爪痕④
文字数 1,107文字
家と言っても、あるのは布団と机、数着の着替えを掛けるハンガーラック、そしてあみぐるみたちを詰め込んだ行李 だけだった。
風呂はジロウの家で済ますことが殆だったし、昨夜のように誰かの家で借りることもあった。
しかし一つだけ、ここ最近のヒノクニの一般家庭では、あまり見かけることのなくなった設備が整えてあった。
魔石ソケットである。
蔵は二階建てになっており、震災後にユウキがここに住むと宣言してから、中に置きっぱなしになっていた不用品の多くは運び出した。
最低限の居住空間と共にユウキが確保したのは、二階部分のソケットを設置する場所である。
配線も自分で行い、ソケットに設置する魔石も、出来る限り自力で補給している――以前よりも回復速度は格段に遅くなったので、使える魔力は限られていたが、ユウキは自分の使える魔力の殆どを、ここで使う魔石に注ぎ込んでいた。
こうまでして魔石ソケットを設置した目的は、ただ一つ。
――再び並行世界との交信を、試みるため
元々侑子との文通を可能にしていた屋根裏は、瓦礫となってしまった。
絶たれてしまった唯一の繋がりを、再び結ぼうとユウキは躍起になった。
失われた屋根裏を、出来る限り再現したのだ。
エイマンからエノコログサの話を聞き、同じ敷地内だったら希望があるのではと考えた。
唯一無事だった蔵の中に設備を整え、ひたすらその場所に手紙を起き続けたのだ。
この二年間、一日も欠かすことなく。
一度も手紙は消えなかったが。
諦めることはできなかった。
置くことを止めてしまったら、その時はユウキの心が、完全に死ぬ時だった。
***
「ユーコちゃん。さっき、スズカに会ったよ。相変わらず、悪阻がキツそうだ。日に日に痩せていくけど、本当に大丈夫なんだろうか……。ジロウさんとも会ったよ。今日は夕飯を一緒に食べることになった」
今日の手紙に書くことを、唱えながら蔵に向かって歩く。いつものことだ。
傍から見たら、完全に狂者である。
わかった上でやっている、いや、やらずにはいられないのだった。
――正気なんて、とっくに失ってる
妄想の中の彼女に、ひたすら語りかける。
そうすることでユウキはなんとか、地に足を付けていられるのだ。
だからユウキは、蔵の扉を開けて目に入ってきた物を見ても、しばらく動じなかった。
自分の願望が見せる、幻覚を目にしているのだと考えたのだ。
それにしては、やたらコミカルな光景だったけれども。
しかしそんなぼんやりしたユウキを、すぐに現実へと引っ張り戻す音が、彼の耳元で聞こえたのだった。肩に乗る柔らかな感触と共に。
「ピィ! プゥ!!」
やけに間の抜けた音だった。
そしてひどく懐かしく、愛しい音なのだった。
風呂はジロウの家で済ますことが殆だったし、昨夜のように誰かの家で借りることもあった。
しかし一つだけ、ここ最近のヒノクニの一般家庭では、あまり見かけることのなくなった設備が整えてあった。
魔石ソケットである。
蔵は二階建てになっており、震災後にユウキがここに住むと宣言してから、中に置きっぱなしになっていた不用品の多くは運び出した。
最低限の居住空間と共にユウキが確保したのは、二階部分のソケットを設置する場所である。
配線も自分で行い、ソケットに設置する魔石も、出来る限り自力で補給している――以前よりも回復速度は格段に遅くなったので、使える魔力は限られていたが、ユウキは自分の使える魔力の殆どを、ここで使う魔石に注ぎ込んでいた。
こうまでして魔石ソケットを設置した目的は、ただ一つ。
――再び並行世界との交信を、試みるため
元々侑子との文通を可能にしていた屋根裏は、瓦礫となってしまった。
絶たれてしまった唯一の繋がりを、再び結ぼうとユウキは躍起になった。
失われた屋根裏を、出来る限り再現したのだ。
エイマンからエノコログサの話を聞き、同じ敷地内だったら希望があるのではと考えた。
唯一無事だった蔵の中に設備を整え、ひたすらその場所に手紙を起き続けたのだ。
この二年間、一日も欠かすことなく。
一度も手紙は消えなかったが。
諦めることはできなかった。
置くことを止めてしまったら、その時はユウキの心が、完全に死ぬ時だった。
***
「ユーコちゃん。さっき、スズカに会ったよ。相変わらず、悪阻がキツそうだ。日に日に痩せていくけど、本当に大丈夫なんだろうか……。ジロウさんとも会ったよ。今日は夕飯を一緒に食べることになった」
今日の手紙に書くことを、唱えながら蔵に向かって歩く。いつものことだ。
傍から見たら、完全に狂者である。
わかった上でやっている、いや、やらずにはいられないのだった。
――正気なんて、とっくに失ってる
妄想の中の彼女に、ひたすら語りかける。
そうすることでユウキはなんとか、地に足を付けていられるのだ。
だからユウキは、蔵の扉を開けて目に入ってきた物を見ても、しばらく動じなかった。
自分の願望が見せる、幻覚を目にしているのだと考えたのだ。
それにしては、やたらコミカルな光景だったけれども。
しかしそんなぼんやりしたユウキを、すぐに現実へと引っ張り戻す音が、彼の耳元で聞こえたのだった。肩に乗る柔らかな感触と共に。
「ピィ! プゥ!!」
やけに間の抜けた音だった。
そしてひどく懐かしく、愛しい音なのだった。