梅仕事②
文字数 1,667文字
「無心になりますね、この作業」
唯一梅仕事が初体験の紡久も、既に梅の実を持ち変える手の動きが早くなっていた。元々器用で覚えも早いのだろう。
「毎年の恒例行事なのよ」
「いつからやってたっけ。結構小さいうちからこの季節にはこうやって庭に集まってた気がするけど」
「梅ジュースにして飲むのがすごく待ち遠しかったよね」
幼馴染達は思い出話に花を咲かせ始める。今日は四人全員の仕事休みのタイミングを合わせたのだ。
「アオイは流石に来れなかったね」
残念そうにもう一人の幼馴染の名を挙げるスズカに、ハルカは明るく返した。
「この間来たばっかりじゃないか、あいつ。作ったシロップ送ってやればいいんだよ」
どうせだったら持って行ってやろうかな、と言うハルカに、ノマがこんな質問をする。
「ハルカさんはまだお仕事は?」
「してないよ。相変わらずプー太郎」
自嘲するわけでもなく笑うハルカにノマは慌てたように「そんなつもりで訊いたのではありませんよ」と付け足した。
「いいんだよノマさん。だから俺、誰よりも時間に融通がきくだろ。ユーコちゃんとツムグくんの家庭教師しに来るの、とても楽しいんだよ。こういうの仕事にしてもいいなと思ってる」
話しながらも手を止めることなく作業を続けてハルカは言った。
彼は学校を卒業後に就職も進学もしなかった。実家は商売をしているらしく、たまに手伝いをすることもあるそうだが、決まった仕事はなく、自由になる時間で様々なアルバイトを掛け持っているようだった。
その理由をハルカ自身は『自分探し』と言ったり『適職を見つけるため』と説明していた。
「ハルカは教師になるの?」
驚き顔のユウキとは対称的に、侑子は納得していた。
「ハルカくん教えるの上手だもんね。先生になったら、きっと生徒は楽しく授業を受けられると思うよ」
「へえ。そうなの? ちょっと想像つかないな」
ミツキでも意外だったようだ。スズカも同様だ。友人目線では分からなかったハルカの一面なのかも知れない。
「俺もハルカくんの教え方、良いと思う。向いてるんじゃないかな」
侑子に同調する紡久の首に腕を回して、ハルカは満更でもなさそうカラカラと笑った。
「持ち上げてくれるじゃないか。ありがとう」
ヘタを取り終えた梅の実が山積みになってきた。そろそろ次の工程が見えてきそうだ。
「ユーコちゃんの家庭教師をやろうって言い出したのは、完全にその場の思いつきだったよ。けど、やってみたら楽しさに気づいちゃった。人に教えるってさ、自分が既に知っていると思い込んでいたことを再確認することなんだよな。特にユーコちゃんやツムグくんみたいに、こことは全く違う常識しかない場所からやってきた人にこの世界のことを教えていると、自分の知っている物事が本当に真理なのかどうか疑いだしちゃうんだ。そうやって考えるのって、なかなか面白いんだ」
ハルカの手から竹串は落ち、完全に作業を放棄していたが誰も気にしなかった。
「ハルカってそんなに哲学者みたいなこと考えるやつだったっけ?」
隣に座るミツキが翡翠色の髪の男を凝視した。数秒の後に彼女は首を振る。
「適当なこと言ってるわけじゃなさそうだし、本心ね。驚いた。あんたがそんな風に深く考えたりするなんて」
「どんだけ俺のことちゃらんぽらんだと思ってたんだ」
「あんただって私のこと恋愛脳って思ってたくせに」
大きく笑ったミツキとハルカの声が重なった。スズカは嬉しそうにそんな二人を見守っている。
「じゃあハルカ、教員学校に進学するの?」
ヒノクニで教師になるには、日本と同様資格取得が必要になるらしい。入学時期は日本のように固定されているわけではなく、試験も必要ではない。義務教育が修了していれば進学できるのだ。
「うん、まあとりあえずね。資格は取っておこうかなと思ってるけど。卒業はゆっくりでいいや。ここに家庭教師で来る時間を減らすのは嫌だしな」
そう告げたハルカは、立ち上がって山積みになった梅を傍らのバケツに小分けにして持ち上げた。
