71.繋がり
文字数 1,768文字
消灯時間が過ぎて、部屋の照明が落ちてからも、侑子と紡久の会話はしばらく続いた。
「皆無事なんだね」
「うん。怪我もしてないよ。ホテルにいたアオイくんとハルカくんも無事だった」
「良かった」
ユウキ達の無事を聞いた時、侑子はようやく安堵した。脱力した声は柔らかくなり、紡久もつられて肩の力が抜けていくのを感じた。
それから侑子は、兵器の話もした。
「原爆と同じ名前……か」
「どう思う?」
部屋には窓もなく、照明がないと真の暗闇だった。お互いの顔は見えない。
「不吉な感じはするね。形は爆弾じゃなかったんだ?」
「うん。形は全然違う。……マネキンみたいで」
侑子は身につけているワンピースの表面を撫で、左腕のブレスレットの紐先に触れていた。
「……ロボット兵器? どんな風に使われるのか、想像がつかないけど。怖いな」
「紡久くん、あのね。その兵器、半魚人の形をしてるの」
「半魚人?」
「そう。それで……私も信じられなかったんだけど」
二体の半魚人の外観を、侑子は詳細に語った。侑子とユウキの衣装とそっくりの鱗を持っていたこと、子供と大人の二つの大きさであること。
そして……
侑子は、夢の話をするべきか迷った。
ユウキと共有してきた不思議な夢。
その中でのユウキの姿が、兵器と同じだったことを。そしてその夢の舞台が、今正に侑子達がいる、この廃墟であることを。
――今まで誰にも、話したことはなかったけど
言葉にして口から語るその夢の話は、現実感がなく、まるでお伽噺を語り聞かせている気分になった。
侑子の話が終わるまで、紡久は一言も口を挟むことなく、無言で耳を傾けていた。二人は少し距離を取って、ベッドに腰掛けていた。
「腑に落ちたよ」
語り終えた侑子に、紡久はそんな言葉をかけた。
「侑子ちゃんとユウキくん、ずっとお互いに特別な感じだったもんね。六年前からずっと……。今やっと、そういうことだったのかって納得できた」
「納得できた?」
「出来たよ」
「胡散臭いって、ちっとも思わない?」
「もしもこの世界にやってきていないまま今の話を聞いたら、そんな風に思っただろうね。でも俺は今、パラレルワールドにいるんだし」
紡久は小さく笑ったようだった。
「……侑子ちゃんとユウキくんの夢は、良い夢だね。それは間違いないんじゃないかな。二人を見ていれば分かるよ。それに夢を見た時、良い夢だって直感したんでしょ。けど……だとしたらなんで、兵器は半魚人の姿をしているんだろう」
続いた紡久の言葉に、侑子は静かに、息を吐くように応えた。
「ミウネ・ブンノウは、ここが海から近い場所だからあの形を思いついたって、そう言ってた。潮の香りがしたから。元々はただの円筒形をしていて、それで完成だったんだって。多分、ミサイルみたいな形をしてたんじゃないかな。……そこからあんな形に変更したのは、ザゼルから私の才について聞いたから」
そしてブンノウは言ったのだ。
『あなたのその姿……この二体と同じ鱗を持ったあなたを見た時、この結びつきは必然なのだと確信しました。あなたは彼らの母であり、彼ら自身』
「……私はあの夢を、もう覚えていないくらい小さい頃から繰り返し見てたの。この世界と私たちがいたあの世界は、並行なんかじゃなくて、ずっと繋がっていたんじゃないかな。私はリリーさんの家と繋がっていたあの家に、赤ちゃんの頃からずっと暮らしてた……」
「ずっと繋がっていた。それは、そうなのかも知れない。少なくともヒノクニと日本は。鍵の力によって、扉を介して繋がりを持ち続けてきたんだから」
「二つの世界は、影響しあってると思う? 向こうの世界では感染症が世界規模で流行してから、すっかり時代が切り変わりつつあった……こっちの世界では、ヒノクニの天膜に穴があいて特別な摂理がなくなりつつある。そしてどちらの世界でも、兵器が不穏を拡げている」
「……」
「あの兵器を動かしてはダメ……絶対に魔法なんてかけない」
「時間を稼ごう。きっと俺達がここにいること、アミさん達は分かってると思う。近いうちに、助けが来るんじゃないかな。それまで何とか」
「うん……」
二人は沈黙した。
静かな息遣いだけが聞こえて、どちらともなく「眠ろう」と声をかけ、ベッドに横たわる。
