29.懐かしい人

文字数 1,363文字

「ユーコちゃん!!」

 懐かしい門構えを侑子の目が捉えたのと、ほぼ同時だった。

侑子の名を呼びながら、彼女に勢いよく抱きついてきた女性は、スズカだった。
あまりに唐突で勢いが良かったので、思わず後ろに尻もちをつきそうになる。既の所で堪えた。

「スズカちゃん」

 懐かしい声に、侑子は思わず涙が滲んだ。触れ合う肩が震えている。
スズカは泣いていた。

「おかえり、おかえり……!」

「ただいま」

 隣でユウキが笑っていた。

「びっくりした。スズカ、そんなに走ってタックルなんかしちゃダメだろう。……ほら、後ろ見なよ。サクヤさんが真っ青じゃないか」

 小柄なスズカの肩越しから、門の向こうで待つ数人が確認できた。一人の大柄な男性が、ユウキの言葉通り青ざめた顔で此方を見ている。

「スズカは妊娠中なんだよ」

「そうなの?!」

 全速力で駆けてきたように見えたし、勢いよくぶつかってきたが、平気なのだろうか。侑子も思わず顔色を変えた。

「平気だよ、これくらい。悪阻も治まってきたの」

 侑子から身体を離して、スズカは目元の涙を指先で拭った。
改めて侑子の前に立ち、目を合わせた。

「ユーコちゃん、すっかり大人になったね」

 侑子の記憶の中のスズカよりも、大分痩せているように見えた。しかしにっこり微笑んだ笑顔は、確かに彼女だった。優しげな目元と、柔らかい声が懐かしい。

「本当に連れて帰ってきたな……」

 近づいてきたその声は、ジロウのものだ。白髪が増えたように見えたが、元々銀髪だったので、印象はさほど変わらない。
侑子の姿を確認した目元に、沢山の笑い皺が出来た。

「ユーコちゃん、おかえり。元気だったか?」

 頷いて返事をしようとしたが、嗚咽が出てきてしまう。
侑子の目は、懐かしい人々の姿を次々に映していった。

 ノマ、ミツキ、ハルカ、アオイに、リリーとエイマン。ラウトとリエもいた。
相変わらず色彩豊かな毛髪と虹彩だった。涙で滲んだ侑子の目は、あっという間に万彩で一杯になる。流れた涙にまで、色が移っているのではないかと思えるほどに。

「ただいま……」

 ようやく絞り出せた声は、ぐらぐらと揺れる。
涙を拭いたのは、ランから旅の餞に貰った手ぬぐいだった。

「お疲れでしょう。とりあえず中に入りましょう」

 その言葉はノマのもので、侑子はその懐かしい声にも、すぐに涙腺が刺激されてしまう。キリがないな、と内心苦笑いする。
 繋いだユウキの手に導かれながら、懐かしい門を通った。




***




 門の向こうに建っていたのは、かつて侑子が暮した屋敷ではなかった。三階建ての四角い建物で、同じ作りの建造物が敷地内に複数並んでいる。
 
 その内の一番門に近い棟に入ると、玄関の目の前の部屋へと通される。
 
全員が入っても、その部屋は窮屈さを感じさせないが、かつてのジロウの屋敷のどの部屋よりも、天井は低く感じた。

「屋敷が丸々消えてて、びっくりしただろう。二年前の震災のことは、もう知ってる?」

 ジロウの問に、侑子は頷いた。

 荷物を下ろして、皆は各々寛いだ格好となる。
侑子の涙もおさまって、落ち着いて話ができる環境が整った。

「さて。お茶でも飲みながら、近況報告合戦といこうじゃないか」

 おどけた口調は相変わらずだ。
何もかも懐かしい。

 侑子は深呼吸した。
今いるのは六年前の屋敷ではないはずなのに、同じ匂いを感じた気がした。
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