35.招かれざる客

文字数 2,024文字

 大晦日という言葉は共通していても、その夜の空気感は侑子と紡久の知っている物とは、全くの別物だった。

 その日ジロウの屋敷に集まっていた人々は、約六十人。全員が収まる大広間は、屋敷の地下にあった。

 普段は使い道のないこの広い部屋が、大勢の人によって賑やかになる光景を、侑子は初めて目にした。こんなにも大勢の人々が自分と同じ家の中で生活していたのだと知って、侑子は今更驚くのだった。

 大広間は地下のはずなのに窓があり、外の庭の景色が映っている。それは魔法によるリアルタイム映像を移しているスクリーンなのだということは、数日前に会場準備を手伝った際、ノマから聞いていた。

 午後六時。

 文字盤の十二の上を秒針が通り過ぎる様を、その場の全員が席に着いた状態で見守る。

沈黙にくすぐられた子供の笑い声が時折聞こえたが、皆無言だ。

 これだけでも、侑子には未経験のことである。

 一体何を待っているのか。前もって説明をされなかった侑子は、テーブルを挟んで向かい側に座る紡久と、時折視線を交わしながら、お互いに首をかしげていた。

 そして六時きっかりを告げる大きなベルの音が、その場にけたたましく鳴り響いた。

まるで目覚まし時計の音のようだが、音量が全然違う。
鼓膜が壊れるのではないか、と思った侑子はびっくりして、思わず耳を塞いでしまった。

紡久も同様だ。赤ん坊が泣き出す声も聞こえたが、圧倒的に大きなベルの音に、すっかりかき消されている。

 大音量のベルの音が止むと、残響が収まらない内に、今度は沢山のクラッカーが弾ける音が続いた。
戸惑いながら隣から回ってきた数個のクラッカーを手に持たされると、促されるまま侑子も紐を引っ張る。

 向かい側の紡久のクラッカーから放たれた紙リボンが真っ直ぐ飛んできて、侑子の頭頂に綺麗に乗っかった。

その様を見てユウキが大笑いしていた。

「こっちの世界って、もしかして日付が変わるのは午後六時なんですか!?」

 空のクラッカーを両手に持ったまま呆然とした表情の紡久が、誰に対してなのか曖昧な質問を投げた。

 質問する彼の声は張り上げたように大きくなっていたが、侑子も同じ状態なので理解できる。

耳の中では、まだベルの残響と次々と弾けるクラッカーの破裂音が響き渡っている。声を張り上げないと、自分の言葉すら聞こえないのだ。

「いや、日付が変わるのは午前零時。今はまだ十二月三十一日だよ」

 ユウキが答える。いつもと変わらない声音だった。

「ツムグくんとユーコちゃんには、サプライズのつもりで敢えて伝えていなかったけど、新しい年に変わる午前零時の六時間前に、こうやって宴の始まりを知らせるために賑やかにするんだよ。大きな音でベルや鐘を打ち鳴らしたり、クラッカーを使ったりしてね」

 ジロウの説明に耳を傾けている間に、耳の感覚が元に戻っていく。侑子はほっと息をついた。

「誰に知らせるんですか?」

 訊ねたのは紡久だった。彼の方も表情がようやく元に戻り、声の調子も普段のトーンだ。

「年神様だよ。今年一年を守ってくださった年神様と、来年の年神様をお招きして六時間の宴を共に楽しむんだ。今年は羊神(ようじん)さまだったから、来年は猿神(えんじん)様だな」

「年神様……」

 紡久と侑子は、顔を見合わせた。今度は侑子がジロウに質問する。

「その『ようじん』様と『えんじん』様っていうのは、神様の名前ですか」

「そうさ。ようじん様が羊の神様。えんじん様が猿の神様。年神様は全部で十二柱いらっしゃって、順番に一年の人々の暮らしの安寧を守ってくださる。十二年で一回りするんだよ」

「同じだね」

「でも、ちょっと違うような気もする。羊神様とか猿神様とか、そういう呼び方を聞いたことなんてあった?」

「うーん……ないかも」

 ジロウの答えを聞いた侑子と紡久は、また新たに二つの世界の微妙な共通点を、発見することになったのだった。

 二人が自分たちの知っている十二支の物語や正月の話をしている間に、目の前のテーブルの上に次々と料理が出現していた。

この日のために、ジロウとノマが考案してきたご馳走だった。実際に手で何度か調理している風景を侑子も目にしていたし、味見をさせてもらったこともあった。

調理方法や盛り付け方を熟知した二人によって、今日は魔法で一秒もかからずにテーブルの上に呼び出されている。

集まった人々の中には、「私も作ってみたんです」と準備してきた料理を呼び出す人もいたので、テーブルの上はあっという間に色とりどりの料理で溢れかえった。

「そろそろ乾杯しよう」

 ジロウが指を鳴らすと、目の前に美しく光るグラスが現れた。

短い(ステム)がついたゴブレットで、中はキラキラと輝く液体で満たされている。甘くて芳しい果実のような香りが漂ってきた。

 侑子は周囲に倣ってゴブレットの脚をつまむように持つと、高く掲げて乾杯!と叫んだ。硝子同士がぶつかり合うきらびやかな音に続き、照明を受けた沢山のグラスが、人々の笑い声に共鳴するように賑やかに煌めいた。
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