暗闇の中、目を閉じているのか開けているのか曖昧なまま、二人は眠りに落ちていた。
「皆無事なんだね」
「うん。怪我もしてないよ。ホテルにいたアオイくんとハルカくんも無事だった」
「良かった」
ユウキ達の無事を聞いた時、侑子はようやく安堵した。脱力した声は柔らかくなり、紡久もつられて肩の力が抜けていくのを感じた。
それから侑子は、兵器の話もした。
「原爆と同じ名前……か」
「どう思う?」
部屋には窓もなく、照明がないと真の暗闇だった。お互いの顔は見えない。
「不吉な感じはするね。形は爆弾じゃなかったんだ?」
「うん。形は全然違う。……マネキンみたいで」
侑子は身につけているワンピースの表面を撫で、左腕のブレスレットの紐先に触れていた。
「……ロボット兵器? どんな風に使われるのか、想像がつかないけど。怖いな」
「紡久くん、あのね。その兵器、半魚人の形をしてるの」
「半魚人?」
「そう。それで……私も信じられなかったんだけど」
二体の半魚人の外観を、侑子は詳細に語った。侑子とユウキの衣装とそっくりの鱗を持っていたこと、子供と大人の二つの大きさであること。
そして……
侑子は、夢の話をするべきか迷った。
ユウキと共有してきた不思議な夢。
その中でのユウキの姿が、兵器と同じだったことを。そしてその夢の舞台が、今正に侑子達がいる、この廃墟であることを。
――今まで誰にも、話したことはなかったけど
言葉にして口から語るその夢の話は、現実感がなく、まるでお伽噺を語り聞かせている気分になった。
侑子の話が終わるまで、紡久は一言も口を挟むことなく、無言で耳を傾けていた。二人は少し距離を取って、ベッドに腰掛けていた。
「腑に落ちたよ」
語り終えた侑子に、紡久はそんな言葉をかけた。
「侑子ちゃんとユウキくん、ずっとお互いに特別な感じだったもんね。六年前からずっと……。今やっと、そういうことだったのかって納得できた」
「納得できた?」
「出来たよ」
「胡散臭いって、ちっとも思わない?」
「もしもこの世界にやってきていないまま今の話を聞いたら、そんな風に思っただろうね。でも俺は今、パラレルワールドにいるんだし」
紡久は小さく笑ったようだった。
「……侑子ちゃんとユウキくんの夢は、良い夢だね。それは間違いないんじゃないかな。二人を見ていれば分かるよ。それに夢を見た時、良い夢だって直感したんでしょ。けど……だとしたらなんで、兵器は半魚人の姿をしているんだろう」
続いた紡久の言葉に、侑子は静かに、息を吐くように応えた。
「ミウネ・ブンノウは、ここが海から近い場所だからあの形を思いついたって、そう言ってた。潮の香りがしたから。元々はただの円筒形をしていて、それで完成だったんだって。多分、ミサイルみたいな形をしてたんじゃないかな。……そこからあんな形に変更したのは、ザゼルから私の才について聞いたから」
そしてブンノウは言ったのだ。
『あなたのその姿……この二体と同じ鱗を持ったあなたを見た時、この結びつきは必然なのだと確信しました。あなたは彼らの母であり、彼ら自身』
「……私はあの夢を、もう覚えていないくらい小さい頃から繰り返し見てたの。この世界と私たちがいたあの世界は、並行なんかじゃなくて、ずっと繋がっていたんじゃないかな。私はリリーさんの家と繋がっていたあの家に、赤ちゃんの頃からずっと暮らしてた……」
「ずっと繋がっていた。それは、そうなのかも知れない。少なくともヒノクニと日本は。鍵の力によって、扉を介して繋がりを持ち続けてきたんだから」
「二つの世界は、影響しあってると思う? 向こうの世界では感染症が世界規模で流行してから、すっかり時代が切り変わりつつあった……こっちの世界では、ヒノクニの天膜に穴があいて特別な摂理がなくなりつつある。そしてどちらの世界でも、兵器が不穏を拡げている」
「……」
「あの兵器を動かしてはダメ……絶対に魔法なんてかけない」
「時間を稼ごう。きっと俺達がここにいること、アミさん達は分かってると思う。近いうちに、助けが来るんじゃないかな。それまで何とか」
「うん……」
二人は沈黙した。
静かな息遣いだけが聞こえて、どちらともなく「眠ろう」と声をかけ、ベッドに横たわる。
暗闇の中、目を閉じているのか開けているのか曖昧なまま、二人は眠りに落ちていた。