暗い歴史⑤
文字数 1,485文字
「ここからもっと辛い話になるけど、大丈夫?」
気遣うように覗き込まれ、侑子は顔を上げた。
正直気分は最悪だったが、ここで中断する気持ちには、ならなかった。
首を振った侑子に、休憩をはさもうか? と提案したエイマンだったが、侑子は再度断った。
「さっきエイマンさん、『彼女は 事故では死ななかった』と言ってました。気になっていたんです。金色のバッジをつけた人……写真で見ただけでも、沢山いましたね。あの人達が今誰も生きていないっていうのは、このあと、何か事故があって、皆その時に亡くなってしまったってことなんじゃないですか」
想像しうる最悪の事態を自ら口にすることで、この後語られる悲惨な現実から受けるであろうダメージを、少しでも軽くしようとした。
これは侑子の、無意識の自衛行為だった。
そしてそれが意味のある行為だったのかそうでもなかったのか、その後分かることはなかった。
「事故、というのは違う。だけど君の推測は当たってるよ……残った彼らは同じ日、同じ場所で亡くなったんだ。それはあの政争の始まりとなった事件が起こった日だった」
エイマンの言葉に、侑子は自分の予想から大きく外れた点の意外さに、目を見開いた。
「五年前?」
ほんの五年前まで、自分と同じ場所からやってきた彼らは、生きていたのだ。
そして一斉に死んでしまった。
「そう、五年前。彼らは五年前もあの研究施設で働いていた。そして当時の野党派の武装集団が、その研究施設を襲ったんだ。名目は並行世界からの来訪者たちの解放」
侑子のように並行世界からやってきた人間のことを、『来訪者』という呼び方をするのだという。
侑子はこの時初めて、その呼び方を知った。
「多くの来訪者たちがあの施設で働いていることや、空彩党主導のもとで怪しい研究に従事しているという噂は、あっという間に広まったんだろう。本来来訪者は大切に扱われるべき存在なのに、そんな彼らを搾取している。そのように受け取った人々が加熱して武装化し、襲撃するに至った。あの頃空彩党は予算をますます軍備拡大に回すようになっていた上に、横暴さも目につくようになっていた。敵を作りすぎたんだ」
「でも、それならなんで死ななきゃいけなかったんです。この人たちは」
沢山の写真が貼り付けられて、本来の大きさよりも大分厚みが増している冊子。
見つめながら、侑子は言った。
エイマンは写真に写る、丸い金のバッジを指し示した。
それは大きく丸く、何も装飾のないただの金だったが、だからこそ目についた。
明らかに目印となるように、意図的にそのようなデザインにしてあるように見えた。
「これは研究施設内の人間を、来訪者とそうでない人間を、施設内で働く人間同士が視覚的に分かりやすくするためにつけられた、印だったんだよ。そして同時に、君のその魔道具と同じ効果がつけられていたんだ」
侑子は左手につけっぱなしにしている、銀のブレスレットを、反対の手で触れた。
紐の二つの先端についた硝子の鱗を、指先で撫でる。いつの間にか気持ちを落ち着かせたい時にする、癖のようになっていた。
「金の印がどういう目的でつけられたものなのか知らない者にとっては、来訪者を見分ける最大の特徴とも言える魔力を隠されては、見分けがつかない。研究施設を咄嗟に外部の人間が訪れても、研究目的が分からないようにしてあったんだ。そして襲撃事件の起こった時も、この印を彼らは身につけていた」
エイマンは侑子のブレスレットに視線を落としたまま、続きを述べた。暗い声音だった。
「……襲撃した者達の中に、この印が何を意味するのか、知っている者はいなかったんだ」
気遣うように覗き込まれ、侑子は顔を上げた。
正直気分は最悪だったが、ここで中断する気持ちには、ならなかった。
首を振った侑子に、休憩をはさもうか? と提案したエイマンだったが、侑子は再度断った。
「さっきエイマンさん、『彼女
想像しうる最悪の事態を自ら口にすることで、この後語られる悲惨な現実から受けるであろうダメージを、少しでも軽くしようとした。
これは侑子の、無意識の自衛行為だった。
そしてそれが意味のある行為だったのかそうでもなかったのか、その後分かることはなかった。
「事故、というのは違う。だけど君の推測は当たってるよ……残った彼らは同じ日、同じ場所で亡くなったんだ。それはあの政争の始まりとなった事件が起こった日だった」
エイマンの言葉に、侑子は自分の予想から大きく外れた点の意外さに、目を見開いた。
「五年前?」
ほんの五年前まで、自分と同じ場所からやってきた彼らは、生きていたのだ。
そして一斉に死んでしまった。
「そう、五年前。彼らは五年前もあの研究施設で働いていた。そして当時の野党派の武装集団が、その研究施設を襲ったんだ。名目は並行世界からの来訪者たちの解放」
侑子のように並行世界からやってきた人間のことを、『来訪者』という呼び方をするのだという。
侑子はこの時初めて、その呼び方を知った。
「多くの来訪者たちがあの施設で働いていることや、空彩党主導のもとで怪しい研究に従事しているという噂は、あっという間に広まったんだろう。本来来訪者は大切に扱われるべき存在なのに、そんな彼らを搾取している。そのように受け取った人々が加熱して武装化し、襲撃するに至った。あの頃空彩党は予算をますます軍備拡大に回すようになっていた上に、横暴さも目につくようになっていた。敵を作りすぎたんだ」
「でも、それならなんで死ななきゃいけなかったんです。この人たちは」
沢山の写真が貼り付けられて、本来の大きさよりも大分厚みが増している冊子。
見つめながら、侑子は言った。
エイマンは写真に写る、丸い金のバッジを指し示した。
それは大きく丸く、何も装飾のないただの金だったが、だからこそ目についた。
明らかに目印となるように、意図的にそのようなデザインにしてあるように見えた。
「これは研究施設内の人間を、来訪者とそうでない人間を、施設内で働く人間同士が視覚的に分かりやすくするためにつけられた、印だったんだよ。そして同時に、君のその魔道具と同じ効果がつけられていたんだ」
侑子は左手につけっぱなしにしている、銀のブレスレットを、反対の手で触れた。
紐の二つの先端についた硝子の鱗を、指先で撫でる。いつの間にか気持ちを落ち着かせたい時にする、癖のようになっていた。
「金の印がどういう目的でつけられたものなのか知らない者にとっては、来訪者を見分ける最大の特徴とも言える魔力を隠されては、見分けがつかない。研究施設を咄嗟に外部の人間が訪れても、研究目的が分からないようにしてあったんだ。そして襲撃事件の起こった時も、この印を彼らは身につけていた」
エイマンは侑子のブレスレットに視線を落としたまま、続きを述べた。暗い声音だった。
「……襲撃した者達の中に、この印が何を意味するのか、知っている者はいなかったんだ」