな。ついでに呼んでくるよ」

 眠気覚ましに廊下の冷気を顔にあてたくなった侑子は、そう告げて立ち上がった。
 あみぐるみたちは、ユウキの足の上に移動させてやる。すっかり眠り込んでいる様子の個体もあった。

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