初夏の提案③

文字数 1,348文字

「墓参り、ですか」

 エイマンからもたらされたその提案に、侑子と紡久は顔を見合わせた。数ヶ月前の側村の夜を思い出す。
 
「研究所襲撃事件って、あの政争のきっかけになった事件のことですよね。あの時の犠牲者のお墓ですか」

 スズカがおずおずと訊ねた。

「そうだ。あの事件で亡くなった来訪者の中で、父が埋葬場所を突き止めることができた十人。彼らの墓だよ」

「やっぱり側村の中にあるんですよね」

「マサヒコさん達の側村とは別の側村だけどね。央里から少し離れた場所にあるから、移動時間はかかるけれど日帰りで行くことが出来るよ」

 紡久の問に答えたエイマンは、少しの間を置いて僅かに声を落としながら続けた。

「……マサヒコさんとチエミさんの墓で君たち二人に起こったこと。同様のことが十人の墓でも起こるのではないかと、父と私は予想してる」

 風がレースカーテンを揺らす。雲が太陽を隠して、室内が暗くなった。

「襲撃事件の詳細が、彼らの死の寸前の記憶を元に明らかになるのではないかと。その可能性はとても高いはずだと考えているんだ」

「エイマンさん、ちょっと待って。それってすごく酷じゃない?」

 ミツキは思わず椅子から立ち上がった。隣の侑子を一瞥する。

「死ぬ寸前の記憶をそのまま体験したような感じになるんでしょ?襲撃事件で亡くなったってことは、もしかしたら殺された記憶ってことなんじゃないの。そんな恐ろしい体験をこの子達にしろってこと?」

 鏡の間で侑子と紡久が正彦たちの記憶を見た話は、ミツキやスズカも知るところだった。

特にミツキは知っている。
正彦とちえみの記憶を侑子たちが見たあの日、二人が深く傷心していたことを。

「もちろん分かっている。強制はしない。ユーコさんとツムグくんが少しでも気乗りしないならいいんだ」

 慌てたようにエイマンは頭を振った。

「すまない――ただ、あの研究施設でどのような研究が行われていたのか。少しでもそれが分かる手がかりがあればと」

 肩を竦ませるエイマンを見て、侑子は何だかいたたまれなくなる。

「役に立ちますか」

 声に出してみて、確信した。

この世界で今明確に自分という一個人が必要とされている。そしてそれが自分の望むことなのだと。

「もしその人たちの記憶が見えたら、エイマンさんやラウトさん、この国のために役に立ちますか?」

「それは大いに」

 真剣な眼差しを返すエイマンが頷いた。碧眼がきらりと光って、部屋が再び明るくなる。雲を抜けた太陽の光が再び部屋に差し込んでいた。

「ユーコちゃん」

 心配そうな声が控えめに聞こえてくる。
スズカが机の上の侑子の手に自分の手を重ねていた。

「少し考えさせてもらっていいですか」

 そう答えたのは紡久だった。それまでエイマンの顔をまっすぐ見ていた目線が、迷ったように宙を泳いだ。

膝に抱き上げたクマが、どこか物言いたげに彼のことを見上げている。

「できればお役に立ちたいけど、やっぱりあれは……あまり気分の良いものではなかったから」

「もちろん。すぐに答えてもらわなくて構わない。断ったとしても、気に病まないで欲しい……こんな提案をしておいて勝手だが。――ひとまず、今日はこれで失礼するよ。返事はいつでもいいからね」

 エイマンは最後にもう一度「すまない」と告げると、頭を下げてから去っていった。

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