73.もう一つの鍵

文字数 918文字

 暫くの間、変化のない日々が続いた。

 紡久が魔石を作る間、侑子は直立不動の二体の半魚人が待つ部屋に呼ばれた。

 それはあの硝子壁で二分割された部屋で、侑子と半魚人達が対峙する姿を、硝子を隔てた向こう側から、ブンノウとシグラが眺めていた。

――見張られている

 シグラは無表情で、ブンノウの顔には微笑が浮かんでいた。

「触れてもいいですよ。たとえ殴りつけても、床に押し倒しても、それくらいの刺激でどうこうなる兵器ではないですから。安心してください」

 ブンノウから圧力は感じなかったが、侑子は彼の顔を直視することが苦手だった。威圧感とは別の、こちらの意思を萎ませる不気味な力を感じるのだ。

「……壊すにはどうすればいいの?」

 ある日侑子はそんな言葉を口にした。抑揚なく発したが、挑発的な文言だった。
 二人はどんな顔をしているだろう。

 硝子壁の向こうに向けた侑子の目が映したのは、何ら変わらない二つの表情だった。

「あなたには壊せませんよ」

 ブンノウは短く告げて、口角を上げた。

「この兵器にはね、特別な鍵をかけてありますから。物理的に解体することも、兵器としての機能を停止させることも、私以外には不可能なのですよ」

「特別な鍵?」

「誰にも開けることは出来ません」

 シグラが下を見るように瞼を下げた。睫毛が顔に作った長い影が、侑子からも見えた。

「さて、今日も魔法をかけてはもらえなさそうですかね」

 腕組みを解きながら、ブンノウはわざとらしく首を振る。
返事もせずただ二体の兵器を睨む侑子に対して、苛立つ素振りは見せなかった。それがかえって不気味であり、侑子に底しれぬ不安と緊張を与え続けるのだ。

「彼らを壊したいですか?」

 これまでされなかった質問に、侑子は思わず彼の方を見た。

――怯むな

 はっきりと頷く。声は出せなかった。

「壊したいという気持ちを言葉に表せるほどに、彼らの存在はあなたの心を占めている――それで良しとしましょう。今のところは」

 今日は終わりにしましょう。ブンノウの言葉の後に、シグラが硝子壁の一部を開けて侑子の側にやってきた。

「それではユーコ、また明日お会いしましょうね」

 退出する侑子の背に、楽しそうな音を含んだブンノウの声が追いかけてきた。
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