59.共鳴
文字数 1,456文字
明り取りの小窓と扉を閉め切ってしまうと、いつもなら本殿の中は薄暗くなってしまう。だからオリトはこの場所にいる時は、蝋燭に火を灯すのだが、今日は必要ないようだった。
ミネコの身体は、相変わらず白く発光していた。虹色が浮遊する不思議な白い瞳は、ガラス職人が拵えた美しいランプのようだ。
彼女から発生する光で、本殿の中はとても明るかった。この明るさの元でこの空間を目にすることは、オリトでさえ初めてだった。
「これが共鳴ですか」
オリトは呟いた。
父から聞き及んでいたことだった。
鍵が守り役を選ぶ時、選ばれた者の身体は光り輝くのだという。鍵の神力と守り役の魔力が混ざり合い、表出する――――この現象を、共鳴と呼ぶのだ。
「ええ。共鳴してる……久しぶりです。こんなに強い共鳴を感じるのは」
ミネコは頷いたが、光り輝くその表情は、穏やかならぬものを孕んでいた。
「ミネコさん?」
「ああ、ごめんなさい。まずは……久々にお会いできたのだから、挨拶をさせてください。それから、この方達の紹介を」
微笑んだミネコが、滑らかな所作で床に手をついてオリトに頭を下げた。宮司に取る形式的な挨拶だった。
顔をあげた彼女は、消息を絶っていた間の説明をした。それはおおよそオリトの推測通りだった。
平空政争時に空彩党に鍵の守り役であることが暴かれたこと。鍵の行方をくらますために、夫と息子と共に各地を点々としていたこと。最終的にはメムの民の元で世話になり、彼らと共にこの神社へ戻れる機会をうかがっていたということ。
「この方達は、私達を八年もの間助けて下さった恩人です。匿い、励まし、そして今日まで導いてくださった」
少し後方にひかえていた男女二人を、ミネコの光り輝く手が示した。
彼女の光に照らされた二人は、オリトと同年代と見える。
「お目にかかれて光栄です、宮司様。ヘイルと申します」
男が名を告げた。深い皺が刻まれた顔には険がある。しかし顔つきからは想像できない、穏やかな美声であった。
「シュマでございます」
続けて女が名乗った。高く美しい声だ。
二人はメム人の夫婦だという。
オリトはメムの人々は皆このように美しい声を出すのかと、少しだけ興味を引かれた。
街の喧騒から遠く離れた深い山の中で、仲間同士の位置を確認するために、いくつもの呼び声を使い分けると聞いたことがあった。その呼び声は歌のように整えられており、人間が発するものとは思えない、神々しい旋律なのだと。
「……十三年も経過してしまいました。本当にごめんなさい。その間にリヒトさんは、亡くなってしまった。守り役の代替わりができないまま。あなたには大変な心配をかけてしまいましたよね」
先代宮司の名を声に出した時、ミネコの表情はきつくひきつった。リヒトは彼女の守り役就任の儀式を取り仕切った、オリトの父である。
「ミネコさんが謝ることではないでしょう。……あなたの行方を追っていたのは、天膜破壊の首謀者達で間違いないのですか」
「ええ」
「あなたが無事で良かった。ソウイチロウさんとマサオくんは?」
「二人とも元気にしています。今はメムの里でお世話になっているんですよ」
「そうですか……ああ」
安堵の一息が口から滑り出た。
ミネコが帰ってきた。神器も、ようやく帰還したのだ。
オリトは肩から一気に力が抜けていくのを感じていた。
そんな彼の様子を目の当たりにして、ミネコは笑ったが、その笑顔はオリトの記憶の中の彼女のものより、影が差していた。それが気になって、オリトは彼女が次の言葉を紡ぎ出すのを待った。
ミネコの身体は、相変わらず白く発光していた。虹色が浮遊する不思議な白い瞳は、ガラス職人が拵えた美しいランプのようだ。
彼女から発生する光で、本殿の中はとても明るかった。この明るさの元でこの空間を目にすることは、オリトでさえ初めてだった。
「これが共鳴ですか」
オリトは呟いた。
父から聞き及んでいたことだった。
鍵が守り役を選ぶ時、選ばれた者の身体は光り輝くのだという。鍵の神力と守り役の魔力が混ざり合い、表出する――――この現象を、共鳴と呼ぶのだ。
「ええ。共鳴してる……久しぶりです。こんなに強い共鳴を感じるのは」
ミネコは頷いたが、光り輝くその表情は、穏やかならぬものを孕んでいた。
「ミネコさん?」
「ああ、ごめんなさい。まずは……久々にお会いできたのだから、挨拶をさせてください。それから、この方達の紹介を」
微笑んだミネコが、滑らかな所作で床に手をついてオリトに頭を下げた。宮司に取る形式的な挨拶だった。
顔をあげた彼女は、消息を絶っていた間の説明をした。それはおおよそオリトの推測通りだった。
平空政争時に空彩党に鍵の守り役であることが暴かれたこと。鍵の行方をくらますために、夫と息子と共に各地を点々としていたこと。最終的にはメムの民の元で世話になり、彼らと共にこの神社へ戻れる機会をうかがっていたということ。
「この方達は、私達を八年もの間助けて下さった恩人です。匿い、励まし、そして今日まで導いてくださった」
少し後方にひかえていた男女二人を、ミネコの光り輝く手が示した。
彼女の光に照らされた二人は、オリトと同年代と見える。
「お目にかかれて光栄です、宮司様。ヘイルと申します」
男が名を告げた。深い皺が刻まれた顔には険がある。しかし顔つきからは想像できない、穏やかな美声であった。
「シュマでございます」
続けて女が名乗った。高く美しい声だ。
二人はメム人の夫婦だという。
オリトはメムの人々は皆このように美しい声を出すのかと、少しだけ興味を引かれた。
街の喧騒から遠く離れた深い山の中で、仲間同士の位置を確認するために、いくつもの呼び声を使い分けると聞いたことがあった。その呼び声は歌のように整えられており、人間が発するものとは思えない、神々しい旋律なのだと。
「……十三年も経過してしまいました。本当にごめんなさい。その間にリヒトさんは、亡くなってしまった。守り役の代替わりができないまま。あなたには大変な心配をかけてしまいましたよね」
先代宮司の名を声に出した時、ミネコの表情はきつくひきつった。リヒトは彼女の守り役就任の儀式を取り仕切った、オリトの父である。
「ミネコさんが謝ることではないでしょう。……あなたの行方を追っていたのは、天膜破壊の首謀者達で間違いないのですか」
「ええ」
「あなたが無事で良かった。ソウイチロウさんとマサオくんは?」
「二人とも元気にしています。今はメムの里でお世話になっているんですよ」
「そうですか……ああ」
安堵の一息が口から滑り出た。
ミネコが帰ってきた。神器も、ようやく帰還したのだ。
オリトは肩から一気に力が抜けていくのを感じていた。
そんな彼の様子を目の当たりにして、ミネコは笑ったが、その笑顔はオリトの記憶の中の彼女のものより、影が差していた。それが気になって、オリトは彼女が次の言葉を紡ぎ出すのを待った。