「――もう全部ヘタ取り終わったな。洗いに行こうぜ」
唯一梅仕事が初体験の紡久も、既に梅の実を持ち変える手の動きが早くなっていた。元々器用で覚えも早いのだろう。
「毎年の恒例行事なのよ」
「いつからやってたっけ。結構小さいうちからこの季節にはこうやって庭に集まってた気がするけど」
「梅ジュースにして飲むのがすごく待ち遠しかったよね」
幼馴染達は思い出話に花を咲かせ始める。今日は四人全員の仕事休みのタイミングを合わせたのだ。
「アオイは流石に来れなかったね」
残念そうにもう一人の幼馴染の名を挙げるスズカに、ハルカは明るく返した。
「この間来たばっかりじゃないか、あいつ。作ったシロップ送ってやればいいんだよ」
どうせだったら持って行ってやろうかな、と言うハルカに、ノマがこんな質問をする。
「ハルカさんはまだお仕事は?」
「してないよ。相変わらずプー太郎」
自嘲するわけでもなく笑うハルカにノマは慌てたように「そんなつもりで訊いたのではありませんよ」と付け足した。
「いいんだよノマさん。だから俺、誰よりも時間に融通がきくだろ。ユーコちゃんとツムグくんの家庭教師しに来るの、とても楽しいんだよ。こういうの仕事にしてもいいなと思ってる」
話しながらも手を止めることなく作業を続けてハルカは言った。
彼は学校を卒業後に就職も進学もしなかった。実家は商売をしているらしく、たまに手伝いをすることもあるそうだが、決まった仕事はなく、自由になる時間で様々なアルバイトを掛け持っているようだった。
その理由をハルカ自身は『自分探し』と言ったり『適職を見つけるため』と説明していた。
「ハルカは教師になるの?」
驚き顔のユウキとは対称的に、侑子は納得していた。
「ハルカくん教えるの上手だもんね。先生になったら、きっと生徒は楽しく授業を受けられると思うよ」
「へえ。そうなの? ちょっと想像つかないな」
ミツキでも意外だったようだ。スズカも同様だ。友人目線では分からなかったハルカの一面なのかも知れない。
「俺もハルカくんの教え方、良いと思う。向いてるんじゃないかな」
侑子に同調する紡久の首に腕を回して、ハルカは満更でもなさそうカラカラと笑った。
「持ち上げてくれるじゃないか。ありがとう」
ヘタを取り終えた梅の実が山積みになってきた。そろそろ次の工程が見えてきそうだ。
「ユーコちゃんの家庭教師をやろうって言い出したのは、完全にその場の思いつきだったよ。けど、やってみたら楽しさに気づいちゃった。人に教えるってさ、自分が既に知っていると思い込んでいたことを再確認することなんだよな。特にユーコちゃんやツムグくんみたいに、こことは全く違う常識しかない場所からやってきた人にこの世界のことを教えていると、自分の知っている物事が本当に真理なのかどうか疑いだしちゃうんだ。そうやって考えるのって、なかなか面白いんだ」
ハルカの手から竹串は落ち、完全に作業を放棄していたが誰も気にしなかった。
「ハルカってそんなに哲学者みたいなこと考えるやつだったっけ?」
隣に座るミツキが翡翠色の髪の男を凝視した。数秒の後に彼女は首を振る。
「適当なこと言ってるわけじゃなさそうだし、本心ね。驚いた。あんたがそんな風に深く考えたりするなんて」
「どんだけ俺のことちゃらんぽらんだと思ってたんだ」
「あんただって私のこと恋愛脳って思ってたくせに」
大きく笑ったミツキとハルカの声が重なった。スズカは嬉しそうにそんな二人を見守っている。
「じゃあハルカ、教員学校に進学するの?」
ヒノクニで教師になるには、日本と同様資格取得が必要になるらしい。入学時期は日本のように固定されているわけではなく、試験も必要ではない。義務教育が修了していれば進学できるのだ。
「うん、まあとりあえずね。資格は取っておこうかなと思ってるけど。卒業はゆっくりでいいや。ここに家庭教師で来る時間を減らすのは嫌だしな」
そう告げたハルカは、立ち上がって山積みになった梅を傍らのバケツに小分けにして持ち上げた。
「――もう全部ヘタ取り終わったな。洗いに行こうぜ」